第1話 戦女神の悲惨な恩恵
ファンタジーものです。やや重め。ファンタジー好き、TRPG好きな方に読んでいただければ幸いです。
第1話 戦女神の悲惨な恩恵
これは、とっても迷惑で悲惨な、善人の冒険者のお話。
その青年の髪は銀色で、それがすべてを表している。
その青年の瞳は銀色で、それがすべてを表している。
彼が普通の人間なのかどうかは別として、他人にとっては鏡のような人間だった。
正直で、優しく、嘘をつかず。善意に溢れていた。そして勇敢で獰猛だった。
青年は治癒魔法を使える神官戦士だ。故郷の平穏な町を旅立って僅か一週間。道中の人々への施しで路銀は消えたし、食料も与えてしまったし、もう少しで彼は行き倒れて死ぬかもしれない。
道端で休みながら、今夜の食事を考える。神官戦士は生き物を殺してダメな訳では無いが、無駄な狩りは禁じている。道沿いに綺麗な川が見えるようになってきた。水を飲もう。そして何とか魚を捕まえよう。
たった一週間の旅で、青年の服はボロボロだ。もう所持品もほとんどないが、旅立ちに合わせて祖父母から与えられた大切な聖印と、家紋入りの銀の指輪、重く大きなメイスだけは手放さずにいる。
青年の名はフォルクス。フォルクス・ヴァン・ヴィンセント。迷惑で悲惨な善人だ。
河の浅い所に石組みを作り、上流を棒で叩き魚を追い込む。2匹ほど、運よく石組みの罠に入った。ナイフで削った木の棒に内臓を取り出した川魚を刺し、火をおこす。この程度のサバイバルなら何とかできる。
「あの…」
突然声を掛けられても動じることなく、フォルクスは声の主を振り返った。
祭りで着ける仮面のような白い陶器のマスク…ひび割れ汚れているが…で顔を隠している。うら若い女性のようでもあるし、美しい男性のバードのようでもある。泥で汚れた服を身につけ、短剣を腰に差し、反対側の腰には小さな革袋を2つ。厚手の毛皮のマントを巻いていた。
「良ければオレにその魚売ってくれないか?銅貨5枚でどうだろう?」
フォルクスは、返事の代わりに、焼き立ての魚を一匹、その若者に差し出した。
「銅貨は要らないよ。腹が減っているんだろう?」
「金の代わりにやれるものは無いぞ?」
フォルクスは小さい方の魚を齧りながら、
「結構うまいよ…。どうぞ、旅人さん。」そう言って若者に魚を渡した。
「良いのかい?ありがとう、感謝するよ。旅人さん。」若者はそう返してきた。
魚を受け取った若者は陶器の仮面を外し、新鮮な魚にかじりついた。赤く短い髪。汚れているが美しい顔立ちで、若者というよりもっと幼い感じがしたが、勿論、フォルクスにとってはどうでもいいことだ。
ようやく腹が満たされて安心したのか、若者はうつらうつらと舟をこぎ始めた。
「火の番は僕がやっているから、キミは火の傍で少し寝るといい。」
再び仮面を着けた若者は、しばし考えた末、
「じゃぁほんの少し寝るとしよう。悪いが言っておく。オレの持ち物には触れないでおくれよ?」
若者は横になり、毛布代わりにマントで身を包む。フォルクスは気が付かなかったが、少なくともその片目は、フォルクスを暫く監視していたようだった。
そうとも知らぬフォルクスは、一生懸命に河原の乾いた枝を集め、若者が凍えないように薪をくべ続けた。
暫くして、仮面の若者の口元が少し緩んだ頃。別な来客が河原の焚火に近づいてきた。
暗がりで最初は判らなかったが、体の大きな二人組の男だった。松明を、持っていた。
「よう、小僧。この辺に紅い髪の長い小娘が来なかったか?」
「こんばんは。今夜も冷えますね。どなたかお探しの様ですが、その様な方は来てませんよ。どうです、一緒に温まって行かれますか?」
「おい、そこで寝てる奴はなんだ?ちっこいな、女じゃねえのか?お前のオンナか?」
「いえ、違いますよ。先ほど会ったばかり。」
会話を聞いていた仮面の若者は、幾つものことを心の中で叫んでいた。
右手にはナイフを握りしめていた。
<何言ってんのよ!何が一緒によ!>
<会ったばかりって、何正直に言ってんのよ!バカなの!?>
「おい、そいつ引っぺがせ」
