食事会⑤
「私としたことが取り乱してしまった」
「また取り乱したら困るから二度とちゃん付けはしないようにするよ」
注文した料理達が順番に運ばれてきたところで紅葉が復活した。
もうこれ以上あんな姿にさせるわけにはいかないので俺は紅葉をちゃん付けして呼ばないと宣言する。
「ふっ、私を甘く見るんじゃないよ。一回言われて耐性のついた私は二度も同じ醜態を晒すことなんて──」
「じゃあこれからも紅葉ちゃんって呼べばいい?」
「……や」
紅葉がまた倉中さんの背中に隠れる。
自分で煽っておいて恥ずかしがるのはなんなのか。
可愛いのはわかったからやめてくれ、珠唯さんがすごいジト目で圧を送ってきてるから。
「さくくんは罪深い男だねぇ」
「それ。まあもみちゃんがチョロいのもあるけど」
「紅葉ちゃんってからかうの好きだけど、からかわれるの駄目なんだよね」
「ほんと見てて可愛いから好き」
倉中さんと亜美のやり取りを聞いた紅葉か余計に拗ねる。
これに懲りたら俺をからかうことをやめて欲しいものだ。
「とか思ってるんでしょうけど、紅葉さんにからかわれるの好きなんですよね」
「なんて?」
「なんでもありませーん」
絶対に何かあるような言い方をされたけど、こちらも拗ねに拗ねているので触らぬ神にということにしておく。
「……」
「そろそろやばいか。亜美、なんとかして」
「無茶ぶりがすごいね。まあいいよ、さくくんに頼られるの嬉しいし」
ちょっと何を言ってるのかわからないけど、そろそろめんどくさいのが痺れを切らす。
だからこの微妙な雰囲気を亜美に変えて欲しい。
俺には絶対にできないことだから。
「ほら、せっかくご飯食べに来てるんだから食べよう。もみちゃんに関しては量多いんだから早く食べないと」
「わかってるもん」
「おう、可愛いな。じゃなくて、みんなも食べるよ」
「そうだな。俺のは冷めるし、亜美達のは溶けても良くないし」
さすがは亜美だ。
どうにか板東がめんどくさいことを言い出す前に空気を元に戻せた。
「っていうか、示し合わせたわけでもないのに板東以外みんなパフェっていうね」
「ほんとかよ。俺が来る前に話したんじゃないのか?」
亜美と倉中さんのおかげで板東が上機嫌になっていく。
今テーブルに並べられている料理は板東以外はパフェで、板東だけステーキという完全に示し合わせたような感じになっている。
普通ならドリンクバーやみんなでつまめるサイドメニューなんかを頼むんだろうけど、早く帰りたさが勝って個々人の注文しかしてないのだろう。
「俺達も食べよ」
「……はい」
みんなが食べ始めたので手の止まっていた珠唯さんに声をかけると、微妙な反応が返ってきた。
「もしかして抹茶嫌い?」
俺が頼んだのは抹茶のパフェ。
珠唯さんは俺の頼んだ注文を見ずに俺と同じ注文を頼んでいたから何が頼まれたのか知らなかったのだろう。
「苦いの、苦手で……」
「じゃあ別の頼む? それは俺が食べるから」
「い、いえ、悠夜さんは抹茶が好きなんですよね?」
「好き。外食は嫌いだけど抹茶の為なら外食をしたくなるぐらいには好き」
抹茶の何が好きかを聞かれたら答えられないけど、とにかく抹茶が好きだ。
ちなみに抹茶の為なら外食をしたくなるとは言ったけど、したくなるだけでするとは言ってない。
「挑戦してもいいですか?」
「いいよ。もしも駄目なら俺が……」
そこまで言って向かい側に三人前ぐらいのパフェを食べる子が居ることを思い出した。
「紅葉って抹茶食べれる?」
「ん? 食べれるよ? なに、私と食べさせ合いっこしたいの?」
「そう」
紅葉が盛大にむせた。
既に二割ぐらいを食べてるけど、早食いしすぎて器官にでも入ったのか。
「悠夜さん、主語が抜けてます」
「ん? あぁ、こちらのお嬢さんが抹茶食べれないそうで」
