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初デート⑤

「はい、なんて言うんですか?」


「冗談でもあなた様の気持ちを踏みにじってすいませんでした。何なりと罰を受けます」


 笑顔で聞いてきた珠唯すいさんに土下座をしながら言う。


「どんな罰でもいいんですね?」


「はい。俺はそれだけのことをしましたので」


「正直そこまで気にしてませんけど、せっかく悠夜ゆうやさんがそう言ってくれたので……」


 珠唯さんがそこまで言うと立ち上がって玄関の方へ向かう。


 そして何かを握りしめながら帰ってきた。


「これを差し上げます」


「鍵?」


 珠唯さんの小さい手のひらの上には鍵があった。


「この部屋の合鍵です」


「それをなぜ俺に?」


「いつでも来ていいですよって意味です」


 珠唯さんが頬を赤らめて、はにかむように笑う。


 いや、可愛いけど、そういうことじゃない。


「俺はあなたの居る時しか来ることないだろうし、そもそも一緒に来ることしかないでしょ。それに女の子が男に合鍵なんて渡すもんじゃない」


 俺が今こうして珠唯さんの部屋に居ることがまずおかしいのに、今度は俺に合鍵を渡すなんて、俺が悪用したらどうするのか。


「私としては、悠夜さんがこの合鍵を悪用して使ってもいいと思ってます」


「その心は?」


「だって、悪用って悠夜さんが勝手に部屋に入り込むことですよね? それって私のこと意識してるからこその行動じゃないですか。だから嬉しくて」


 珠唯さんが嬉しそうに言うが、確かにそういう危険性もあるけど、俺がその鍵を無くしたりしたらという危険性もある。


「私は悠夜さんを信頼してこれを渡したいんです。どうしても受け取れないなら悠夜さんの優しさに漬け込んで受け取らざるを得ないことを言います」


「なに?」


「女の子の一人暮らしって危なくないですか?」


「うわぁ、ずるいわそれ」


 俺がずっと気にしていたことを言われた。


 珠唯さんをバイト終わりに送るのだって、女の子が夜道を一人で歩くのが危ないからというのがある。


 まあ部屋に入ってしまえば危険なことは少ないだろうから鍵を受け取る理由にはならないけど、何も無いとも言いきれない。


「どうしますか?」


「受け取る以外に答えある?」


「悠夜さんなら無いですね。いつでも来てくれていいですからね?」


「呼ばれたらいつでも来るから」


「それでも嬉しいですけど、悠夜さんが自発的に来てくださいよ!」


 珠唯さんが頬を膨らませて不服そうに言う。


 そんなことを言われても、俺は学生時代から誰かを何かに誘ったことなんてないし、自発的に誰かの家に遊びに行くこともなかった。


 だからいくら期待されても呼ばれない限りはこの鍵を使うことはない。


「それなら毎日呼んじゃいますよ?」


「だから……いや、男が頻繁に来てるのがわかれば近寄りにくいのか? でも、それだと俺が帰った後が危なくなるのか……」


「すごい真面目に私のこと考えてくれてる。嬉しすぎてニヤニヤしちゃう」


 珠唯さんが何か言っているが、ちょっと構ってあげる時間がない。


 珠唯さんが安全に暮らすには何が最善なのか考えなくては。


「簡単ですよ」


「え?」


「私が心配なら、一緒に住んでくれればいいんです」


 珠唯さんがドヤ顔で自信満々に言う。


 この子は何を言っているのか。


「俺は真面目に考えてるんだから冗談言わないの」


「あれ? なんか私がおバカみたいになってる?」


 珠唯さんは首を傾げて不思議そうにしているが、俺がここに泊まるなんて出来るわけがない。


 今こうして一緒の部屋に居るだけでもおかしいのに、泊まるなんて俺が何かしたらどうするのか。


「もしかして、私に何かしてくれる心配ですか?」


「ニュアンス違くね?」


「私はいつでもウエルカムです」


「やめなさい」


 ほんとにこの子は何を考えているのか。


 一回痛い目を見ないとやめないのなら俺がやるしかない。


 できるかは別として。


「まあ、やる勇気はないんだけど」


「えー」


「うるさい。それよりも約束しなさい。一人の時は鍵を掛けてチェーンも掛けるって」


「はーい」


 珠唯さんが元気よく手を挙げながら返事をして、なぜかいきなり立ち上がる。


 そして玄関に向かって扉にチェーンを掛けた。


「誰が今しろと言った」


「だって危ないですし?」


「一人の時って言ったろ」


「あ、今は悠夜さんが守ってくれるから必要なかったですね」


