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食事会②

「約束は守れるな?」


「もちろんです。守ったら悠夜ゆうやさんがお付き合いを前提に婚姻届を出してくれるそうなので」


 来て欲しくない日はあっという間にやって来る。


 今日は山中やまなか 紅葉もみじに無理やり参加させられた食事会の日だ。


 ニコニコ笑顔でおかしなことを言い出す珠唯すいさんは無視するが、俺はなんでこの子と本当に来てしまったのか。


「今更帰るとか言わないでくださいね?」


「一緒に逃げよう、どこまでも」


「私、暑いの苦手なので北でいいですか?」


「俺、冷え性だから寒いの苦手なんだけど」


「大丈夫です。私がずっとあっためますから」


 珠唯さんがニコッと俺に笑いかける。


 そういうことなら北で構わない。


 ということでとりあえず駅に──


「ほんとに行こうとしないでくださいよ!」


「お、俺を騙したのか……」


「そんなに嫌なんですか?」


「やだ」


「あ、可愛い。録音するのでもう一度お願いします」


 珠唯さんが真面目な表情で俺にスマホを向ける。


「録音したら帰る?」


「もう。じゃあ今日頑張ったら悠夜さんにしてる隠し事を教えてあげましょう」


 珠唯さんがスマホをしまって人差し指を立てながら言う。


「隠し事?」


「はい。私が悠夜さんに何か隠してることは知ってますよね?」


「うん。でも隠してるっていうか、人に言うようなことじゃないから話さないんでしょ?」


「そうですね。なので今日を頑張ったら悠夜さんにそれをお教えしましょう」


 珠唯さんがニコッと笑顔を俺に向けながら言う。


 可愛い……じゃなくて。


「言いたくないならいいんだよ?」


「ちなみに聞きたくはないですか?」


「俺はあなたのことはなんでも知りたいよ?」


「……ばか」


 どう答えたらいいのかわからなかったから思ったことをそのまま伝えたら珠唯さんが俺の腕に頭突きしてきた。


 珠唯さんのことを知りたいか知りたくないかで言ったらそれは知りたいに決まっている。


 だけどこの子が今まで話さなかったということはそれだけ話すことが辛いか、話しにくいことのはずだ。


 それなら俺はわざわざ聞きたいとは思わない。


「仕方ないですね。悠夜さんがそんなに私のことを知りたくて仕方なくて、もう全部を赤裸々にしたいって言うなら教えます」


「無理は?」


「してませんよ。正直、ずっと『話さなきゃなー』とは思ってたので。やっぱり結婚するには相手のことを全部知ってないとですし」


 珠唯さんが頬を赤くして照れくさそうに言う。


 危なかった。


 ここが外でなかったら手が出ていたところだ。


「あれぇ、今もしかして『やば、こいつ可愛すぎ。抱きしめていいかな』とか思いました? いいんですよ、私はいつでもウエルカムです!」


 珠唯さんが嬉しそうにニマニマしながら両腕を広げる。


 だけど俺が無反応を続けていると、みるみる顔が赤くなってゆっくりと小さくなっていく。


 確かにこれは可愛すぎて抱きしめたくなる。


「今絶対に『照れるならやるなよ。可愛いな』って思いましたね」


「絶対に『可愛い』は抜かないんだな。実際思ってるから当たってるんだけど」


「んー!」


 珠唯さんが顔を真っ赤にして俺の腕をポカポカと叩いてくる。


「ちなみに答え合わせすると。最初は無性に頭を撫でたくなって、次は照れて小さくなったのが可愛すぎて微笑ましくなった」


「頭ぐらい普通に撫でてくださいよ!」


「いいの?」


「……やっぱり無しです! 微笑ましくってことは私を子供扱いしてるってことですよね? 頭を撫でられたら子供扱いをさせてるみたいになりますし」


「じゃあ俺はあなたの頭を撫でられないのか」


 それはちょっと残念だ。


 珠唯さんの頭を撫でれば合法的に可愛いつむじが眺め放題なのに。


「……ちょっとならいいですよ? でも、小さい子を撫でる感じじゃなくて、好きな人を撫でる感じじゃないと駄目です」


