食事会①
「ゆ・う・や・さーん」
「なに?」
「呼んだだけでーす」
ニコニコ顔で可愛いことを言い出すこの子は誰だ。
珠唯さんだ。
なんだか聖空と会ったあの日から、珠唯さんが少し変わった気がする。
簡単に言うと可愛さが増した。
「悠夜さん!」
「今度はなに?」
「今月の二十五日はお暇ですか?」
「バイト」
「ですよねー。そうだと思って私もバイト入れたんですけど」
今月の二十五はクリスマスだ。
だからって俺には毎年用事がないからバイトをして、気が向いたらケーキを作ったりするぐらい。
普通の日と変わらない。
「そういえばクリスマスまでには付き合いたいって言ってたね」
「はい。なので今すぐ付き合いましょう」
「もう一押しなんだから頑張れ」
「なんで私は悠夜さんに応援されてるんですか?」
確かに俺が一言「付き合う」と言えばそれで全部解決する話だ。
だけど俺には珠唯さんと付き合えない理由もあるからどうしてもそれは言えない。
「押してもだめなら引いてみろをやった場合どうなります?」
「俺から距離を取るってこと? 確かに意識はするだろうけど、寂しすぎて病むかも?」
「私が離れるのは嫌なのに、私と付き合うのも嫌って、めんどくさいですよ?」
珠唯さんが頬を膨らませて不満を表す。
そんなのはわかっている。
だから珠唯さんが俺に呆れて離れると言うのなら止めない。
勝手に一人で寂しがるだけだ。
「想像しただけで落ち込んでません?」
「未練がましいよな」
「なんか捨てられた子犬みたいで可愛いです。もう少し追い込んで私無しでは生きていえない体にしましょう!」
珠唯さんがニコニコ笑顔で不穏なことを言い出す。
だけどそんなことをする必要はない。
「もう十分あなた無しじゃ生きていけない体にされてるよ」
「ほんとそういうところですよ!」
珠唯さんが理不尽に俺の足を叩いてくる。
割と真面目に俺にとって珠唯さんはいないと困る存在になってきている。
見てるだけで心が和む相手なんてそうはいないのだから。
「だけど、せっかく和んでてもそれを乱すやつって絶対にいるよな」
「ありゃ? 気づいてたんだ」
少し前から俺と珠唯さんに温かい目を向けていた山中 紅葉を睨みつけると、さも当然かのように俺の隣に座る。
「二人がイチャついてたから入る隙伺ってたんだよね」
「サボりの入る隙はないから戻れ」
「今日はガチでサボり中だからすぐに戻らないとなんよ」
「じゃあ帰れよ……」
こんなに堂々とサボり宣言ができるのもいないだろう。
まあこの人のことだから数分の許可を取ってサボってるのだろうけど。
「イチャイチャ……。そう見えるんだ……嬉しい」
「おや、両手に花の右手が可愛すぎるぞ? 左手の私も頑張った方がいい?」
「あなたは頑張るな。用件だけ言って戻りなさい」
「それもそっか。私が頑張ったら佐久間、私に惚れちゃうもんね」
左から戯れ言が聞こえたきたので無視をする。
さっきまで空気がふわふわしていた右側から圧も感じるし、ほんとにさっさと帰って欲しい。
「冗談だから珠唯ちゃん怒らないで。私がいくら口説いたところで佐久間が私のこと好きになるわけないから」
「なんで言い切れるんですか?」
「んー、それは内緒かな」
「……」
「睨んでも可愛いだけだから教えませーん。っと、そういえばここには私の味方いないのか」
珠唯さんをからかっている山中 紅葉にイラついてきたので珠唯さんと一緒に睨んでみた。
そうしたら山中 紅葉に小さく笑われた。
「ほんとお似合いだよね」
「きゅ、急に褒めても悠夜さんを口説いたことは許してにゃいれすから!」
珠唯さんが口元をニマニマさせているせいか、ものすごく可愛く噛んだ。
照れて顔を隠すところまでセットで可愛い。
「可愛すぎる。佐久間、私と結婚して珠唯ちゃんを娘にしよう」
「……」
「悠夜さん!」