フォルクスは男たちの前に立ちふさがって言った。
「それはダメです。この旅人は大層疲れているようだった。寝かせてあげましょう。」
「何言ってんだオマエ。知らねえよ。どけ。」
男の一人はフォルクスをどかそうと肩を押したが、動かなかった。ビクともしなかった。
「…仮に、その人がその女性だったとして、あなた方は何か酷いことをするのですか?」
「い~や、何もしねえよ。行くべき場所に連れてくだけさ。」
闇夜に、フォルクスの銀の目は月あかりを受けて輝いていた。不気味に輝いているようでもあったし、神々しくもあった。
「…あなた方は、今、嘘をついた。悪人か。盗賊か? 魂が黒く見える。」
フォルクスはメイスを取り出した。
「この人に手は出させない。少なくとも、この人の魂は白に近かった。」
男たちも曲刀を抜いた。だが、構えて見合うことも躊躇することもなく、駆け寄って青年は獰猛にメイスを振り下ろした。
一人の剣がへし折れ、頭骨に致命的な一撃を受けて崩れ落ちる。だが、同時に切りかかっていたもう一人の男の剣はフォルクスの横腹を切り裂いた。
「あああ!は、腹が!」
仮面を着けていた少女が叫んだ。内臓が見えていた。確実に致命傷だった。
「あはは、てめえ、大したことねえじゃねえかぁ!!」
フォルクスの横腹を薙いだ男は勝ち誇ったが、次の瞬間に、悲鳴を上げた。
腹を深く切り裂かれたにも関わらず、動きを少しも止めないフォルクスの振り上げたメイスが男の額をぶち割っていた。
「あつつう…、<ハイ・ヒーリング>」
痛みに苦しみの呻きをあげながらも、見る見るうちに、無残な傷が癒えていく。消えていく。
フォルクスは、仮面の少女を見て、
「あー、すまない。起こしたよな。やなとこ見られちゃったなあ。寝てて良いよ。キミが追われてたんだろう?休みなよ。」
「あなた、何者なの?」
「僕はフォルクス・ヴァン・ビンセント。マールカーナの神官戦士。」
「どうして、死なないの?あなた確実に切られてたわ。」
「いや、死ぬよ?死ぬまでが遅いだけ。」
「あ…そ、そう…。」
少女は、この青年がまるで嘘を言っていないことを直感した。そして、これ以上の追及が果てしなく無意味であることも。
「…あたしは、ピオ。助けてくれてありがとう…。」
「気にしないでくれ。お休み、ピオ。アイツらの亡骸は僕が弔っておくから。」
「あ…そ、そう…。」
少女は、今度は仮面を外してマントを巻き、小さく呟いた。
「…男なんてみんなケダモノだ。昨日散々思い知らされた。醜いケダモノばっかりだ…でも…あなたなら、きっと寝てても襲ってこないんだろうね…」
フォルクスにその言葉が聞こえていたかどうかは知らないが、彼は丁寧に二人の亡骸を埋めて、マールカーナの祈りを捧げた。
人さらいの盗賊団に辛うじて捕まらず、美しい髪まで切って逃げ伸びてきた少女ピオは、こうして、この<獰猛な聖獣>と出会った。
これが、ピオとの出会いだ。
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翌朝になって、紅い髪の少女ピオは、昨日来の悲惨な経験を、唇を噛みしめながら少しずつ語った。
中規模の農村に、突然押し寄せて来た盗賊団は、金目の物ではなくひたすらに女たちを狙って奪い取って行った。村の若者たち、男たちも応戦したが、突然の容赦ない凶器に対して農具程度しかも持って居なかった村人たちはあっと言う間に殲滅され、死体は山積みになった。女たちの一部は…その場で思い出したくもないことをされたし、<商品価値を高める為に>敢えて何もせず縛り上げられた少女もいた。みんな、奴らが乗って来た馬車に泣きながら詰め込まれて、西の街道に向かって運ばれた。
…自分は何人かの男に見つかったがワラの山に潜り込み、隙を見て、走り逃げ出した。「子どもか?だが良さそうな女だ。追え。」誰かがそう命じられたのは聞こえていた。逃げた。逃げて、髪を切って男のふりをして、泥で顔を汚して、ひび割れた陶器の仮面を拾って、布で胸を隠し、ついに一日逃げ切った。実は、男たちが追っ手の役を押し付けあっていたために、僅かに出発が遅れたことが幸運だったのだが、それは彼女には知る由もない。