「んっ、珠唯ちゃん? あぁ、悠夜と同じもの頼んだけど食べれなかったか。私はいいけど、珠唯ちゃんはいいの?」
何を聞いているのか。
紅葉がいいなら珠唯さんが断る理由はないはずだ。
確かに紅葉の方のパフェは既に口を付けてるけど、珠唯さんも紅葉相手なら大丈夫だと思うし。
「……私、頑張ります」
「だよね。じゃあ悠夜を使ってでも完食頑張りたまえ」
紅葉はそう言うとパフェを食べるのを再開した。
「食べるの?」
「食べます。悠夜さんが好きなものを私も好きになりたいので」
「無理はしない方がいいよ? 俺だって高校生の時は抹茶食べれなかったし」
「そうなんですか?」
「うん。漫画読んでてさ、好きなキャラが抹茶好きなの知って、食べてたらいつの間にか好きになってた」
「絶対に食べます!」
珠唯さんの目が燃えた。
俺が抹茶を好きになったのは最近で、好きになってからは人生の一割五分は無駄にしたとは思ったけど、別に珠唯さんが無理をして食べることはない。
まあ、気持ちがわからないわけではないけど。
「無理そうなら言って。俺も食べよ」
「……悠夜さん」
珠唯さんが右手でスプーンを持ちながら空いてる左手で俺の腕をキュッと握ってきた。
「無理になるの早ない?」
「食べれないとかじゃなくてですね、その……」
珠唯さんが目をキョロキョロさせながら何かを言いたそうにしている。
心なしか頬も赤い気がする。
「熱?」
「違います! これを!」
珠唯さんが俺に自分の持つスプーンを差し出してきた。
「ギブってこと?」
「だから違います! 紅葉さんも悠夜さんを頼っていいって言っていたので」
そんなことは言っていない。
あの人は俺を『使っていい』と言ったんだ。
そんな美化した言い方するんじゃない。
「えっと、つまり?」
「一口だけでいいので、食べさせてくれませんか?」
「そういうことね。確かに一口目って勇気いるもんね」
味覚が変わって食べれるようになっていたとしても、それを最初に食べるのには勇気がいる。
だからその一口目を人にお願いするのは頭のいい考え方だ。
「ニブチン」
「何か?」
「べっつにー」
既に半分のパフェを食べ終えた紅葉が何かを言ったような気がしたけど、話すつもりはないようなので無視することにした。
俺だって何も思わないわけじゃないんだから変なことは言わないで欲しい。
「じゃあスプーン借りるよ」
「はい。お願いします」
珠唯さんから貰ったスプーンで珠唯さんのパフェを一口分すくい、珠唯さんの口元に運ぶ。
それを珠唯さんが一瞬固まってからパクリと食べる。
「どう?」
「……美味しいです」
「本音は?」
「本音です。ちょっと驚いているので反応薄いですけど」
珠唯さんはそう言って俺からスプーンを貰い、自分で二口目を食べる。
「うん、さっきよりも苦く感じるけど、食べれます」
「そう? なら良かった」
「はい! これで悠夜さんと同じものを食べれます」
珠唯さんはそう言うとパクパクとパフェを食べ進める。
無理してる感じはないし、本当に食べれるようだ。
「俺も食べないと」
紅葉はもう食べ終えそうだし、倉中さんと亜美も半分は食べ終えている。
このままでは俺が食べ終わるのを待つようになってしまう。
一番帰りたがっていた俺が一番最後になるわけにはいかないので、さっさと食べることにした。
なんか、俺が食べてる間ずっと倉中さんと亜美が俺にジト目を向けながらヒソヒソ話をしていたけどなんなのか。
女子の内緒話ほど怖いものはないのに。
まあそれ以上に、俺の左隣が静かなことの方が不気味なんだけど。
この後何事も無ければいいが……
なんて思いながら、食べ終えた珠唯さんの口元にクリームがついてることを指摘して、恥ずかしがりながらそれを拭う姿を眺めていた。




