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お風呂にはいろう  作者: 七星つむぎ
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そいつとわたしのあたたかいくらし

11月4日


わたしが眠りについたころ、そいつはどこからともなく帰ってくる。

わたしが入っているシングルベッドにぎゅうぎゅうになりながら無理やり入り、夜風に当たって冷たくなった肌を、「あたためろ」と言わんばかりにわたしのふくらはぎに押し当ててくる。


「ひゃ、つめたい」


わたしが寝返りを打って逃げても、そいつはきんきんに冷えた足先をわたしの肌に押し当てる行為をやめてくれない。


気が付けば、静かな笑い声が聞こえてくる。


「くつくつくつ」と楽しそうなその声は、わたしの背後に忍び寄り、大きな腕でわたしをがぶりと食べてしまう。


そのたび、わたしは「溶けてなくなってしまいそう」と思う。


そいつの冷えた足先をわたしの肌が温めていく。次第にそいつの肌が溶けて、わたしの肌と混ざり合う。わたしとそいつの境目がなくなったころに、夜が明けるのだろうと、わたしはひっそり考えるのだ。


そしてそれは、今まで考えついたすべてのことより、甘くて美しいことなのだとも。


「おかえり、どこ行っていたの」


わたしはそいつを抱きしめ、そいつの胸に顔をうずめた。くぐもったわたしの声がうっすらとわたしに届く。


そいつはわたしのことを、一層ぎゅっと力を入れて抱いた。そいつはめったに話さない。口は食べるだけのためにあるのだ。それと、キスするため。


そいつの胸は、少し汗ばんで湿っていた。わたしはそこに舌を這わせる。


そいつの肩がきゅんと跳ねる。わたしは笑った。冗談みたいに。


わたしたちの毎日は、いつもこんな風だ。朝目覚めると、そいつが寝息を立てていて、食事をしているとそいつが「よこせ」という目をしてくる。そして夕方ごろに、そいつは何も言わずにそっと出かけていき、日付が変わるころに戻ってくる。


そいつが何者なのか、わたしは知らない。別に知りたいとも思わない。コミュニケーションが取れないのだから、人間ではないのかもしれない。音もなくいなくなり、また戻ってくるのだから賢い猫か何かなのだろう。


わたしは小説家をしている。これはわたしの日記であり、物語である。今日も原稿の合間にこれを書いている。わたしは仕事より、これを書くほうが好きだ。


それは、わたしがそいつのことを愛しているからだろう。愛している人と自分の共同生活を、輪郭をなぞるように描く。それは、毎晩行われるそいつとの触れ合いと同じくらい甘くて美しい。


気が付けば、そいつはわたしの隣に座っていた。そいつには気配がないので、こうやって書くことに集中していたら、気が付くことができない。


どうやら食事を待っているらしい。


わたしはそいつとコミュニケーションがとれない。そいつは暗闇と同じく何の音も発さない。たまに夜、「くつくつくつ」と笑うが、それ以外では何の音もしない。


けれど、わたしはそいつと話ができる。表情と目線でなんとなくわかるのだ。わたしだけがそいつの言葉を理解してやれる。

これは、わたしだけの特別なのだ。


そいつが催促するので昼食はオムライスにした。


そいつは人間と同じようなものを食べる。きちんと長い指を器用に使って、スプーンやフォークをしっかり握る。食べ物を口に運ぶ時に、そいつは小さく口を開ける。そこからたまにギザギザの歯が見えるのだ。


そいつの食事では、食器とスプーンがこすれる音や、歯とスプーンが交わる音が一切しない。そいつは上品に小さく切り分けた食べ物をゆっくり口に運ぶ。そしておいしいと目をぐっと細めるのだ。


そんな具合で、わたしはそいつの好物を突き止めた。オムライス、カレー、エビフライだ。


そいつは子どものような味覚をしている。


「いただきます」


わたしがそう言って手を合わせると、そいつもいつしか、それを真似るようになった。


「ごちそうさま」もそうやって覚えた。


「行ってきます」「行ってらっしゃい」の時は手を振ることも

「ありがとう」「ごめんなさい」の時はハグすることも

こうやって、生活の中で覚えたのだ。


そいつがわたしの言葉を理解しているのかはわからない。けれど毎回違った反応をする。こっくりうなずいたり、いやいやと首を振ったりもする。だから、きっとわかっているのだろうと思っている。


いつしか昼食を終えたそいつがわたしの腕に顔を擦り付けている。


かまってほしいのかもしれない。


「遊ぶ?」


いやいや、とそいつは首を振る。


「寒いの?」


こっくりとうなずく。


「そうだね、寒いよね。もう少し部屋をあっためようか」


わたしは立ち上がって暖房の温度を上げた。

窓の外を見てみると、木々はいつの間にか葉を落として、寒さに耐え忍ぶように痩せこけた幹を空へと伸ばしていた。


「みてごらん。この木は桜っていうんだ」


そいつはわたしの言葉で窓の近くに寄る。わたしが窓越しに指さす先を、じっと眺めている。


「春にはピンク色の花を咲かせるんだよ。でも春が終わるとその花は散ってしまうんだ。見たことある?」


そいつは首をかしげて、それからわたしの手を握った。そいつの手は暖かくて、やわらかくふにふにとしていた。

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