これが、ピオが涙を流し語ったことだ。
フォルクスは、少女を立たせ、左手に嵌めていた銀の指輪をその手に握らせた。
「いいか?ピオ。真っすぐ南へ進むんだ。頑張って進むんだ。一週間もすれば、比較的大きな町に着く。ロキシームと言う町だ。そこの教会に行け。そこでこの指輪を見せて、フォルクスにここで世話になるよう言われたと告げるんだ。後は、そこに居る人がキミを守ってくれるだろう。いいね?」
「あなたはどうするの?フォルクス?」
フォルクスの顔は、既に怒りと決意に満ちていた。
「キミの村から、西へ向かったんだな?盗賊共は。」
彼は近隣の地図を広げ、ピオの村から西を考え低い山脈を想定する。馬車と数頭の馬しか居ないならば、残りの盗賊共は徒歩と言うことになる。ピオが逃げ切れたのも追手が徒歩だったからだ。ならば…追いつけるかもしれない。休まなければ。歩き続ければ。この体が動く限り。
「女神よ、加護を! 悪党ども、ぶちのめしてくれる!」
「ひ、一人で行くの!? 村の生き残りだって、近くの砦や町に伝令をだしたはずだよ!?あなた一人で行かなくたって…!」
そう言いながらも、ピオは
あぁ、この人は行くんだろうな。
きっと、こうやって今まで生きて来たんだろうな。
そして、きっと、すぐに…死んじゃうんだろうな。
そう思った。
「ありがとう、あなたを忘れない。初めて会った、清い心の人。」
「ピオ、気をつけて。でも一つだけキミは間違っている。僕は戦いと癒しの神に仕える神官戦士。人の命を奪う罪を重ねている。清くなんてないんだ。残念だけど。」
フォルクスは手を振り、西へ歩き出した。
西へ歩き出して丸二日、休まず歩き続けた。苦しくなった時には自らの神聖魔法で体力を回復した。流石に、食いものだけはどうにもならず、道端の草を食い、虫を食った。それでもいい。一秒でも早く女たちを救い出さなければ。
この日の夕方、フォルクスは馬車の跡を見つけた。車輪跡の方向には、削り取られた鉱山跡がある。そうか、そこが根城なんだな。目標が判れば力もみなぎるというものだ。
鉱山跡は複数の入り口を持って居るようだった。いちいち確かめてなどいられない。
幸い、手前に焚火を囲む2人組が居た。歩哨なのだろう。腰に大きな法螺貝をぶら下げ、笛も首に下げていた。
フォルクスは2人に向かって堂々と歩み寄った。
「お前達、盗賊だろう。成敗しに来た。女性たちを解放しろ。」
2人の盗賊は突然のことに一瞬沈黙し、それから笑い出した。
「あぁ、黒い。間違えようもない。お前達は。黒い。」
フォルクスの言葉の意味を彼らは理解できなかったが、法螺貝を吹いて、仲間に知らせた。
「さあ、どうなるのかな、小僧」
フォルクスはメイスを構える。
男たちも剣を抜いた。一人は曲刀を。一人は短剣を。
「バカだねえ。やるってのか。こんなバカ、見たことねえ。」
やはり男たちは笑っていた。
渾身の力を込めて、獰猛にメイスを振り下ろす。
男たちは左右に避け、メイスは地面を砕いた。
フォルクスがバランスを崩した瞬間に、短剣が背中を切った。
再び男たちが笑い出す。
奥の鉱山入口からは、更に5,6名の男たちが走り寄ってきている。
「オマエ、別に強くねえなぁ。焦らすなよ。バカ力だけかよ。そろそろ、痺れてこないか?この短剣には毒が塗ってある。俺らの戦い方も知らずまぁ…。いいか、こんな余興も。」
絶対絶命だった。当たり前だ。もしも大規模な盗賊ギルドを相手に本当にやりあうなら、それが出来るのは、国軍や魔術師ギルド、聖騎士団、又は暗黒騎士団ぐらいのものだ。暗殺も毒殺も誘拐も脅しも、何でも出来る彼らを個人で退場させる力など…。神話や伝記で聞く英雄や魔王くらいのものだろう。
だが、その青年は横薙ぎにメイスを振り、一番近かった毒の短剣を持つ男を吹き飛ばした。音で判る。絶命した。曲刀の男が切りかかった。鋭い一撃で、フォルクスの肩に剣が食い込んだ。だが、食い込んだ剣による血しぶきをあげながら、再びメイスを振り下ろしたフォルクスによって上から叩き潰された。彼の剣は肩に刺さったままなのだから避けようもない。
