第3話 学院の花形と裏社会の新星
朝日が寮の窓から差し込み、俺の瞼をくすぐる。目覚まし時計が鳴る前に、俺はすでに起き上がっていた。
「はぁ……また平凡な一日の始まりか」
だが、心の中では違う自分が囁いている。
「いや、今日こそが、俺たちの計画が本格的に動き出す日だ」
制服に袖を通しながら、昨夜の父との会話を思い返す。王立銀行からの書類窃盗。表向きはその任務をこなしつつ、裏では俺たち独自の野望を果たす。考えただけでゾクゾクする。
寮を出ると、いつものように友人のフィンが待っていた。
「おはよう、アルフレッド!今日も輝いてるね!」
相変わらずの明るい笑顔に、思わず苦笑いがこぼれる。
「おう、フィン。朝からテンション高いな」
「だって、今日は楽しみな授業があるんだ!」
「何だよ、その授業って」
フィンは目を輝かせて答えた。
「覚えてないの?今日から始まる特別実技講座だよ!」
「あぁ……」
思わず溜め息が漏れる。すっかり忘れていた。というか、意図的に忘れようとしていたのかもしれない。
教室に向かう道すがら、フィンは楽しそうにおしゃべりを続ける。その横で、俺は上の空で相づちを打ちながら、頭の中では全く別の計画を練っていた。
「な、アルフレッド?聞いてる?」
「ん?ああ、もちろん」
「もう!また考え事?」
フィンは不満そうな顔をする。
「最近、アルって本当によく考え込んでるよね」
「そうかな?」
俺は平静を装う。
「気のせいだろ」
教室に入ると、すぐにざわめきが起こった。
「ねぇねぇ、アルフレッドくんよ!」
「今日の特別講座、一緒に組まない?」
「私と組んでくれたら、お菓子作ってあげるわ!」
女子たちの熱い視線を浴びながら、俺は愛想笑いを浮かべる。
「みんな、ありがとう。でも、組む相手は……」
言葉が途切れたその時、教室の後ろから冷ややかな声が聞こえた。
「ふぅん、相変わらず人気者だな、アルフレッド」
振り返ると、そこにはエドガー・シュヴィンデルが立っていた。彼の目には、いつもの挑戦的な光が宿っている。
「おや、エドガー。君こそ相変わらずだね」
俺は軽く受け流す。
「今日の特別講座、おもしろくなりそうだ」
エドガーは意味ありげな笑みを浮かべる。
「君と私、どちらが上か、はっきりさせようじゃないか」
その言葉に、教室中の視線が俺たち二人に集中する。
「いいだろう」
俺も負けじと微笑む。
「正々堂々と勝負しようじゃないか」
表面上は友好的な会話に聞こえるが、俺たち二人にとっては、これが密かな宣戦布告だった。
授業が始まり、特別講座の内容が発表される。
「今回の特別実技講座のテーマは……」
講師が声を張り上げる。
「模擬潜入作戦!」
教室中がどよめく中、俺とエドガーだけは思わず目を見開いた。
俺の頭の中で、様々な思惑が交錯する。この講座、単なる偶然なのか。それとも……誰かの策略?
