【短編版】婚約破棄が破滅への始まりだった
「クラリス・マリエット侯爵令嬢。貴様はエーヴ・クロード伯爵令嬢他ならびにその友人に社交の場で侮辱の数々をおこなった。よって、王太子であるこの私、ディオン・フォルジュに相応しくないと判断して、婚約破棄を言い渡す。そして、私に相応しい知性を兼ね備えたエーヴ・クロード伯爵令嬢を新しい婚約者とする」
妃教育の最中に呼び出されたから何かと思えば婚約破棄の申し渡しですか。
特に驚きもしない私に対して、王太子であるディオン様は私を蔑んだ目で見遣り、そしてその隣にはべったりと身体を密着させて腕を組んでにやついているクロード伯爵令嬢がいる。
なるほど、最近やたら私が悪者にされるような事案が多く発生していたのもこのためですか。
ある時は自ら紅茶をひっくり返して私がわざとかけたように言い張ったり、階段で躓いたと思えば歩いていた私を指さしながら、押されたと言い張ったり。
そんな誰が信じるだろうか、というような嘘くさい芝居が繰り広げられていたが、まさかこの王太子が信じるとは。
しかも、この私に婚約破棄を言い渡して早々に自分はその悪女とくっつくとは。
「なんだ? あまりの自分の悪事に言葉が出ないか?」
なんですって? 「自分の悪事」にですって?
言葉が出ないのはあなたが単純にバカだからよ。
クロード伯爵令嬢はその細い魅惑の足でディオンをちょんとつつくと、彼はなんともデレデレとした表情を浮かべる。
ああ、やだやだ。
そのいやらしい目つきで胸を見ては足をなめるように見ている。
はあ、こんな男と離れられて清々するわ。
私は最後の別れといわんばかりに素晴らしく品のある動きでカーテシーをすると、笑顔を浮かべて言い放つ。
「ええ、ぜひとも婚約破棄をお受けいたしますわ。クロード伯爵令嬢、王太子殿下をどうぞよろしくお願いいたします」
「なっ!」
唖然とその場で立ち尽くすディオン様と、頬を引きつりながら顔を歪めるクロード伯爵令嬢。
ええ、その顔、いい気味だわ。せいぜいそのバカ男に一生振り回されていなさい。
それにまあ見ていなさい、もうあなたはこれで終わりね。
私はスカートを翻して二人に背を向けると、そのまま両手で扉を開けて退室した──
私は自邸であるマリエット侯爵家へ戻るとその足でお父様の執務室へと向かって行く。
歩きなれた廊下をすたすたと歩くと廊下で掃き掃除をしていたメイドたちが私に向かってお辞儀をする。
そうして着いた一番奥の部屋のドアをノックすると、中からお父様の声で「入れ」と聞こえてきた。
そのまま中に入ってブラウンの年季の入った執務机に向かっているお父様のもとへ向かうと、私は髪をかきあげながら言う。
「お父様、やはり彼は婚約破棄とおっしゃいました」
「ああ、そうか」
お父様は口少なげにそう言うと申請書の内容にまた目を移してサインを書き始める。
それはいつものことだし、私は特に気にせずにそのまま話を進めた。
「では次はもうあの方のところに向かっていいのかしら?」
「ああ、頼んだ」
「わかりましたわ」
私はそう言うとある場所へと向かって歩き始めた──
◇◆◇
王太子であるディオン様が私に宣言した婚約破棄はすぐ世間に広まり、私には「悪女」の異名がつき始めていた。
きっと王太子付きの従者やクロード伯爵家が噂を流しているのでしょうけど。
「悪女」だのはいいけれど、それよりも王宮で今まで以上に横暴な素振りを見せているらしい。
そんな日々が数日続いた頃、ついにすべての準備が整ったようで、私は王宮の謁見の間へと向かう。
しばらく経つと、マントを着て髭を蓄えた我が国の王がやってきて玉座に座る。
「待たせたな、クラリス」
「いいえ」
すると、扉が突如開きそこには何も知らされていないディオン様とクロード伯爵令嬢がやってきた。
「父上、お呼びでしょうか。──っ!」
ディオン様は私の顔を見るとなんとも卑しいものを見るような目で私を見つめる。
それは横にべったりとくっついているクロード伯爵令嬢も同じで、私を薄汚いものを見る目でふん、と嘲笑う。
そんな再会を果たしたのちに、国王はディオン様を見つめて話し始めた。
「ディオン、お前は先日このクラリスとの婚約を自らの意思で破棄したな。なぜだ?」
「それはここにいるクロード伯爵令嬢への陰湿な嫌がらせの数々は万死に値し、私の婚約者、そして未来の王妃に相応しくないと判断したからです!」
それを聞くと国王は大きなため息を吐いて少し目を閉じた後、覚悟を決めたように目を見開いて言う。
