第4話 ライバル、エドガーの影
朝のホームルームが終わり、俺は教室を出ようとしていた。突然、背後から声がかかる。
「おや、アルフレッド。今日も忙しそうだね」
振り返ると、そこにはエドガー・シュヴィンデルが立っていた。相変わらずの挑発的な笑みを浮かべている。
「ああ、エドガー。君こそ暇そうだね」
俺は軽く受け流す。
エドガーは俺の隣に並んで歩き始めた。
「へぇ、今日はどんな"善行"をする予定かな?図書館でお年寄りの本の整理を手伝うとか?」
「悪いが、今日の予定は秘密さ」
俺はニヤリと笑う。
「それより、君の方こそ面白そうだな。裏で何を企んでるんだ?」
エドガーは一瞬、目を見開いたが、すぐに平静を装った。
「なに、ただの読書会さ。君には刺激が足りないだろうけどね」
読書会という単語に、俺の頭の中で警報が鳴り響く。エドガーの"読書会"が単なる読書会でないことは、俺にはお見通しだ。きっと何か裏の計画があるに違いない。
「そうか、読書会か。俺も誘ってくれれば良かったのに」
エドガーは意味ありげな笑みを浮かべる。
「残念だけど、メンバーは既に揃ってるんだ。まあ、君には向いてないだろうしね」
この言葉のやり取りは、傍から見れば単なる友人同士の冗談に聞こえるだろう。しかし、俺たち二人にとっては、これが密かな情報戦なのだ。
廊下を歩きながら、俺はエドガーの表情を盗み見る。彼の目には、いつもの知的な輝きがある。だが、その奥に潜む野心の炎も見逃せない。何とかエドガーの計画を探り出さないと。
「そういえば」
エドガーが唐突に話題を変える。
「この前の特別講座、面白かったね」
「ああ、まあね」
俺は軽く答える。
「君との組み合わせは予想外だっただろうけど」
エドガーは少し声を落として言った。
「あの時見た家系図のこと、覚えてるか?」
俺は思わず足を止めた。あの家系図。そう、俺の出自に関わる謎の家系図だ。
「ああ、もちろん」
俺は平静を装いつつ答える。
「でも、あれは講座用の偽物だろう?」
エドガーは俺をじっと見つめた。
「そうかな?僕にはかなりリアルに見えたけどな」
この瞬間、俺とエドガーの間に緊張が走る。二人とも、互いの本当の意図を探り合っているのだ。
「まあ、どうでもいいさ」
俺は話題を逸らそうとする。
「そんなことより、次の授業の準備でも……」
その時、廊下の向こうからフィンが駆けてきた。
「アルフレッド!エドガー!大変だよ!」
「どうしたんだ、フィン?」
俺は驚いて尋ねる。
フィンは息を切らしながら言う。
「図書館で……ライラちゃんが……」
「ライラがさん?」
俺とエドガーは同時に声を上げた。
俺の中で、様々な可能性が駆け巡る。ライラは図書館で働いている。もしかしたら、俺たちの秘密に関わる何かを見つけてしまったのかもしれない。
「落ち着いて、フィン」
エドガーが冷静に言う。
「何があったのか、ゆっくり話してくれ」
フィンは深呼吸をして、話し始めた。
「ライラちゃんが、古い文書を整理してたんだ。そしたら……」
俺とエドガーは、息を呑んでフィンの言葉に聞き入る。
「そしたら、突然本棚が倒れてきて、ライラちゃんが下敷きになっちゃったんだ!」
「えっ」
俺は思わず声を上げる。予想とは全く違う展開に、少し頭が混乱する。
「大丈夫なのか?」
エドガーが心配そうに尋ねる。
「うん、幸い大きなケガはなかったみたい。でも、ライラちゃん、ショックで動けないんだ」
俺は一瞬、安堵のため息をつく。が、すぐに別の不安が頭をよぎる。
チラッとエドガーを見ると、彼も同じように俺を見ていた。二人の目が合い、互いに疑いの色が浮かぶ。
「よし、図書館に行こう」
俺が言う。
「ああ、それがいい」
エドガーも同意する。
三人で図書館に向かいながら、俺の頭の中では様々な思惑が交錯していた。ライラは本当に大丈夫なのか?この事件は単なる事故なのか、それとも誰かの策略なのか?そして、エドガーは本当に無関係なのか?
