過去と未来②
「悠夜さん。今の状況で私がトラップ仕掛けてたらどうなってました?」
「気まずすぎて喋れなくなってた」
紅葉達に板東を任せ、俺は珠唯さんと向き合うことになり、珠唯さんに手を引かれながら洗面所に行き手洗いうがいを済ませてから珠唯さんの部屋に入った。
話す機会をくれた珠唯さんと紅葉には感謝しているけど、どうしても珠唯さんへの自責の念が消えない。
「じゃあ今着てるやつ見ます?」
「どういうこと?」
「悠夜さんが元気になるかなーって思いまし……」
珠唯さんが言ってる途中で何かに気づいたように止める。
「すいません、私みたいな貧相な体の持ち主の下着なんて見ても元気にならないですよね。やっぱり紅葉さんに頼むしかないのかな……」
「遠い目やめて。どっちにしたって元気になるよりもいたたまれなさが勝つから」
場を和ませようとしてるのはわかるけど、もう少し内容を考えてはくれないだろうか。
一番辛いのは珠唯さんなのに俺がこうして勝手に落ち込んでいるのが悪いんだけど。
「どうせ紅葉さんの方が見たいんだ」
「どっちを取っても俺が変態になるだけだよね?」
「私はえっちな悠夜さんでも愛しますよ。むしろ私をそういう目で見てください。見るところないですけど……」
珠唯さんが「ははっ……」と、乾いたように笑う。
「俺は好きな人の体が好きだよ」
「じゃあ大きいお胸の私と小さいお胸の私ならどっちが好きですか?」
「正直に言っていい?」
「もちろんです」
「小さい方」
男は大きい方が好きという偏見が多いけど、別に全員がそうというわけではない。
俺は胸が大きいキャラは気が強くて自尊心の塊という偏見を持っているから胸が大きい人が苦手だ。
もちろん全員がそうでないのはわかっているけど、第一印象は苦手意識が勝つ。
「お世辞を言ったって駄目なんですからね♪」
「顔が緩んでるよ?」
「緩んでないでーす」
珠唯さんがニマニマと嬉しそうに言う。
俺のせいで無理ばかりさせて本当に……
「って、自分のことばっかりで忘れてた。冷やさないと!」
「別に大丈夫ですよ? ちょっと腫れてますけど、すぐに元通りになりますよ」
「駄目だよ。無理、しないでよ……」
無理をさせてる張本人が何を言っているのか。
俺がもっとちゃんとしてれば珠唯さんが痛い思いをすることも、こうして気を使うこともなかった。
俺が珠唯さんを諦められなかったから……
「今言うことじゃないんでしょうけど、泣きそうな悠夜さん可愛いです」
「……」
「余計に落ち込んじゃった。じゃあそんな悠夜さんに朗報です。私の痛みを簡単に引かせる方法があるんですけど、知りたいですか?」
「やっぱり痛かったんだよね……」
「しーりーたーいーでーすーかー?」
俺が揚げ足を取ったせいで珠唯さんが拗ねたように頬を膨らませる。
それとそんなのは知りたいに決まっている。
「うん。俺ができることなら何でもする」
「え、何でも? じゃあ変えようかな。んー、でも今の悠夜さんだとほんとに何でもやっちゃいそうだからやめとこ。そういうのはちゃんとやりたいし」
「……」
「あ、ごめんなさい。今私の世界に入ったら止める人いないですよね。それじゃあ教えますね。こうするのです」
珠唯さんはそう言うと俺の右手を掴んで自分の右頬に当てる。
「ちべたい。悠夜さん冷え性すぎません?」
「冷え性ではあるけど、今は多分別の理由で冷たくなってると思う」
でも確かにこれなら珠唯さんの頬を冷やすことができるからいいかもしれない。
俺の冷え性がこんなところで役に立つとは思わなかった。
「ほっぺたは冷たくて、心はあったかいなんて一石二鳥ですね」
「ほんとにごめんなさい」
「次に謝ったら無理やりキスしますから」
珠唯さんがジト目で俺を睨んでくる。
珠唯さんのおそらく初めてのキスを最悪の思い出にするわけにはいかないので自重する。
ポロッと言わないように気をつけなければ。
「あー、急にほっぺが痛くなってきたなー」
「その棒読みは強がり……?」
「調子乗りました。冗談なので可愛い顔しないでください」
珠唯さんが慌てた様子で俺の頬を撫でる。
「……私はこのままイチャイチャしてるだけでもいいんですけど、それだと悠夜さんの罪悪感は消えないんですよね?」
