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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

出る前に負けることを考える幽霊はいない

作者: 鴨嘴

 場所は明かせないが、とある県の廃病院前に二組の男女が来ていた。

 深夜ということもあり、辺りは暗闇に包まれている。周囲に明かりはまるで無いが、異様に月の明るい夜であったため、二つの懐中電灯だけで足元は十分に把握できる。


 何故こんなところに、こんな時間に来てしまったのか、話は1時間ほど前に遡る。


 最初彼らは居酒屋で楽しく飲んでいたのだが、ふとした拍子に怪談へ話が移ったのだ。

 しかしその中の一人、武夫は怪談を一笑に付す。 


「幽霊なんてくだらねえ。仮にいたとして何してくるって言うんだよ」


 武夫は大柄な体格に加え大層な自信家であった。自分なら化け物が来ても返り討ちにしてやると息巻く。

 

 だが酒の入ったメンバーは、それを恐怖の裏返しだと囃し立てた。


 その安い言葉にまんまと乗る武夫。声を荒げ否定する。


「ちっげーよっ!怖えわけねえだろ。幽霊ごときワンパンケーオーだっつの」


 するとメンバーの一人がある提案をする。

 近くの廃病院が心霊スポットとして有名だと。実際に肝試しに訪れた格闘家たちが幽霊に出くわし怖い目に会っているそうだ。


 武夫が守ってくれるらしいし、肝試しにいかないかと挑発までした。


 中にはあまり乗り気ではないメンバーもいたのだが、武夫は引き下がれず話を進めようとする。


「上等じゃねーか。おもしれえ、今から行くぞ!何があっても俺と一緒なら安心だしな!」


 結局は全員で行くこととなった。その廃病院は実際に近い場所にあり、歩いて数十分のところにあるらしい。


 途中のホームセンターで懐中電灯を買い、スマホの地図を頼りに廃病院へと向かった。


 そういった経緯で今まさに建物の前へと立っているのだ。


 酒の抜け始めたメンバーは若干後悔し始めていた。特に女性の一人は、ぼろぼろに廃れた病院の外観を見て、あからさまに怖がっている。


 武夫も本音を言えば嫌な予感がしていた。

 しかし、止めるわけにはいかない。やっぱ止めようなどと言ったものなら、しばらくの間バカにされることは目に見えている。


「お前ら怖いんなら外で待ってろ。俺一人でも行ってくる。……お前は残って二人についててやれ」


 自分一人が強行することを決める。それともう一人の男性に残りの女性と一緒にいるよう言い含めた。


 大切な仲間である。気は荒いが、怖がっている女性を気遣う優しさも併せ持っていた。


「下から探索して、3階の窓の開いてるあの部屋、あそこまで行ったら顔を出すから。それで肝試し終了でいいな」


 不安を感じていたメンバーは一も二もなく頷く。むしろ、少しでもやばそうだったらすぐに引き返せよと心配していた。


「心配するなって。こんなんは結局何もなかったってオチが普通なんだよ。……じゃあいってくっから」


 正面扉は施錠されていたので、一階の開いた窓によじ登り侵入する。

 流石に建物内には月明かりが届かず、真っ暗だが懐中電灯があれば進めそうである。


 この病院は単純に廃業しただけなのか、物も殆ど残っておらず荒らされてもいない。


 一階は無事に探索を終え、二階へと向かった。

 二階も端から順番に部屋の中を確認していく。鍵のかかった部屋は無理をせず、極力自身も荒らすことなく探索する。


 二階のある部屋に入った時の事だった。


 その部屋はことさら物がおかれておらず、更には今までで一番広い部屋だった。

 窓も大きく、差し込む月の光も明るい。部屋は懐中電灯がなくてもギリギリ動ける程度に照らされている。