図書館のドアを開けると、中は騒然としていた。本が散乱し、大きな本棚が床に倒れている。そして、その傍らで泣きじゃくるライラの姿が見えた。
「ライラさん!」
俺は思わず声を上げる。
彼女は顔を上げ、涙目で俺たちを見た。
「アルフレッドさん……エドガーさん……フィンくん……」
俺たちは急いでライラの元へ駆け寄った。
「大丈夫かい?怪我は?」
俺が心配そうに尋ねる。
「ええ、大丈夫です。でも……」
ライラは倒れた本棚を見て、また涙ぐんだ。
「大切な古文書が……」
エドガーが冷静に状況を見渡す。
「本棚が倒れた原因は分かるかい?」
ライラは首を振る。
「分かりません。急に……ガタガタッて音がして……」
「へえ、"急に"か」
エドガーが意味ありげに俺を見る。明らかに俺を疑っているのがわかる。
「なあ、エドガー」
俺は軽い調子で言う。
「君、さっきまで図書館にいなかった?」
エドガーの目が僅かに細まる。
「何を言いたい?」
「いや、ただの確認さ」
俺はニヤリと笑う。
フィンが困惑した顔で俺たちを見ている。
「二人とも、何を……」
「何でもないよ、フィン」
俺は笑顔で答える。
「さあ、ライラさんを保健室に連れて行こう」
俺とフィンでライラを支え、立ち上がらせる。エドガーは本棚の周りを調べ始めた。
「おや?」
エドガーが何かを拾い上げる。
「これは……」
振り返ると、エドガーの手には小さな魔法の結晶が。まさか、エドガーが仕掛けたものをこちらの責任にするつもりじゃないだろうな。
「あ!」
ライラが突然声を上げる。
「それ、私の……」
俺たち全員の視線がライラに集中する。
「実は……魔法実験の課題で作ったんです。でも、うまく制御できなくて……」
ライラの頬が真っ赤になる。
「なんだ、そういうことか」
俺は安堵のため息をつく。
エドガーも肩の力を抜いた様子。
「ふむ、失敗作が暴走したってわけか」
フィンは明るく笑う。
「ライラちゃん、大変だったね。でも、これで一件落着だ!」
俺は内心で苦笑する。単なる事故か。俺もエドガーも、疑心暗鬼になりすぎたな。
ライラを保健室に送り届けた後、俺とエドガーは廊下で向かい合った。
「さて」
エドガーが口を開く。
「お互い、勘繰りすぎたようだね」
「ああ」
俺も認める。
「少し恥ずかしいな」
二人で笑い合う。しかし、その笑顔の裏で、俺たちは互いを観察し続けていた。
「そういえば」
エドガーが唐突に話題を変える。
「今夜、例の"読書会"があるんだ」
「へえ、楽しそうだな」
俺は軽く受け流す。
エドガーはニヤリと笑う。
「ああ、とても"楽しい"はずさ。特に、古い文書の解読なんてね」
「そうか」
俺も負けじと笑みを返す。
「俺も今夜は忙しいんだ。家族の"伝統行事"でね」
エドガーの目が僅かに細まる。
「伝統行事?面白そうだ」
このさりげない会話の中で、俺たちは互いの計画を探り合っていた。エドガーの"読書会"が単なる読書でないことは明らかだ。そして、俺の"伝統行事"も、もちろん嘘。今夜は王立銀行への潜入を計画しているのだ。
「じゃあ、また明日」
エドガーが軽く手を振る。
「ああ、明日な」
エドガーが去っていく背中を見送りながら、俺は考え込む。エドガーのやつは何を企んでるのか。なんにせよ、俺の計画の邪魔にならないことを願うばかりだ。
教室に戻ると、フィンが心配そうな顔で近づいてきた。
「アルフレッド、大丈夫?なんだか疲れてるように見えるよ」
「ああ、ちょっとね」
俺は苦笑する。
「色々あってさ」
フィンは真剣な顔で俺を見つめる。
「アルフレッド、最近様子がおかしいよ。何か悩み事でもあるの?」
「いや、何でもないさ」
俺は平静を装う。
「気が早いって思われるかもしれないけど、俺たちも卒業するだろう?この先の進路のことを考えてるだけさ」
「そっか……」
フィンは納得していない様子。
「でも、何かあったら言ってね。僕、アルフレッドの味方だから」
フィンの真摯な眼差しに、胸が痛む気がする。
放課後、俺は急いで家に戻った。今夜の作戦の準備がある。自室に入ると、机の上に見慣れない封筒が置かれていた。
恐る恐る封筒を開けると、中から一枚の紙切れが。そこには、見覚えのある筆跡で、こう書かれていた。
『今夜、全てが明らかになる』
俺の手が震える。この文字、間違いなくエドガーのものだ。
計画を知られているのか。頭の中が混乱する。エドガーの"読書会"、俺の潜入計画、そして今このメッセージ。全てが何かに繋がっている気がする。だが、その全容が見えない。
全てが明らかになる、か……。
俺は深く息を吐き出す。今夜、何が起こるのか。そして、俺とエドガー、どちらが先に真実にたどり着くのか。
窓の外を見ると、夕日が沈みかけていた。時間が迫っている。俺は決意を新たに、今夜の作戦の準備に取り掛かった。
しかし、その時はまだ知る由もなかった。この夜が、俺の人生を大きく変える転機となることを……。