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第1話 『神の花嫁』は、初夜にこの身を捧げます

 新郎新婦が初めて二人きりになったのは、形ばかりの結婚式の夜、寝室でのことだった。

 寝間着姿のリオリエルは、静かに扉を閉めると振り返った。

 ランプの灯りに、大きなベッドが浮かび上がっている。ヘッドボードには彫金が施され、凝った織りのカバーが掛けられたそこに、ガウン姿の『夫』が腰かけていた。

 ラフェド・ウレディ・ハーザ。シェンハーザ王国の、摂政である。

「失礼します」

 リオリエルは、ちょこんと膝を曲げて腰を落とし、挨拶した。

「……来い」

 低い声が、呼んだ。

 おずおずと寝台に近づく。

 ラフェドの紫色の瞳が、彼女を見上げた。

「話がある。ここに座れ」

 横を指し示した彼の左手のひらには、『支配者の印』が浮かび上がっている。その銀色の菱形は、彼が紛れもなく王権を行使できる人物であることを示していた。

 リオリエルが身体を屈めようとすると、ピクリとラフェドの眉が動く。

「……いや何で床にひざまずくんだおかしいだろ」

「でも」

 両膝をつき、両手を組み合わせたリオリエルは、淡い水色の瞳をキラキラさせてラフェドを見上げる。

「神様からは、こうしてお言葉を賜るものです」


 シェンハーザ王国の王族は神の子孫であり、『地の神』とも言われていた。

 王族のラフェドは、つまり神族。そしてリオリエルは、敬虔な信徒である。シェンハーザでいう信徒とは、信者の中でも神の教えに忠実に従った生活を送る者のことを指すが、そのうち特に女性は『神の花嫁』とも呼ばれていた。リオリエルは文字通り、そうなったのだ。


「チッ」

 舌打ちをしたラフェドが、いきなりリオリエルの手首をつかんだ。

「二人きりになったら少しは違うかと思ったが仕方ない。おらっ」

「あっ」

 ぐいっ、と強引にベッドに引き上げられた拍子に、倒れ込む。

(さ、さっそく、話に聞く『初夜』が始まるんですね)

 リオリエルは、仰向けになって両手を組み合わせた。

「私は神の花嫁、この身をあなた様に捧げます。ふつつか者ですがよろしくお願いいたします。ゼラーレン」

 ゼラーレン、というのは『永遠』というような意味で、祈りの言葉である。

「チッ」

 再びの舌打ちとともに、ラフェドにもう一度手首を捕まれ、上半身を引き起こされた。

 間近で、顔をつきあわせる。

「俺は、座れ、と、言った」

 一言一言、噛んで含めるような低い声が、鼓膜を震わせる。

 リオリエルは「ハイ」とうなずき、おとなしく彼の隣に腰かけた。そして、信徒ゆえに肩の上までしかないフワフワした金の髪を直した。

 その鼻先に、指が突きつけられる。

「いいか。俺とお前は結婚したんだ。だから、夫婦として会話しろ」

「夫婦として……?」

 リオリエルは、首を傾げた。

(神とその花嫁って、夫婦って言うのかしら?)

 ラフェドがじろりと、彼女をにらむ。

「不思議そうな顔すんな。いいから、夫婦のつもりで会話しろ」

「ハイ。御心のままに」

 神の言葉は絶対である。

「俺の口が悪いのは諦めろ。王族でも、育ちは庶民なもんでな」

 そう言いつつ一瞬だけブレた視線から、ラフェドが口の悪さをほんの少し、気にしていることが窺えた。

 リオリエルは微笑む。

「ちっとも気になりません。どんな口調でも、神の言葉……あっ、ええと、『夫』? の言葉です、ありがたく承ります」

 小さくため息をついたラフェドは、こう尋ねてきた。

「……お前、自分が俺と結婚することになった理由を、どう聞いてるんだ」

「理由、ですか」

 目を瞬かせ、リオリエルは答える。

「ラフェド様は、お立場的に、身分の高いご令嬢を娶ることができないのですよね? だから、私が『妻』のお役目を果たすことになったと聞きました」


 ラフェドは、王族と商人の娘の間に生まれた庶子である。王族とは認められず、市井の母の実家で育った。

 しかし十四歳の時、運命は変わる。

 シェンハーザには四つの王家があるのだが、筆頭だったナダ王家で不祥事が起こり、ナダ王家の権威は失墜した。その結果、国王の手から支配者の印が消え、ウレディ王家の当主・イスファルの手に現れた。ナダ王朝から、ウレディ王朝への交代が起こったのである。

 突如として王となったイスファルは、ラフェドの兄だった。

 ウレディ王家にはイスファル以外に若い男子がおらず、兄王に何かあった時のスペアが急遽必要になった。せっかく降ってきた王位である、ウレディの名誉にかけて、たった一代で別の王家に譲るわけにはいかない。

 ラフェドは王位継承権第一位の王子として、王家に迎え入れられた。

 彼は大きな屋敷を与えられ、使用人たちにかしずかれて暮らし始めた。夢のような話だと、世間ではずいぶん騒がれたものである。

 しかし、少し事情に通じている者なら、そんなに甘くないとわかったはずだ。

「生粋の王族とは違う、半端者」

「半分は庶民なのに、王族と認めていいのか?」

「兄から王位が降りてくるのを待ちかまえているに違いない」

 王侯貴族やその使用人たちには、彼を蔑む者も少なくなく、ラフェドはそんな視線に晒されながら暮らすことになった。


 ラフェドが十九歳になった年、兄王イスファルは結婚。やがて、男子が生まれた。

 この子、ルドゥクが今度は王位継承権一位となり、ラフェドは二位に『落ちた』。

 とはいえ、幼い子どもが無事に成長するかどうか、安心できない時代である。ラフェドは引き続き、重要なポジションでいつづけた。「ルドゥク殿下を暗殺して一位に返り咲くのでは」などと、陰口を叩かれながら。

 ここでもし彼が、結婚して婚家の後ろ盾など得たら、ますます腹に一物あると疑われてしまう。立場的に身分の高い令嬢を娶ることができない、というのは、そういうわけだ。

 だからといって、結婚相手は誰でもいいというわけにはいかない。

 ラフェドは二十六歳の今まで、独り身で過ごしてきた。


 そして再び、転機は訪れる。

 ルドゥクではなく、イスファルが病死したのだ。王位を継いだルドゥクは、たった六歳だった。

 幼いルドゥクはまだ帝王学を修めておらず、政務を執ることもできない。そんな我が子のため、イスファルは病床で遺言を残した。ルドゥクが成長するまでの間、代わりに政務をとる摂政に、ラフェドを指名したのである。

 摂政就任の儀式が行われ、『支配者の印』はラフェドの手に現れた。何か不正があったのでは、などと陰で言う者はいたが、これでラフェドは『天の神』にも認められたのである。

 こうしてラフェドは、国王にこそならないまでも実務的には国王に代わって国を動かす立場になった。

 そのタイミングで、結婚すると宣言したのである。相手は、国によって認可された信徒団体の一つ『エルセネスト信徒会』に属する娘だった。

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