 そしてゆっくりと部屋を見回した際に、一番端の開いた窓に不審な影があることに気がついた。


 シルエットは人間の上半身に似ているが、ここは二階である。人ではないだろう。


 何だと訝しんだその時、影がゆっくりと動いた。


 反射的に身構える。見間違いではない。動物か不審者か、それとも別の何かか。どちらにせよ碌なものではないはずだ。


 意を決して懐中電灯を向けると、その正体がはっきりと表れた。


 人だ。


 性別は定かではないが、人間が窓からこちらを覗くようにして外に立っている。


 乱れた長髪が顔にもかかり表情はわからない。隙間から見える顔色は青白く、目までは確認できないが、確実にこちらを見据えている雰囲気をだしていた。


「なんだぁ、てめぇ……」


 繰り返すがここは二階なのだ。どんなトリックを使っているか知らないが、怪しい存在だと断言できる。


 すると窓の外のそれは、顔の色と同色の青白い手を窓の淵にかけ、ゆっくりと中へ入ってこようとする。


 素足も窓枠へかけて乗り越えるように入ってきたそれは、武夫と少し離れたところで対峙するかの如く止まった。


「お前、まさか幽霊か?」


 長く乱れた髪、青白い肌にぼろぼろの質素な和服。まさに武夫の中の古い幽霊像そのままだった。


 仁王立ちの幽霊は何も答えない。だが無言こそが雄弁な回答である。


「そうかよ……じゃあ都合がいいな。あいつらに約束したからよぉ、幽霊はワンパンケーオーってな!」


 武夫は懐中電灯を、部屋の中央を照らすように床の隅に置く。

 そして再び対峙し、ファイティングポーズをとった。


「俺はなぁ、町で4番目にでかいジムの6番目に強いボクサーなんだよ。ミドル級の俺にっ、よくてライト級のお前がっ、勝てると思ってんのか!」


 両手を顎の高さまで上げ拳を作り、半身になってステップを踏む。

 ボクシングかじってます程度には、さまになっていた。


 武夫の構えに反応して幽霊も構えを取る。


 ここでだが、一般的な幽霊の姿勢を思い浮かべた時、どんな格好を想像するだろうか。


 様々ではあろうが、恐らく大多数は腰が大きく曲がり、前に突き出した腕と垂れ下がったかのような手を想像するだろう。


 この幽霊もまさにそれに当てはまった。


 足を前後に開き極端に腰を落とした前傾姿勢、腕を前に出し手を開くことで相手にいつでも掴みかかれるレスリングの構え。


 まさにキャッチ・アズ・キャッチ・キャン


 こちらはあからさまに堂に入っていた。

 

 そう幽霊は関節技(サブミッション)の使い手だったのだ!


「ちっ……」


 舌打ちが部屋に響く。ボクシングさえかじる程度の武夫は、組み技を相手にした経験は皆無だった。やりあい難く苛立つ。


 だがまだ熱くはならない。頭は冷静なままだ。


 組み技ならどこかで突っ込んでくるはず。幽霊の動きを呼んでカウンターを合わせてやろう、そう考えて動きを読むために相手の目を見ようとした。


 そこで重大なことに気づく。


 幽霊は顔にさえかかる長髪のせいで表情が見えにくいのだ。これも相手に読ませないための策略なのか。


 ステップを踏むふりをして体を揺すり、どうにか髪の隙間から目を確認する。

 しかし相手は幽霊、どうにか見えたとしても、うつろな目では動きが読めない。


 これは目の焦点を遠くで結び、近くを注視せずに相手の全体像を把握する、周辺視野の技術によるものだった。


 髪も目も、細かな技術によって武夫は不利に立たされる。

 冷静を心がけていてもだんだんと焦れてくる。


 もとより待つことは性に合わないと、先に動くことに決めた。


「しっ!」


 様子見の左ジャブを打つ。ほどほどに速いそれは、かすることもなく空を切った。

 