 珠唯さんはそう言って楽しそうにチェーンを外す。


「どうしたんですか悠夜さん。なんか疲れてますよ?」


「若い子の勢いについて行けなくて」


「また主婦さんに怒られますよ」


 そんなこと言われたって、もう週に三回の運動もしなくなり、同年代よりも年上との関わりの方が多い俺としては、若者と言えるのかわからなくなってきた。


 実際珠唯さんのような元気は俺にはないし。


「私がこんなにハイテンションなのは悠夜さんの前だけですからね?」


「光栄ですよ」


「信じてないですよね?」


 こんなにハイテンションな珠唯さんは初めて見たから信じてないわけでもない。


 だから本当に光栄とは思っている。


「まあ信じてあげましょう。それよりも悠夜さんにお願いがありました」


「なに?」


「私を完璧に振るのは仕方ないのでいいんですけど、できれば誰かと付き合うことになったから振るっていうのはやめて欲しいなーって。自分勝手ですけど」


「ちょっと何言ってんのかわかんないんだけど?」


「そうですよね。私が勝手に好きになって、勝手に告白したのに、悠夜さんの恋愛を邪魔する権利なんて無いですよね。忘れてください」


 珠唯さんが慌てた様子で頭を下げる。


 本当に何を言っているのか。


「何回も言ってる前提の話からするけど、俺を好きになる物好きはあなたぐらいで、だから誰かと付き合うとかないから。それと、さっきも言った通り、俺は今あなたしか見えてないんだよ。そもそも、あなたに告白してもらってる状態で他の女の人と付き合うとか、ありえないでしょ」


 珠唯さんのことしか考えられない今の状態でもしも、万が一にも誰かに告白されたとしても、それで即付き合うようなクズにはなりたくない。


 それにそもそもの話、今の俺がやってることは珠唯さんをキープしてるようなものだ。


 珠唯さんとの関係を終わらせたくないからと、完全に告白を断ることをせず、珠唯さんに丸投げしている。


 その時点でクズ同然なのに、なんで更に珠唯さんを裏切るようなことができるのか。


「俺も少し考えないとだよな」


「ひゃい?」


「また可愛くなって」


「だ、だって悠夜さんが嬉しいことばっかり言ってくれるから」


「別に当たり前なことしか言ってないと思うけど」


「そういう発想ができるから私は悠夜さんが好きなんです」


 本当に困った子だ。


 笑顔でそんなことを言われたら、明日にでも告白を受けたくなってしまう。


「あ、悠夜さんにお願いできる権利って何か残ってましたっけ?」


「知らないけど、あなたのお願いなら何でも聞くよ? 俺に叶えられることなら」


 さすがに「今すぐ付き合ってください」とか言われたら困るので保険はかけるけど、珠唯さんが無理難題を言わないのはわかっているからこの子のお願いなら本当に何でも聞く。


「じゃあそろそろ私のこと名前で呼んでください」


「そういうのは付き合ってからでは?」


「いや、それなら私は悠夜さんと付き合ってることになりますからね?」


 誤魔化そうととぼけたらド正論を返された。


 だけど今まで言われなかったのが不思議なくらいで、時間の問題だとは思っていたけど。


「そんなに私のこと名前で呼びたくないですか?」


「恥ずかしい」


「そういう可愛いこと言わないでくださいよ。嫌ではないんですね?」


「うん。いつか必ず呼べるようにするから待ってて。ちなみにどうしても待てなかったら頑張るけど」


 別に心の中では呼べるのだから、後は口に出すだけなわけで、絶対に呼べないわけでもない。


 だけどその『口に出す』というのが難しい。


「んー、じゃあいつか最高のタイミングで呼んでくれたら許します」


「ハードル上げてくるじゃんか」


「待たせる罰です。期待してますから」


「さいですか」


 そう言われたら断わるとなんてできない。


 最高のタイミングがいつかはわからないけど、その時が来たら見逃さないようにしなくては。


「じゃあデートを続けましょう」


「これって何をするのが正解なの?」


「キスでもします?」


「とりあえずゆっくりいつも通りの時間を過ごすのが正解みたいだね」


「普通に無視して調べないでくださいよ!」


 俺が珠唯さんを無視してスマホで『お家デート』を調べたら珠唯さんが頬を膨らませてしまった。


 可愛いリス顔の珠唯さんを見てクスッと笑ってしまったら、珠唯さんに顔を背けられた。


 少し傷ついたけど、その後は楽しく会話をして初デート? は終わりを迎えたのだった。

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