「多分一生消えることはないよ。俺のせいであなたが傷ついた。その事実は無くならないんだから」
「別に悠夜さんのせいじゃないんですけどね。まあいいです、少しでも悠夜さんの気持ちが楽になるなら悠夜さんのお話聞かせてください」
「うん。全部話す」
最初から話せば良かったのだ。
珠唯さんに嫌われたくないからと、隠してきたのが間違いだった。
さっさと話して珠唯さんに幻滅してもらっていれば今回のことは起こらなかったんだから。
「まずは俺が『人殺し』って言われてたことについて。言い訳とかじゃなくて、俺は人を殺してない」
「さすがにそれはわかりますよ。悠夜さんは人を殺したいって思うほど興味は持てないですし、興味を持てた相手は私のことみたいに好きだからそういう考えには絶対にならないですから」
珠唯さんの言う通りだ。
俺は人を殺したいと思えるほど人に興味がない。
今日それが覆ったけど。
「一応俺は大切な人が傷つけられたら殺意は湧くみたいだけどな」
「じゃあこれもわかってください。それで悠夜さんが逮捕とかされたらその大切な人はとっても悲しみます。つまり悠夜さんがその大切な人を傷つけてるってことになります」
「心に刻んどく」
今日は珠唯さんに諭されてばかりだ。
珠唯さんを傷つけられてキレて、それで結果的に珠唯さんを傷つけていたら本末転倒すぎる。
今後があるなら珠唯さんを悲しませることなんて絶対にしない。
泣かせるなんて言語道断だ。
「話を戻すね。俺は人を殺してないけど、俺は近所の人から『人殺し』って見られてるんだよ」
「それが聖空さんを心配してた理由ですよね」
さすがは珠唯さんだ。
俺は別に他人の意見なんて気に止めないけど、聖空は一時期相当病んでいた。
だから家を出て少し離れた場所で一人暮らしを始めた。
そして職場に理解ある人と出会えてからは今のめんどくさい聖空に戻った。
「ちなみに心配はしてない」
「そうですねぇ」
「その微笑ましいみたいな顔やめなさい」
別に聖空がまた病もうと俺には関係ない。
だけど無関係な聖空が全てを知ってるくせに悪者扱いされるのは癪に障る。
「聖空さんが陰口言われるのが嫌なんですよね」
「陰口もだけど、本当のクズは陰で言わないんだよ。自分が楽しむ為なら相手がいくら心を痛めてもいいって本気で思ってるのが気持ち悪くて仕方ない」
これは聖空に限った話ではない。
人が複数人いれば絶対に起こることで、そういうクズは自分が同じ立場にならないとわからない。
「聖空さんのことが大好きなんですね」
「何を思ったらそうなる?」
「普通嫌いな相手がいじめられてても何とも思いませんよ」
「それは……そうだけど」
一瞬否定しようと思ったけど、確かに板東が誹謗中傷を受けていても「ざまぁ」としか思わないと思う。
自業自得だから。
「でも悠夜さんだしなぁ」
「思わないよ。それよりも話の続きだけど、俺の父親が人を殺したんだよ」
こう言うと俺の父親が殺人鬼みたいに聞こえるけど、要は事故を起こしたのだ。
俺と聖空に迷惑しかかけてなかったやつだったけど、最後にとんでもない迷惑をかけていきやがった。
「俺さ、本当に知らなかったんだよ。俺の周りのやつらは俺を子供扱いして何も教えないから。父親が事故を起こして人を殺して捕まったのは知ってるけど、その殺した相手の名字が『しまだ』さんって言うことは聞いてなかったんだよ。言い訳に聞こえるだろうけど」
もしも知っていたら珠唯さんと距離を置いていたと思う。
同じ『しまだ』姓の相手なんて罪悪感でいっぱいになる。
「悠夜さん……」
「謝って済むことじゃないけど、本当にすみませんでした。許してくれなくていい。自己満足でしかないけど、俺に謝らせ──」
「悠夜さん!」
土下座をしようとした俺の肩を珠唯さんが掴んで止める。
どうやら謝ることも許されないようだ。
当たり前のことではあるけど。
「えっとですね、とりあえず謝ったことのペナルティは一旦無しにして、結論から言いますと、それ、私の両親じゃないです」
「……え?」
「呆けた悠夜さんも可愛い。今日はたくさん可愛い悠夜さんを見れる日だ」
俺の目の前でニコニコと笑う珠唯さん。
可愛いとかお前が言うなだけど、今の俺はそんなことも考える余裕がない。
頭を整理する為に数分間珠唯さんと見つめ合っていたのだった。