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間違いはなかった

「じゃあ悠夜ゆうやさんが泊めてくれないので帰りますね」


「言い方にトゲしかないんだけど?」


 晩ご飯(悠夜さんの手作り!)をご馳走になった私は、聖空せいらさんとお話したり、悠夜さんをからかったりしてたら気づけば外が暗くなっていた。


 だから最後に「外が暗いのでお泊まりしてもいいですか?」と悠夜さんに聞いたら「送るから帰りなさい」と即答された。


 わかってはいたけどもう少し言い方というものがある。


 例えば「さすがに恥ずかしいから駄目」とか「お泊まりなんかしたら襲うかもしれないから駄目」なんて言われたら私だって……


「何をニマニマしている」


「だってぇ、悠夜さんが可愛くて、しかも私のことを……言ってくれればいいのに」


 今は絶対に鏡を見れない。


 本当は悠夜さんにも見られたくないけど、きっと悠夜さんは今の私すらも可愛いと言ってくれる。


 そんな悠夜さんが好き。


「可愛いのはわかったから。やっぱり暗いし俺が送ろうか?」


「だーめ。未来の妹と大事な話があるんだから悠夜は家に居なさい」


 聖空さんがそう言うと、悠仁さんが恨めしそうに聖空さんを睨みつける。


 そう、今日は悠夜さんに送ってもらわない。


 聖空さんは悠夜さんが住んでるここには住んでいないらしく、彼氏さんのお家に同棲してるようだ。


 だから駅に行くついでに私を送ってくれるらしい。


「俺はそもそも認めてない」


「私だって珠唯すいちゃんと話したいの! 悠夜はバイトで会えるんだからいいじゃん!」


「知るか。お前は絶対に余計なことを話すから二人にしたくないんだよ」


「小さい頃に『お姉ちゃんと結婚する!』って言ったこととか?」


「あ?」


 悠夜さんのガチトーンの「あ?」をいただきました。


 危なかった。


 もう少しで反応していたけど、もし反応していたら私が悠夜さんからの「あ?」を貰うところだった。


 ギャップで心臓が持たないよ。


「なんで悠夜のガチ怒りを見て悶えてるのこの子。ドM?」


「あ?」


「こっちはこっちで過保護だし。別に悪口言ったわけじゃないじゃん」


「お前が知ったような口聞くからだろ」


「そんなに好きならさっさと付き合えよ」


 聖空さんがとてもいいことを言ってくれた。


 そうだ、悠夜さんは私を大切に思うなら今すぐにでもけっこ……付き合ってくれればいい。


 そしてゆくゆくは円満な家庭を築いて、同じお墓に入りたい。


 なんて思ってるのが私だけなのは悠夜さんの辛そうな顔を見ればわかる。


「……」


「ごめんて。でもさ、正直な話、珠唯すいちゃんと付き合う気がないならその態度は良くないよ?」


「わかってる。まあ俺の事情を知ってる上でそう言うなら俺だって誠意は見せるけど」


「いや、調子乗った。少なくとも私が言えたことじゃないよね。これ以上悠夜に嫌われたくないから珠唯ちゃん送ってから帰るね」


 なんだか空気が重い。


 悠夜さんは顔が強ばっているし、聖空さんは申し訳なさそうにしている。


 私だけは何もわからなくてどうしたらいいのかわからない。


「いいか、余計なことは言うな。それと何かあったら連絡しろ」


「わかってる。じゃあまたね」


「二度と来るな」


 ここだ。


「私はいいですか?」


「別にいいけど、泊まりは駄目だからね?」


「えー」


「えーじゃない」


「びー」


「AからBは新しいな」


 重くなっていた空気が少しだけ緩和した。


 私のおかげなんて調子に乗ることはしない。


 だって私は悠夜に放置されるのが嫌で話に割り込んただけなんだから。


「ほんとにいい子」


「もういいよ。ちゃんと送ってけよ」


「わかってる。外も暗いし、多分大丈夫だから」


「それもそうか」


 私の頭にははてなマークが浮かぶ。


 なぜ暗いと大丈夫なのか。


 暗い道の方が綺麗な聖空さんが襲われる心配がありそうなものだけど。


「じゃあ今度こそほんとにじゃあね。次は年明けぐらいになるかな」


「来るなっての」


「だから来るって……あ、そっか」


 聖空さんが何かを察した様子でニマニマしながら悠夜さんを見る。


 悠夜さんは理由がわかってるのか、すごい呆れたような顔をしてる。


「どうしたんですか?」


「んー、べっつにー」


「気にしないでいいよ。もう遅いしこのバカが帰らないから俺が送るよ」


「ほんとに帰るよ。珠唯ちゃんと二人っきりになりたいのは私もなんだから今は譲って」


「だったら早く行けよ」


 悠夜さんがすごい疲れている。


 癒してあげたいけど、私が帰らないと悠夜さんの疲れは取れないだろうし、嫌なジレンマだ。


「今度こそほんとにバイバイ。愛してるよ」


「気をつけて帰るんだよ。変な人について行かなきゃいけないけど、いざとなったら全力ダッシュすれば年の差で絶対に逃げ切れるから」


「おいこら。私を無視した挙句に珠唯ちゃんに変なこと吹き込むな」


 聖空さんが真剣な表情の悠夜さんをジト目で見ている。


 なんだかんだで仲良しさんなんだ。


「ちょっと嫉妬」


「ん?」


「なんでもないです。じゃあ悠夜さん、またバイトで」


「うん。じゃあ」


「……愛してます」


 私はそう言って逃げるように玄関の扉を抜ける。


 冬の夜なのに顔が熱くて仕方ない。