珠唯さんを娘にするなんて夢みたいなことを言われて一瞬考えてしまった。
だけど珠唯さんに腕を引かれて我に返る。
「この子を娘にするのは百歩譲っていいけど、あなたと結婚ってのがな……」
「私の何が不満?」
「毎日遊ばれそう」
山中 紅葉は俺と話してる時は俺をからかわないと生きていけないのかと思うぐらいにからかってくる。
そんなやつと結婚なんてしたら毎日おもちゃにされるのが目に見えている。
珠唯さんにならそうされてもいいけど、なぜに山中 紅葉のおもちゃにされなければいけないのか。
「やっぱり私の相手するの嫌だったりする?」
「別に? あなたは好き寄りだし」
「おう、いきなり告るなよ。照れるじゃないか」
山中 紅葉に肩を小突かれる。
俺がいつ告白なんてしたのか。
勝手な妄想で珠唯さんの機嫌を損ねないで欲しいものだ。
俺の右手に消えない痣が残る。
「痛いからやめて」
「私はどうなんですか?」
「何が?」
「好きか嫌いかです!」
「前にも言ったじゃん」
「今ここでもう一回ちゃんと言ってください!」
何を怒っているのか、珠唯さんが頬膨らませて俺を睨みつける。
可愛いけど、俺の右手の甲をつねる力が強くなって真面目に痛い。
「好きだよ」
「紅葉さんとどっちが好きですか?」
「あなた」
「ふふん。満足です」
珠唯さんが満足そうに胸を張る。
そしてつねっていた俺の右手から手を離し、撫でてくれた。
「告白されて即浮気される気分ってこんななんだね」
「告白してないっての」
「まあ可愛い珠唯ちゃん見れたからいいや。それはそうと、本題ね。来週の土曜日に行くから」
「どっか行くの? 行ってら」
わざわざどこかに出かけることを言う為に仕事をサボって来たと言うのか。
それなら本当に怒られた方がいい。
「いやいや、さすがに私のプライベートなお出かけを知らせる為に来たりしないからね?」
「じゃあなんだよ」
「うわ、嫌な記憶はすぐに忘れるタイプだ」
「俺は忘れたい記憶ほど根強く残るタイプだが?」
人間は忘れたい記憶ほど残ってしまう残念な生き物だ。
例えば仕事のミスなんかは上手くいったことと違って一生忘れない。
それをバネにしていこうなんて言うけど、同じ失敗を恐れて上手くできなくなるやつだっていることをわかって欲しい。
仕事以外でも忘れたい記憶はたくさんあるのだから。
「じゃあ覚えてるんだね? この前約束したこと」
「……何か約束したっけ?」
「忘れようとするな。珠唯ちゃんだけ連れてくぞ?」
「……」
「今のは完全に佐久間のせいなんだから逆ギレで睨むんじゃないよ」
確かにキレた俺もわるいかもしれないけど、珠唯さんをだしに使った山中 紅葉も悪い。
俺がキレることなんてわかっていただろうし。
「とにかく、来週の土曜日は珠唯ちゃんと一緒に来るんだからね?」
「二人ともバイト」
「私もだよ。だからバイト終わりにみんなで行くの」
「……」
「大丈夫、あいつは後から合流だから」
あいつとは多分板東のことだ。
俺があいつと一緒に行くのを嫌がったことを察したようだけど、珠唯さんが俺の手をまたつねるから察しなくて良かった。
「ほんとに君達はお似合いだね」
「はい!」
「付き合ったら教えてね」
山中 紅葉はそう言って立ち上がる。
「じゃあ私は戻るから、来週逃げないでね?」
「……」
「返事」
「善処する」
「珠唯ちゃん、佐久間が逃げようとしたら私が許すから抱きしめてでも止めて」
「任されました!」
「任されるな……」
別に逃げたりしない。
だって逃げたら珠唯さんが一人で行くことになるから。
きっと珠唯さんは何があっても行く。
だから俺は珠唯さんを守る為について行かないといけない。
「私達を守る為にちゃんと来てね」
「さっさと行け」
「はーい」
やっと嵐が去って行った。
それから俺と珠唯さんは作戦会議をする為に珠唯さんの住むアパートに向かった。