「難しい注文を」


 撫で方の違いなんて俺にはわからない。


 多分これは珠唯さんの気分次第で変わるやつだろうからこれから撫でて研究していこう。


「まあ撫でるのは帰った後のお楽しみにするか」


「私が秘密を話して傷心してるところを撫でてください」


「傷心するなら話さなくていいっての」


「悠夜さんが癒してくれるのがわかってるから話すんですよ。それとも私を癒す自信ないですか?」


 珠唯さんがニマニマしながら言って俺を煽りたいんだろうけど、自信なんてあるわけがない。


 俺なら珠唯さんが隣に居るだけで癒されるけど、俺に珠唯さんを癒せるだけの力がおるとは到底思えないし。


「言っときますけど、私はチョロいですよ?」


「と言うと?」


「私が悲しんでた場合、悠夜さんが隣に居るだけで私の心は回復していきます。手なんて握られたら回復するスピードが倍増して、頭を撫でられたら一気に回復します。抱きしめられたりそれ以上のことをされたら悲しんでたことを忘れて悠夜さんを襲います」


 なんか最後の方に変なワードが聞こえた気がするけど、そう言ってもらえるのなら嬉しい限りだ。


 まるで俺のような考え方だけど、気のせいだろう。


「あ、ちなみに下の名前を呼んで愛を囁いてくれたら好きが爆発します」


「何するんだよ」


「それはぁ、ここでは言えません♪」


 珠唯さんがウインクをしながら嬉しそうに言う。


 既に『襲う』とか言われてるのに、爆発なんてされたら何をされるのかわかったものではない。


 もしもそういうことをする機会があったら気をつけないといけない。


「あの、悠夜さん」


「真面目な顔になってどうしたの?」


「私から聞くのは違うとは思うんですけど、悠夜さんが私に話してない秘密ってやっぱり話せないですか?」


 珠唯さんが申し訳なさそうに俯きながら聞いてくる。


「いや、別に無理やり聞きたいとかではなくてですね、多分なんですけど、悠夜さんが私と付き合えないって言うのはそれが一番関係してるのかなって思って。もしも私がそれを聞いて、なんともなければ付き合えるのかなって、思って……すいません、勝手なことを言いました。忘れてください」


 珠唯さんがしゅんとしながら頭わ下げる。


 ほんとに真面目でいい子すぎて俺なんかにはもったいない。


 とりあえず頭を撫でる。


「……えと、これは何かの罰ですか?」


「ただ俺が癒されてるだけ」


「やっぱり聞かれたくなかったですよね……」


「別に? そもそもあなたが隠し事を話すって言った時には話すつもりでいたし」


「え?」


 ポカンとした顔の珠唯さんが顔を上げる。


 この顔も可愛い。


「当たり前でしょ。なんであなただけに秘密を話させて俺は話さないんだよ。俺だっていつかは話さなきゃって思ってたし、あなたに先に言わせたのはごめんだけど、タイミング的にもちょうどいいし」


 珠唯さんがずっと隠してたことを話すと言ってくれたのに俺は話さないのはフェアじゃない。


 クリスマス前までには話すつもりでいたけど、珠唯さんに言わせてしまった以上は俺も話す。


「せめてものってことで俺から話すから」


「……ほんとに悠夜さんですよね」


「呆れた?」


「少しだけ。でも、惚れ直しの方が多いです!」


 珠唯さんが満面の笑みで俺に抱きついてきた。


 どこに惚れ直すポイントがあったのか謎だけど、珠唯さんがそれでいいなら俺が気にしたって仕方ない。


 それよりも……


「ちなみになんだけどさ、気づいてやってる?」


「なんのことですかー?」


「気づいてるならいいや。多分連写してるけど撮られてるのは平気?」


「後で貰います」


 珠唯さんがいいなら俺が何も言わないけど、さすがに人を待たせておいてその待たせてる相手を覗き見したり盗撮するのは許し難い。


 ということで個人的に説教をすることにした。


 今は珠唯さんを堪能してるけど。

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