講師の説明が続く。
「二人一組でチームを作り、設定された架空の敵地に潜入。情報を収集し、無事に脱出するまでを競ってもらいます」
これはチャンスだ。学校公認での王立銀行への潜入の練習と思えばいい。
「では、パートナーを決めてください」
その言葉と同時に、教室中が騒然となる。女子たちが一斉に俺の方へ寄ってくる中、俺はさりげなくエドガーの方へ歩み寄った。
「やあ、エドガー。パートナーになってくれないか?」
エドガーは驚いたような、そして少し警戒するような目で俺を見た。
「ほう……まさか君が直接誘ってくるとは」
「お互いの実力を確かめ合うには、これ以上ない機会だと思ってね」
俺は軽く肩をすくめてみせる。
エドガーは一瞬考え込むような素振りを見せたが、すぐに意味ありげな笑みを浮かべた。
「面白い。いいだろう、組もう」
「「「えーっ!」」」
教室中から驚きの声が上がる。
フィンが駆け寄ってきた。
「アルフレッド、本当にエドガーと組むの?」
「ああ」
俺は軽く頷く。
「たまには違う相手と組むのもいいだろ?」
フィンは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「そっか。じゃあ僕は……ライラちゃんと組もうかな」
俺は思わず目を見開いた。ライラか。彼女と組ませるわけにはいかない。
「あ、フィン。ライラさんなら、もう誰かと組んでたよ」
「え?そうなの?」
フィンは首をかしげる。
その時、ライラが近づいてきた。
「あの、フィンくん。もしよければ、私と……」
「おっと」
俺は慌ててライラの言葉を遮った。
「ライラさん、君ならもっと器用な人と組んだ方がいいよ。そうだな……」
俺は教室を見回し、目についた生徒を指差した。
「ほら、あの子なんかどうだ?」
ライラは少し困惑した様子で、指差された生徒の方へ歩いていった。フィンは肩を落として別のパートナーを探しに行く。
危なかった。俺は内心でため息をつく。
パートナー選びが一段落すると、講師が再び説明を始めた。
「では、各チームに潜入先と収集すべき情報を割り当てます」
俺とエドガーに割り当てられたのは、とある貴族の屋敷への潜入。家系図に関する機密情報を入手するというミッションだった。
「ふん、お遊びみたいなものだな」
エドガーが小声で言う。
「そうだな」
俺も同意する。
「でも、油断は禁物だ」
実技講座が始まり、俺たちは割り当てられた模擬空間へと入っていく。そこは魔法で作られた幻影だが、まるで本物の貴族の屋敷のようだった。
「さて、どうする?」
エドガーが俺を見る。
「まずは周囲の警備の様子を探ろう」
俺たちは息を潜めて屋敷の周りを偵察し始めた。その過程で、エドガーの動きの的確さに気づく。やはり、ただの優等生じゃないな。
「おい、アルフレッド」
エドガーが囁く。
「裏口から忍び込めそうだ」
「よし、行こう」
二人で裏口に近づき、さりげなく鍵を開ける。俺がドアを開けようとした瞬間、エドガーが俺の手を払いのけた。
「待て」
彼は慎重にドアを調べ、小さな魔法の罠を解除した。
「危ないところだったな」
俺は冷や汗を流す。
「ふん、こんなものに引っかかるようじゃ、一流とは言えないぞ」
エドガーの言葉に、俺は複雑な思いを抱く。彼の実力は確かだ。だが、それ以上に気になるのは、彼がこんな高度な技術をどこで身につけたかということだ。
屋敷内に潜入し、俺たちは慎重に動き回る。互いの動きを確認しながら、まるで長年の相棒のように息を合わせて行動する。
「あそこだ」
エドガーが小声で言う。
「書斎らしい」
俺たちは音を立てないように忍び寄り、ドアをそっと開ける。中には大きな書棚と立派な机。
「見つけたぞ」
俺は机の上の書類を手に取る。
「これが家系図か」
エドガーが俺の横に立ち、一緒に書類を覗き込む。その瞬間、彼の表情が変わった。
「おい、アルフレッド。これ……」
俺も目を凝らして見ると、そこには見覚えのある名前が並んでいた。
突如、警報音が鳴り響く。
「しまった!」
俺たちは顔を見合わせる。
「逃げるぞ!」
二人で窓から飛び出し、庭を駆け抜ける。追っ手の気配を感じながら、俺たちは息を切らして走り続けた。
ようやく安全な場所にたどり着いたとき、エドガーが俺を見つめた。
「あの家系図……見たな?」
「ああ」
俺は深く息を吐く。
「まさか、あんなものが出てくるとは」
エドガーの目に、今までに見たことのない真剣な色が宿る。
「アルフレッド、お前……本当の身分を知っているのか?」
その言葉に、俺の心臓が高鳴る。エドガーは一体何を知っているというんだ?そして、俺の本当の身分とは……?
講座は終了し、俺たちは最高得点で合格した。しかし、俺の頭の中は、あの家系図のことでいっぱいだった。
教室を出ると、ノワールからの緊急連絡が入っていた。
「ボス、大変です。例の計画に思わぬ障害が……」
俺は眉をひそめる。王立銀行への潜入計画に何が起きたというんだ?そして、あの家系図の謎。すべてが繋がっているような気がしてならない。