姉③
「おかえり、お風呂にする? ご飯にする? それともやっぱりお姉ちゃん?」
「この不審者あらため変質者が認めたくないけど戸籍上の姉」
かまってちゃんは無視して、俺は後ろでドン引きしてるであろう珠唯さんに姉を紹介する。
自称童顔で大人しい系の女子らしい。
実際は一生人を小馬鹿にしたような顔で鬱陶しい女であるけど。
「まさか悠夜が彼女をお姉ちゃんに紹介する日が来るなんて。嬉しくて泣きそう……」
「もう帰る? ぶっちゃけこいつと話すことないでしょ?」
そもそも、珠唯さんをうちに連れて来た理由はなんだったか。
俺が感情を表に出す相手に興味があるからと、珠唯さんが姉に興味を持ったようだったけど、別に珠唯さんはうちに来たいとは行ってなかったはずだ。
俺が一人で相手するのが嫌だからと流れで連れて来ていたけど、珠唯さんは帰らせていいのでは?
「そういうことなら今すぐ帰ろう。俺が送るから」
「悠夜さん。私を理由にして逃げるのは嫌です」
「君と一緒に居たいから」
「心にも無いこと言う悠夜さんは……嫌いになれないです!」
なんか理不尽に怒られた。
確かに姉から逃げたくて珠唯さんを帰らせようとしたけど、一緒に居たいというのに嘘は無い。
そんなことわざわざ言わないけど。
「悠夜さんに一つ言っておくと、私は悠夜さんの外堀を埋めたいので、お姉さんとお話したいです」
「そんなことしなくても時間の問題だからいいの」
「私は今すぐがいいんで……今なんて?」
ちょっと口が滑ってしまったけど、珠唯さんは目ざとく言及してくる。
正直俺が珠唯さんと付き合うのは時間の問題だと思っている。
理由は単純で、珠唯さんの可愛さにそろそろ耐えられなくなってきているから。
耐えられなくなる前に珠唯さんの可愛さに慣れたら話が変わるが、今のままだと今年中には落とされる可能性が高い。
「悠夜さん、今なんて言いました?」
「暗くなってきたら帰らないかって」
「絶対に違いますよね? もう一押しで私の……」
珠唯さんが何かを言おうとしたけどやめた。
ほとんど空気にしている姉を気にしたのか、それとも何か言えないことを言おうとしたのか、どっちにしろ言えない理由があるなら別に聞かないけど。
「一区切りついた? お姉ちゃん、放置プレイって嫌いじゃないけど、されすぎるのは嫌だよ?」
「知るか」
「あ、優しい悠夜が反応してくれた」
「それでどうするの? あれと話す?」
姉を無視して珠唯さんに聞く。
正直もう珠唯さんには帰ってもらって、ついでに姉にも帰って欲しい。
姉の方は切実に。
「お話します。悠夜さんの昔話が聞けるかもですし」
「面白い話ないよ?」
「悠夜さんにとっては面白くなくても、私にとっては可愛いを補給できるんです」
なんかベクトルが違うような気がするけど、珠唯さんがそうしたいなら俺に止める権利はない。
仕方なく珠唯さんを見守ることにした。
「えっと、悠夜さんのお姉さん、私は島田 珠唯って言います。悠夜さんのバイト先の後輩になります。今は」
珠唯さんが姉に自己紹介をする。
なんか最後の一言に圧を感じた気がするけど、多分気のせいだ。
「……」
「お姉さん?」
「あ、ごめん。危なかった、あと少し反応遅れてたら悠夜に本気で追い出されるとこだった」
「今すぐ出てっていいよ。せっかく自己紹介してくれたのに無視するやつなんて」
本当は紹介したくないのに、珠唯さんがどうしてもと言うからしてもらったのに、それを無視するなら珠唯さんと話す価値がない。
さっさと男のところに帰ればいい。
「悠夜さん、私は気にしてませんよ? それともまた私を使ってお姉さんを追い出そうとしてます?」
「そんなことありません」
珠唯さんにジト目を向けられたので、誠意を込めて土下座をする。
そしたら珠唯さんに頭を撫でられた。
「なぜに撫でる?」
「そこに悠夜さんの頭があったからです」
「じゃあ俺はこれからもあなたのつむじが見れたら見ていいってことだね?」
「それとこれとは話が別です。悠夜さんが撫でてくれて、不可抗力で見ちゃうなら許しちゃうかもですけど」
なんてことを言い出すのか。
つまり俺が珠唯さんのつむじが見たいなら珠唯さんの頭を撫でろと。