 幽霊の体がすっと予備動作もなく、真後ろに引かれたのだ。

 まるで幽霊かのごとき滑る様な動き。熟練の運足(うんそく)がなせる技である。


 武夫は驚いた。勝算もなく闇雲にジャブを打ったわけではない。幽霊の重心が前にあることを感じ、避けられないと踏んで打ったのだ。


 それが何事もなくかわされてしまった。


 それは武夫の思い込みで、幽霊の重心は前に無かった。実は前後左右に動けるよう、きちんと中心に残されていたのだ。


 ではなぜそんな思い込みをしてしまったのか。その秘密は和服の長い裾にある。


 はだけているとはいえ、長い裾は足元を隠すには十分である。

 隠された足運びにより、重心をわざと武夫へ誤認させる、運足の妙技であった。


 また一般的なイメージとして幽霊には足がないとよく言われるが、これは幽霊が足の動きを秘匿する技術に長けていることが示されている。


「くそっ!」


 悪態をつき、更に幽霊を追いすがって右の大振りを当てに行く。体格だけはいいため当たれば中々のダメージとなるだろう。


 十分に距離は詰めた。幽霊の後ろは壁で、これ以上は下がれないはず。武夫は完全に当たることを予感した。


 しかしまたしても拳は空を切る。すり抜けるようにかわされ、逆に懐に潜り込まれてしまった。


「なっ!」


 幽霊は実体が無いものとして扱われる。物を通り抜けるなどと、まことしやかに噂されるのには理由があった。


 サブミッションに特化した幽霊は打撃技をかわす技術に優れており、もはや相手に拳がすり抜けたと思わせてしまうほどの体捌きを会得しているのである。


 完全に虚ををつかれた武夫。いや彼には何が起こったのか理解さえできていない。


 カウンターなど夢のまた夢、気づいたときには既にタックルを許してしまっていた。


 腰へと組み付かれるが、ボクシングしかしていない武夫には効果的な対処方法が思いつかない。せいぜい手打ちとなった拳を上から振り下ろすだけである。


 組み付かれたまま足をかけられ後ろへ倒される。


「ぐおっ」


 硬い床に背中を打ち付けて呻く武夫。


 幽霊が建物やトンネル等の人工物によく出てくるのは床がコンクリートだからだ。

 寝技には不利となるが、投げを行った際の威力の高さは言うまでもない。


 そのままサイドポジションを取られる。寝技の経験もない武夫は返すすべがなく簡単に抑え込まれ、身動きがとれなくなる。


「離せっ、こらっ!」


 これが幽霊の金縛りの正体である。幽霊にのしかかられ動けなくなるのは、完璧な抑え込みによるものだ。


 部屋で寝ているときに金縛りにあうのは、暇を持て余した幽霊に練習台にされているからかもしれない。


 そのまま腕ひしぎ十字固めの体勢へ移行され、簡単に腕を極められてしまった。

 引き延ばされる腕、完全に伸びきった腕からは何かが千切れるような気持ち悪い音がする。

 そして肩からは鈍い音がした。関節を外されてしまったのだ。


「あ”あ”あ”あ”あああぁぁぁ」


 そして廃病院に木霊する絶叫。


 古来より幽霊に出会ったものは声もなく消えるか、絶叫を残し消えるか、その二択である。


 これはチョークスリーパーで声もなく絞め落とされるか、サブミッションで関節を破壊され叫ぶかの二つの末路しかないからだ。


 敗北し痛みで失神する武夫。見下ろし腕を上げ勝ち誇る幽霊。

 敗者の武夫はこれからどうなってしまうのか。


 その時だった、バタバタと廊下から音がする。複数人の足音だ。


 一対多は不利と察知し、幽霊は素早く窓へ逃げ、夜の闇へ消えた。


 足音は外で待っているはずの友人たちであった。武夫の叫び声を聞いて勇気を振り絞り入ってきたのであった。


 発見される失神した武夫。二人がかりで脇を支え外へ連れ出す。


 外まで連れ出され、皆から呼びかけられて意識を取り戻す武夫。

 心配する友人たちを他所に、彼は痛みさえ塗り替えるほどの悔しさを心に刻まれていた。


 幽霊は腕を極める際、笑っていたのだ。もう俺の勝ちだと言わんばかりに。


 幽霊は勝利に飢えている。よく怪談などで伝えられる笑う幽霊は勝ち誇る姿を目撃されたのだろう。


「クソがっ!あの野郎っ、クソがあぁっ…」


 武夫は誓う、いずれ強くなりここへ戻ってくることを、あいつにリベンジすることを!


 これを読んだあなたもこれからは気をつけるべきである、腕に自信のない一般人が幽霊に出会えばなすすべなどない。


 奴らは今日も人気のないタイマンが出来そうな空間に隠れ潜んでいる。


 磨いた技を試し、勝利し、己こそが最強だと世に知らしめるため。

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