「お前は間違いを犯した」
「なっ?! 私が何の間違いを起こしたのですか?! ただの一度きりも私は人生で正しくないことをしてはおりません!」
「その驕りこそが自惚れで愚か! お前は自分で誤った未来を選択したのだ」
「おっしゃっている意味がよくわかりません!」
ディオンは駄々っ子のようにイラついて足を何度もせわしなく動かして国王に詰め寄ろうとする。
「お前は不合格だ」
「へ?」
何を言われたのかわからないというようなきょとん顔で国王を見つめるが、下がれと低い声色で国王はディオン様を牽制する。
その様子に恐れをなしたようにディオン様は一歩引きさがるが、まだ壇上にあがって国王に近づこうとするのをやめない。
私はその様子を見て跪いていた足を上げると、そのままゆっくりとディオン様の横を抜けて国王の横に立つ。
「なっ! クラリスっ!! お前父上から離れろっ!!」
「離れるのはお前だ、ディオン」
「父上……?」
国王はすくりと立ち上がると、そのままディオンの前に立って言った。
「お前は王太子ではない、マリエット侯爵令息だ」
その言葉にディオン様もそして少し離れたところにいたクロード伯爵令嬢も目が点になる。
「お前はマリエット侯爵令息として生まれてまもなく王家に引き取られて『王太子』として育てられたのだ。そして国王に相応しい者かどうか、さらにここにいるクラリスの婚約者として相応しい者かをみるためにな」
「クラリスの婚約者……?」
そうだ、私は──
「クラリスはこの国の王女である」
国王がそう言うとディオン様は信じられない、何が起こっているんだと呟きながら目をきょろきょろとさせる。
そう、私こそがこの国の正統なる王家の血筋を引く者──
そして、まぎれもない隣にいる国王の娘。
マリエット侯爵家は私の育ての家であり、お父様は育ての親。
全ては世継ぎに恵まれずに困った国王、そしてそれに協力したお父様が仕組んだ国の未来を守るための戦略。
この国をより長く続けるために考えたもの。
「クラリスは病でもう永くないのだ。だからこの国を立派に支えてくれる人材が必要だったのだ」
そう。私はもう永くないから王妃として夫となる王を支えることはできても、仮に私が女王として立つことになっても未来の国王は必要になる。
だから、王家からも人望が厚かったマリエット侯爵家の子息を王太子として育て、そして未来の国王として育てることにした。
そして立派な王太子として育ち、来年のディオン様の20歳の誕生日に全ての真実を打ち明ける予定だった。
「お前はそこにいるクロード伯爵令嬢にうつつを抜かして勉学を怠り、そしてクラリスと婚約破棄をした。さらに私欲のために国庫金に手を付けたな? よって、お前にこの国の未来を預けることはできない」
「なっ! 待ってください、父上!」
「残念だ、行こう。クラリス」
「はい」
ディオン様はどうしていいかわからずにその場にへたり込んだ。
ああ、もう彼は立ち上がれないだろう。
このことはお父様、つまりマリエット侯爵にも伝えられて正式にディオン様の勘当が決まった。
さらにクロード伯爵令嬢は王太子でなくなりただの平民になったディオン様からすぐに離れていったのだそう。
まあ、彼女は結局王太子であるディオン様にしか興味がなかったみたいね。
でもまあかなりディオン様との遊びに家のお金を使い込んだそうで、クロード伯爵にしばらく謹慎を言い渡されたらしいけど。
ディオン様の不正や悪い行いが目立つようになってから国王はディオン様に直接話をして私との婚約解消を話す予定だったそうだけど。
その前にディオン様は私に婚約破棄を勝手に宣言してしまった。
もしかしたら、素直に不正などを謝っておこないを見直せばよかったのだろうけど、婚約破棄後の加速する横暴ぶりに国王もしびれを切らしたみたい。
私はというと、また一から婚約者探しとなったわけだけど素敵な殿方は見つかるかしら?
「クラリス」
「はい、国王陛下」
「お前を利用するようなことをして申し訳ない」
「いいえ、だって」
だって、それがこの国を守る王女クラリスの最後に出来ることだもの──
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(2023年3月10日12時追記)
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