剣技とは、互いが相手だけを切ろうとする駆け引きなのだ。
片方が死ぬ気ならば、もう片方には必要以上に技量を求められる駆け引きなのだ。
フォルクスは、切られることをまるで怖れていない男だった。
神の加護が及ばぬ程に切られれば、僕は死ぬだろう。それは神の意志だ。受け入れよう。
それまでは、一人でも多く、悪人を潰す!戦いの神に仕える戦士として。
増援の5人の男たちは驚愕しつつも、弓を撃ち、剣を構え、槍を構え、罵りながらフォルクスに切りかかった。弓が次々に腹に、胸に刺さった。弓の男に向かってフォルクスがまっすぐ向かったせいもある。そして、弓の男はメイスで頭骨を砕かれた。フォルクスが振り返るとともに、槍が心臓に刺さった。…動きが止まった。
…一瞬だけ止まり、口から血を吹きながら、メイスで槍を叩き割る。自らに刺さった槍を抜き取り、刺してきた男の腹に差し返した。
「化け物!化け物がぁ!!」
次に狙いを付けた剣の男に振り下ろしたメイスは、男の小さな盾に阻まれた。いや、次の瞬間には盾が割れたが。
「手足を切れ!首を切れ!刺すな!切れ!毒も使え!」
3人の男たちが連携を見せる。一人が切りかかっている間に、背後から2人がフォルクスの足の腱を切った。フォルクスは転がりながらメイスを振り、背後の一人の腰を粉砕する。
「倒したぞ、槍と長剣を持ってこい!近寄るな!首を切っちまえ!」
壮絶な騒ぎに、ついに鉱山の入り口に二人の男が現れた。服装からして、態度からして、首領と副官だろう。
同時に、更に4名の盗賊が現れた。
皆、驚愕の顔を浮かべ目の前の悪夢のような戦いを見ていた。
フォルクスは彼らが武器を持ち換える一瞬のスキを逃さず、血を吐きながら、一言祈りを捧げた。
「 <シリアス・ヒール> 女神よ、まだ許されるなら戦う力を!」
瞬時に足の腱は再生し、肩の傷は消えた。フォルクスは野獣の雄たけびを上げ、2人の男を吹き飛ばした。勿論、致命傷だった。
フォルクスは、息を整え、首領と副官、4人の男に向かって走り出す。傷はかなり癒えたが、その服も顔も真紅に染まり、悪鬼以外の何者にも見えない。
「ネットを使え。魔法もだ!全力で殺せ!どこの組織が送り込んだ化物か知らんが、殺せ!!」
魔術師である副官が長い詠唱を始める。二人の盗賊がネットを投げかける。長剣を構えた、戦士を気取った盗賊2名が走りくる。
フォルクスは当然避けるつもりだったが、片方のネットに足を取られた。
<ファイアボール!> そして。炎の呪文が飛んできた。
ネットごと、フォルクスは炎に包まれる。それでも。うめき声をあげながら、フォルクスは素手で近くの長剣の戦士に組み付いた。炎が長剣を持つ盗賊に燃え移る。今度はその男が悲鳴を上げた。
<り、リジェネレーション…>
フォルクスは、燃えながら回復し、再びメイスを握った。もう一人の長剣の男は、恐怖にめちゃくちゃに剣を振り回す。そのめちゃくちゃな剣の動きのままフォルクスは切り刻まれたが、一秒も待たずして、男は迫りくるメイスを目に焼き付けながら死んだ。
燃え焼きただれながら。ネットを投げた盗賊の背中を砕く。
背中を向けて逃げ出したもう一人のネットの男には、追いつけないと悟り、呪文を唱えた。
<パラライズ> 短時間の麻痺の呪文。
男は、後ろからゆっくり歩み来る死神の、苦しそうな息を聞きながら死んだ。
「だ、だめだ、コイツ、本物の化け物だ!!」
「う、馬を持ってこい!急げ!」
フォルクスが拾い投げた長剣が、魔術師の…副官の腹に突き刺さる。
最期に、背中を向け入口に走り出した首領に向け、メイスを渾身の力で投げつけた。
メイスは首領の背に当たり、呻き倒れる。勿論それでは致命傷にならない。
ゆっくりと、フォルクスは歩を進める。威圧する為じゃない。そうでしかもう、動けない。
フォルクスは首領の足元のメイスを拾い上げ、聞いた。
「お前の盗賊団はこれで全員か?」
「そ、そうだ」
「女性たちを売る気だったな?誰にだ?」
