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7.浮気者

帰路。


夜のとばりがおりた学園。均一に整理された街灯の光を頼りにしながら、なぞるように()を進める志澄とアリステラ。


「結局、エアルドレッド家の決闘というものを見れていないな……」


ハッとしてぼそりとか細くつぶやいた。隠すようなことではなかったがその声はすぐさまとなりの少女の耳に届いてしまう。


「まぁまぁ、志澄。時間はある。これから、また勝負をしよう」


『うんうん』とどこか満足そうに頷くその態度に少年は不満を抱く。


「俺にはそんなに」


「時間はないんでしょ?」


「……その通り」


好青年のような口調で制そうとしながらも、自らの容姿の使い方を心得ているような、時折年相応のあどけなさを見せるアリステラにある種の才媛(さいえん)さを感じざるを得なかった。


顔色を曇らせながらも彼は肯定の一言を告げた。


「でも、一旦のところは私に時間を割いてほしい。明日からは生徒会へ乗り込むとしよう」


指先をつんと空高く伸ばし、もう一方は五指を胸に立てて舞台のヒロインのようにポージングを見せた。


(……なにをやっているんだ……)


「生徒会へ入って何がしたい?」


「言ったじゃないか」


「世界を変える力の一端がそこにあるとでも?」


今度は志澄が二の句を告げさせる前に述べる。


「たぶんないと思う……よ」


「それならなぜ?」


さわやかな笑顔をしゅんと隠したアリステラに彼は素直に疑問をぶつけた。


「後悔はしたくはない。自分の道を歩んでみたいんだ。私は」


「結局、考えなしの情動か」


「……そういう君はどうなんだ、志澄。家の悲願に呪われたままかい」


「言ってくれたなエアルドレッド」


嘲笑ともとらえられる笑みと半目を()れたアリステラにぎろりと鋭い眼光を見せる。宵闇は志澄の瞳を際立たせた。


「気付いているのだろう?この世界の本質に」


「……」


「……いずれまた炎が上がる。私たちが知らない災。その時に指をくわえて眺めているか。それとも君たちの、19世紀の先達(せんだつ)のように何かを成し遂げるか……」


最初に出会った時とは異なる、春の冷ややかな夜風が彼らを撫でる。


「今は自分を磨き上げる時分(じぶん)だ。現状、自身で導き出した最適解を選ぶしかない」

それにと付け加える。


「面白いことを言うな。ご令嬢」


「なんだその鼻にかかる言い方は!」


声を張りながらも、怒りきれていない、表面的な苛立ちを伺わせる。

(……ころころ表情を変える……)


「『これから戦争が起きる』と受け止められる、意図のある言い回しだったんでね。リブルハイムの、それも騎士の位である人間がそのようなことを口外したならあまりいいようには(とら)えられないだろう」


志澄は滔々と語り続ける。


「俺は戦争を起こさせない。そして、この国をいつの日か再興させる」


「そう願いたいよ。私も」


言葉を言い切る前にアリステラは止まっていた足を動かし始め、それにつられるように志澄も歩き始める。丈を長めにとった彼女のスカートが大きく揺れていた。


志澄は先ほどからアリステラの立ち振る舞いに不可思議なものを感じていたが言葉に表せないでいた。


落ち着きがないと言えば、初対面の時からそのようであり、突飛押しもなく、戦火を想起させるような言動をとり、彼の感情を揺さぶらせようとしているのか、まるで趣旨がつかめないでいた。


「シア、と言ったか。あの少年」


「え?ああ、クラスメイトだ。どこか頼りないがそれでいて、何か奇妙な、奴の策に乗せられた気分に……」


「浮気者」


「なんだ!?その言い草は」


つかつかと歩きながらぼそりと放った言葉に驚きを隠せなかった。


「私を探しもしないで他の男と遊んでいたのだろう。日本の若者は同年代の女子が気になって仕方ないと聞いたのだが、間違いだったかな」


「必ずしも異性と過ごす時間だけが優先されるわけではない……というと俺が女子と遊びたいようではないか」


「残念ながらその通りだ。志澄。君は堅物を(よそお)ったムッツリな男子だ。私が保証しよう。そうでなければ男色がお好みかい?」


下種(げす)の勘繰り。それに俺にはその()はない」


「これは失敬」


(……思ってもないだろうに……)


アリステラが先を行く格好になっていたため、表情を伺えなかったが決して楽し気な気配はしなかった。


「だがな、志澄」


「うん?」


ちょうど十字路に出くわしたあたりでアリステラがぴたりと足を止めた。


「……今度はちゃんと探してくれよ。私を……」


今度は彼女はどこか寂しく、遠くを見つめる様子を見せた。


「俺は1年3組だ。これでもう探す手間は無くなるだろう」


「そこは!……もう少し、情緒があると、何というか……」


「なんだ?見つけてほしかったのか?」


「もういい!今日のところはおのおの生活を謳歌しようではないか。私は宿舎へともどる!」


志澄のいる方へ振り替えるとアリステラは拳を作り、それを上下に振りながら再び踵を返した。


「宿舎住まいだったのか」


「……ああ、日本にも家があるのだがやや遠方だ。こちらの方が何かと都合がいい」


「そうか。俺は実家住まいなんでな。これからまた勉強だ」


「……救世を約束された麒麟児(きりんじ)め……」


「なんだそれは?」


「いや……なんでもない。それではお休み。志澄男氏。ごきげんよう」


「……ああ。お休み」


怒気のようなものを纏い闊歩する彼女を見送り『変な奴だ』と志澄は虚空につぶやいた。


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