偶像(泡の月夜)
そこには、3つの月があった。
そこには、もう一人の自分がいた。
「驚いているだろう?」
返事はするまでもない。
突然見覚えのない場所に立っており、
その空には月が3つ。
おまけに泡らしきものがそこら中に浮かんでいるし、
もう一人の自分がいる。
どこだよ、ここ
どうしてこうなった
すると、もう一人の自分が口を開く。
「泡の月夜に君が現れるなんて」
自分のことはそれとなく好きだが、
こいつは自分であって自分じゃない。
どう思えばいいのかわからないし、
どうも思いたくない。
何を思ってこいつは物思いにふけっているのか
とりあえず状況を整理したい。
こんな質問をしたところで何にも意味はないと思うが、
もう一人の自分に問いかけた。
「ねえ、これは夢なの?」
彼は少し笑みを浮かべた。
しかし瞳は少し寂しそうだった。
「僕にとっては現実で、
君にとっては夢なんだ…」
なるほど少しわかってきた。
どうやら自分は夢の中にいる。
彼に言われるまで、これが夢ということを考えることすらなかった。
現実のどこかのような、そんな感覚がしていた。
あらためて景色を眺めると、空には、
左に口を開ける大きな三日月
その口の中に、右に口を開ける三日月
さらにその口の中に、
左に口を開ける小さな三日月
自分たちは湖のふちにいて、
湖の上に浮かぶ月たちを見ている。
そしていたるところに大きな泡が浮かんでいる。
夢ならば、早く覚めてしまえと思った。
現実に戻りたいわけではなく、
この場所から逃げたかった。
彼は僕のほうを振り返ると、
彼と僕との間に大きな泡が流れてきた。
泡越しに、彼はなにか言っていた。
ゆがんだ泡の視界の向こうに、
彼の姿だけくっきり見えた。
僕は叫んだ。
彼に向けて、だが声にはならなかった。
何を言おうとしたのか、わからない。
必死に、何かに恐れているように、叫んでいた。
泡の向こうに向けて。
最後の叫びの後に、
現実世界で目が覚めた。
なにも音のない空間に、
小さな日の光が差し込んでいた。
体を起こす気力は、今はない。
横になっている自分。
ただ、ただ、寂しさと
虚しさだけが、残っていた。