「!売る気なんてねえ、俺らで遊ぶためだけだ!」
「お前は今、嘘をついた…。黒い…。真っ黒だ…。」
四つん這いになって逃げようとする首領の胴を、破滅的な音を立てて。彼は殴り殺した。
殴り殺して、彼も倒れた。
十数人の盗賊団を一人で殴り殺して、倒れた。意識はあったが、声はもう出ない。
…つまり、魔法がもう、使えない。
馬の蹄の音が聞こえて来た。盗賊団の生き残りならば、残念だが負けだ。
だが、違った。
「フォルクス!フォルクス!!」
少し前に聞いた綺麗な声だった。
「酷い…酷い…!!あんまりよ!これが、女神マールカーナがあなたに与えた奇跡なの?動けなくなるまで戦えるように、死ぬのを遅らせることが神の恩寵なの!?」
「あぁ、恵みの神!収穫と踊りを司る恵みの神!イールファス!どうか、あたしに奇跡を下さい!恵みを下さい!この可哀そうな優しい人を救う力を下さい!!どうか!」
ピオは、手首の近くを軽くナイフで切ると、その血を大地にたらした。
大地の恵みの女神イールファスは、戦いと癒しの神マールカーナと姉妹であり、仲が悪いとされている。
少女の両手に、白い光が宿った。
あぁ、使える。今なら、あたしも神聖呪文が使える…!
「<フル・リカバリー・ヒール>」
フォルクスが目覚めた時、体中に包帯が巻かれていた。誰かが掛けてくれた神聖魔法は確かに効果を表したようだが、かなりの傷が残ったままだった。
ここは女たちが元々住んでいた村だった。彼は、女たちによって逆に介抱されて、ここにいる。盗賊の亡骸は復讐の対象として、晒されたらしい。盗賊の宝や宝石は、皆、悲しい女たちへせめてもの慰みに渡された。馬や馬車も同様だ。勿論、捕まっていた女たちを牢から出したのは、首領の腰の袋から鍵と羊皮紙を奪い取ったピオだが。
この村は、もうじき捨てられる。勇敢に戦った男たちの悲しい墓を建てた後、捨てるらしい。判るような気がする。ここはもう、残されたもの全員にとって悲しい場所になってしまった。多くの者は盗賊たちの金や盗品を分けた金で、それぞれが望む町へ移り住むらしい。この時代、犯罪集団や魔物が残した宝は、倒した者に一番の権利があるとされる。勿論盗品や奪われた物を返すのは礼節ある者の行為として称賛されるが。
フォルクスは、自分に本来権利がある盗賊の品々を殆ど全て、村の為に差し出したのだ。僅かな路銀だけを手にした。
身体が動くようになったら、僕もすぐにここを去ろう。…次に僕を必要とする者の為に、動きだそう。正直言えば、今なら自分で回復魔法を掛けなおせそうだ。しかし、それは失礼な気がする…自分の体力で治すのが礼儀に思えた。
「ピオ、なぜ町に行かなかったんだ?」
「あー、あのね、貴方の銀の指環で、馬を買っちゃった…やっぱり心配になっちゃって…助けに行こうと思って…。その…ゴメン。勝手に売っちゃって。」
「はは、あげたものをどうしようと君の自由だよ、ピオ。むしろ、ありがとう。僕を救ってくれたのは君なんだろう。回復の魔法にキミを感じた。それに…君は勇気があるね。自分を攫おうとした奴らのアジトに救いに来るなんて、すごい勇気だ。」
ピオはそれには答えずに、こう言った。
「…あのさ、あたし、貴方について行こうと思うんだ。心配だし、あなた世間の事に小娘のあたし以上に疎いようだし…。隣で寝てても…あなたは何もしないでしょ…? 着替えはみちゃダメだけど…。」
フォルクスは何か言おうと思ったが、彼の銀の目には。彼女の心がまぶしく真っ白に輝いて見えて。彼女の決断が限りなく高貴なものに思えてしまった。崇高なものに感じてしまった。
「いいでしょ?あたしを育ててくれたお爺ちゃんたちにも、もう言ってある。清い心の聖戦士に仕えるならば許すとか、固い事言ってたよ…少し寂しいけど。」
包帯だらけの手を伸ばして、ピオの手をとった。
「離れたくなったら、いつでも離れていいから。それで、キミを恨んだりしないから。」
フォルクスの言葉に、ピオは笑って返した。
「離れろって言っても、付いてくから。勝手に置いてったら、恨むから。」
こうして、2人は共に旅を始めた。