そんな恥ずかしいことができたら苦労はない。
「悠夜さんって実は照れ屋さんですよね」
「言い方に悪意を感じる」
「可愛いってことです。私をからかう為なら簡単に手を握りますけど」
「照れるあなたは最高に可愛いんだよ?」
珠唯さんに頭を押さえつけられた。
軽くおでこを打って痛い。
「自分が言うのはいいのに俺が言うと照れて暴力って理不尽すぎない?」
「ふん。私は好きな人の悠夜さんに言われて、悠夜さんは別に好きじゃない私に言われてるんだから理不尽じゃありません」
「好きじゃないなんて言ってないじゃん」
むしろ好きと言った気がする。
珠唯さんのことは付き合えないだけで好きじゃないわけじゃない。
「そんなこと言ったって許さないんですからね!」
「にやけながら言うんじゃないよ」
手がどいたので顔を上げると、頬に手を当てながらにやけている可愛い珠唯さんがいた。
ほんとにこの子は可愛いことをしないと生きていけないのか。
「あのぉ、お姉ちゃんを完全無視でイチャイチャするのはどうかと……」
「うるさい黙れ。嫌なら帰れ」
「うわぁ、照れないで開き直りやがった。でも悠夜がなんと言おうとお姉ちゃんを帰らせられなくする切り札があるんだよね」
なぜだろう。
珠唯さんのにやけ顔は可愛さしかないのに、こいつのにやけ顔は憎たらしさしかない。
「えっと珠唯ちゃん。悠夜の昔話が聞きたいって言ってたよね?」
「ひゃい?」
「やば、可愛すぎて私の妹にしたい。悠夜、早く結婚して」
言いたいことはわからないでもないけど、付き合ってもないのに結婚はできない。
そもそもそういう話で俺達はめんどくさい関係になっているのだから。
「それよりもお前は名乗らないの?」
「お前言うな。でもそっか、名乗ってなかった。私は佐久間 聖空。悠夜の唯一無二のお姉ちゃん」
聖空はそう言うと珠唯ににじり寄って来る。
「珠唯ちゃんは悠夜のことが好きなの?」
「はい!」
「即答。でも見た感じ付き合ってはないと」
「はい……」
「悠夜、この子可愛い」
お前に言われなくても知っている。
そして聖空の言いたいこともわかっている。
「話してない感じね」
「話す必要ないだろ」
「それもそっか。それに……」
聖空が珠唯さんを見ながら何かを言おうとしたけど、途中で「なんでもない」と言ってやめる。
なんかウザい。
「それよりも、悠夜の昔話ついでに、悠夜の小さい頃の写真とか見たくない?」
「え、見たいです!」
「おう、あまりの食いつきにお姉ちゃんびっくり」
珠唯さんが聖空を押し倒す勢いで覆いかぶさった。
それにはあの聖空も目を丸くする。
何が珠唯さんにそこまでさせるのか。
「ていうか、なんで俺の小さい頃の写真とか持ってるんだよ」
「え、悠夜のこと愛してるから?」
意味がわからない。
確かに聖空はブラコンを名乗っているが、そもそも俺は写真が嫌いだから写真なんて無いはずだ。
あるとしても本当に昔の写真で、スマホに入ってるわけがない。
「最近は紙の写真をスマホに取り込めるのだよ」
「わざわざそんなことしたのかよ」
「悠夜って盗撮もさせてくれないからそうするしかないの」
なんか俺が責められてるように感じる。
俺はどうしても写真に撮られるのが苦手だからそんなことを言われても知らない。
ちなみに盗撮されるのはその人との関係を考え直すレベルで嫌いだ。
「悠夜はシャイボーイだから」
「その口ってどうやったら塞がるの?」
「悠夜が塞いでくれていいんだよ?」
聖空がウインクしながら自分の唇を指さす。
「俺、人の口縫うとかグロくて無理なんだけど」
「そう言いながら裁縫箱を手に取るんじゃないよ。黙らないけど静かにするから」
聖空が形だけの土下座をするので、頭でも踏んでやろうかと思ったけど、前にそれをやったら喜んだのでやめておく。
珠唯さんにこれ以上身内の恥を晒したくないし。
「よし、悠夜が許してくれたから悠夜鑑賞会始めよー」
「やっぱり一発かかと落としでもすれば良かったかも」
そんなことを思ってももう遅い。
聖空は珠唯さんの隣に座ってスマホを操作しだした。
そうして本当に昔の俺の鑑賞会が始まったのだった。




