光と影のネオ鎌倉
煌びやかなネオンライトに照らされた未来都市「ネオ鎌倉」。私は彼を「先生」と呼び、彼の真の名前を知る者は少なかった。この先生という呼び方は私にとってひどく自然なのだ。
先生との初めての出会いは、ネオ鎌倉の人工海岸であった。当時、私は大学のVRクラスを受講する若き学生で、休日は仮想リゾート地で友人たちと過ごしていた。ある日、友人から「最新のVRビーチに来てみないか?」というメッセージを受け取り、すぐにログインを決意した。
だが、到着した3日後、友人は突如として「ログアウトしなければ」という通知を受け取った。彼の母親が病気になったとのことだったが、彼はそれを疑っていた。彼の家族は既に仮想の恋人との結婚を望んでおり、そのプレッシャーから彼は逃避していたのだ。
「この通知、本当だろうか?」彼は私に見せながら疑問を投げかけた。私には答えようがなかったが、もし彼の母が本当に病気なら、彼はログアウトして現実に戻るべきだった。結局、彼はログアウトを決意し、私は一人そのビーチに残された。
ビーチには数多くのアバターが集まっていた。中でも、私が目を引かれたのは、古びた着物を身に纏い、一際静かに砂浜を歩くアバター、それが「先生」だった。彼は、ビーチの端にあるVR茶屋で常連として知られていた。
ある日、私が茶屋で休憩していると、先生が隣に座った。「初めて見るアバターだな」と先生は話しかけてきた。「私も同じく」と私は答え、二人の奇妙な友情が始まった。
「ネオ鎌倉のこの景色、素晴らしいだろう?」先生が言ったとき、私は彼の深い知識と洞察に感銘を受けた。彼の教えと哲学は私の人生を豊かにした。それが、私が彼を「先生」と呼ぶ理由であった。その時、エナジードリンクスタンドで私が"教授"と呼ばれる男を見た。彼は彼のネオ・キモノを解除し、光線浴びる水の中に入ろうとしていた。私は逆に、マトリックスレインから抜け出して風に体を晒していた。周りには無数のホログラム頭が点滅していた。都市の雑踏の中、私が"教授"に気付いたのは、彼が一緒にいる一人のアンドロイドがあまりにも人間らしかったからだ。
そのアンドロイドの白く照り返す外装は、スタンドに入った途端、私の感覚を捉えた。純粋に日本のデザインをモチーフとしていた彼は、そのネオ・キモノを立体ホログラムテーブル上に放り出して、大都市の夜景を背に立っていた。彼の体には最先端のスキンスーツしか着ていなかった。これに驚いたのは、最近私が体験した多くのアンドロイドが全身アーマーを身につけていたからだ。
やがて、アンドロイドは"教授"に何か情報を伝え、教授は落ちていたデータカードを拾い上げた。そして、二人は光の海へと向かった。
私は好奇心から彼らの後ろ姿を追ってみた。彼らはネオンライトに照らされた道を進み、次元移動ポータルを通って消えていった。私はその場に放置されたキモノとデータカードを見つめながら、教授が以前どこかで見た顔だと気づいた。
次の日、再びそのスタンドに行ってみると、アンドロイドはいなく、"教授"だけがホログラム帽子をかぶって現れた。彼はAR眼鏡を取り外し、データカードで顔を隠して、再び光の海へと向かった。私の中の追跡者の本能が触発され、彼の後を追った。しかし、教授は変わった移動経路をとり、、教授は既に姿を消していた。
この都市での出来事は、未知の物語として私の記憶に刻まれていった。
繁華街の電子広告が星のように夜の空を彩る中、私は先生のシルエットをまたネオンライトの下で見た。翌日、同じ時間に再び彼とデジタル海の辺りで出会った。彼の周りには人々が情報を送受信するホログラムが飛び交っていたが、彼自体はどこか非接触的に感じた。一緒にいた西洋のハッカーは、彼との初めての出会い以降、姿を消していた。
ある時、先生がVRの人工海岸から出てきたとき、彼のデジタルローブに何らかのバグが潜んでいたようだった。ローブを振り払ううち、彼のVRゴーグルがデータスペースの隙間に落ちてしまった。私はすぐにそのデータを回収し、彼に手渡した。彼は軽くお礼を言った。
次の日、私は彼の後に人工海岸にダイブした。彼と同じデータストリームを追って泳いだ。データの海で私たちの周りに他のユーザーの姿は見えなかった。「楽しいですね」と私はデータの中で叫んだ。
先生は、再び現実世界に戻る時間だと提案した。私はまだVRの世界を楽しみたかったが、彼の提案に快く応じ、二人で海を後にした。
それから数日後、ネオカフェで先生と再び出会った時、彼は私に「あなたはまだこの都市にいるの?」と尋ねた。私はどう答えるべきか迷ったが、結局、彼に尋ね返すことにした。「先生は?」という私の問いに、彼は苦笑した。
その夜、私は先生のアパートを訪れた。彼の住んでいるビルは巨大なサーバータワーに囲まれ、アパート自体もデジタル技術に満ちていた。私たちは彼の知人である西洋のハッカーのことや、先生自身の過去について話し合った。私は彼と以前どこかで出会ったような感じがしたが、彼はそのような記憶はないと言った。
私はネオ東京の輝く摩天楼の下に帰った。先生との仮想リアルの別れが既に数週間前だった。その別れの時、「再びヴァーチャル空間でお会いできますか?」と私は問いかけた。先生は単に「もちろん、いつでも」と応えた。私はもっと具体的な返事を期待していたので、やや失望した。
先生の態度には、常に一定の距離があるように思えた。それは私が進むほど、先生は遠くに感じた。その冷淡さが私を魅了したのは、先生が自らのデータを保護するため、あるいは彼の心の中の秘密を隠すためだったのかもしれない。先生は、自らのデジタルエゴをより高く評価していたようだ。
私はネオ東京で再び先生とのリンクを確立しようとした。街の電子的な騒音の中で、私は先生のデジタルプレゼンスを探した。だが、ある時、大都会のバーチャルリアリティの魅力に取り込まれ、先生のことを忘れてしまった。
新学期が始まり、都会の繁忙が少し落ち着いたころ、私の心には再び先生への渇望が生まれた。そして、彼のデジタルドメインを訪れることに決めた。初回の訪問では彼は不在だった。二度目も同じ結果だった。
私は彼のアバターの秘書から、先生がヴァーチャル墓地「雑司ヶ谷デジタルサンクチュアリ」での月例の儀式に参加していることを知らされた。「彼はデータのリビジョンを行っているのかもしれません」と彼女は言った。
興味に駆られ、私はそのヴァーチャル墓地へ向かった。先生との再会を望む心と、彼のデジタルな秘密を知りたい好奇心が、私を動かしていた。