「ちょっと待って。悠夜が言った通りで私じゃ珠唯ちゃんに追いつけないから」


「あ、すいません」


 思わず駆け出した私を聖空さんが後から追って来てくれた。


 ほんの数十メートルだけど、聖空さんは息を切らしている。


「大丈夫ですか?」


「私って昔っから体力ないんだよね。それに加えて大人になってから運動もしてないから余計に体力落ちたし」


「ちょっと休みます?」


「ううん、さすがにそこまで年寄りじゃないから平気。それよりも早く珠唯ちゃんを送らないと悠夜にガチギレされる」


 聖空さんが怯えた表情になりながら言う。


 確かに悠夜さんは私のことが大好き過ぎるからもしも帰りが遅くなったら心配しすぎて連絡が止まらないかもしれない。


 やばい、ニヤける。


「本当はもうちょっと呆然とする悠夜を見てたかったんだけど」


「呆然ですか?」


「うん。珠唯ちゃんに『愛してます』って言われた悠夜、完全に固まってたから」


 そんなことを言われたら嬉しすぎてニヤニヤが止まるわけがない。


 こんな顔人には見せられない。


「幸せそうな顔。珠唯ちゃんはほんとに可愛いよね」


「絶対に変な顔です!」


「恋する乙女は可愛いんだよ。悠夜もこんないい子をキープなんていいご身分だよ」


「それは違います。さっきも言いましたけど、悠夜さんは私を振ってます。だけど私が諦めきれないから悠夜さんの考え方を変えようとしてるんです」


 今の私と悠夜さんの関係を傍から見たら確かに悠夜さんが私をキープしているように見える。


 だけど実際は悠夜さんに振られた私が諦められないから付きまとっているだけ。


 それを優しい悠夜さんは何も言わずに受け入れてくれている。


「そんな優しい悠夜さんが好きです」


「悠夜が優しいのは認める。悠夜はひねくれてるだけで、ただの優しい男の子だもん」


 聖空さんの言う通りで、悠夜さんは優しすぎる男の子。


 優しいけど優しいことを絶対に自分では認めないひねくれも持っているけど、そこもまた可愛くて好き。


 悠夜さんの優しさは深く関われば関わるほどわかって、一緒に居れば居るだけ好きになってしまう。


「優しいからこそ、珠唯ちゃんと付き合わないんだもんね」


「……やっぱり何かあるんですよね?」


 悠夜さんが私と付き合ってくれない理由。


 単純に私のことが好きではないとか、後輩としか見れないとかの可能性もあったけど、さっき悠夜さんは私のことを好きと認めてくれた。


 フリーターで私を養っていけないからとは言われたけど、それも確かに理由の一つなんだろう。


 だけど、他にも理由があると思う。


 もっと確信的な、悠夜さんが私を関わらせたくない絶対的な理由が。


「あるよ。あるけど、悠夜が隠してる以上は私に言えることはない」


「そこまで言って教えてくれないんですね」


「うん。悠夜には珠唯ちゃんが必要なの。あんなに楽しそうな悠夜は本当に久しぶりに見た。だから珠唯ちゃんには悠夜を諦めないで欲しい」


「つまり、悠夜さんが私と付き合わないのにはちゃんとした理由があるから私は今まで通りアプローチを続けろってことですか?」


 言われなくてもそのつもりではあったけど、そこまで言われると気になってしまう。


 私を関わらせたくないこととはなんなのか。


「悠夜さ、私のこと帰らせたがってたでしょ?」


「はい」


「あれね、単純に私のことが嫌いだからってことじゃなくて、私を心配してのことなの」


「夜が遅いからですか?」


「ううん、私達は『嫌われ者』だから」


 聖空さんの声がすごい寂しそうに感じた。


 これ以上は踏み入ったらいけない気がする。


 私に聞かれたくない話があるように、聖空さんと悠夜さんにだって今は話せないことがあって当たり前だ。


 だけどこれで一つわかったことがある。


「要するに悠夜さんがその話を私にしてくれたら晴れて結婚できるってことですね?」


「話が飛んでるけど、結果的にはそうなるのかな」


「つまりやることは変わらないってことですね。というか、今までやってきてたことは間違ってなかったんですね」


「うん。多分もう少しで落とせるよ。後は悠夜が珠唯ちゃんを巻き込む覚悟ができるかどうかと、珠唯ちゃんがそれを受け止められるかどうかの話」


「私は受け止めますよ。たとえどんな話でも」


「……」


 聖空さんは何も言わなかった。


 ただ、私の冷えた手を優しく握ってくれた。


 そこからいつものコンビニまで会話はなく、コンビニに着いたところで「バイバイ、今度会う時は良い報告待ってるね」と聖空さんに言われたので「次に会うまでに悠夜さんとキスぐらいはしてます」と伝えた。


 なんか聖空さんの顔が引き攣ってたように見えたけど、暗かったから気のせいだろう。


 そして私はアパートに帰り、いつものように悠夜さんへ帰還のメッセージを送った。


 すぐに『何も無かった?』と返ってきたので『悠夜さんが不足してるので会いたいです』と送ったら『なにかあった?』と、多分本気で心配させてしまったので『大丈夫ですよー』と返す。


 信じてもらえたかはわからないけど『良かった』とは返ってきたので多分大丈夫だ。


 それから私はお風呂に入って、少しのんびりしてから布団に潜る。


 その日に懐かしい夢を見たのは、多分仲良しな姉弟を見たからだろう。

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