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6.決着?

「探したぞ!志澄!」


どこからともなく、やや甲高く、語気を強めた女声が倉庫にこだまする。


そのしなやかな髪の毛を大きく揺らし、一文字に口を結びこちらに向かってきた。


「遅かったじゃないか」


「遅かったじゃないか、じゃない!君はどこの組の所属か言わなかっただろ。私はあちこち探し回ったよ!」


飄飄(ひょうひょう)と対応する志澄に対して崩しきれないその美貌をグイっと近づける。大きな瞳は怒りというよりも、探し物を見つけた安堵感の方が色濃く出ていた。


「それは迂闊だった……というかアリステラも言わなかったじゃないか。それに次の勝負についても昨日、言及しなかったから自分のクラスで待ちわびたぞ」


アリステラの落ち度を濁さず指摘した。理路整然に滔々と応える志澄は平静そのものだった。


先ほどの嬉々とした少年のような振る舞いからは程遠く、秀才と呼ばれる彼は『まぁまぁ落ち着け』と言わんばかりに取り繕う。


「ぐ……それは失敬した。だが、君も私を探すべきだっただろう」


「アリステラから始めたことだろう。放課後はやらなくてはいけないことがあるからあまり時間をかけられないことを君も知っているだろう」


「そんなこと言って、君はここに来ているじゃないか」


「彼の誘いにのったのさ」


そう言って志澄は手のひらをシアの方に向けた。


「はは……ごめんごめん。先約があったんだよね。これは失礼した」


今度は不思議そうに彼を見つめるアリステラ。


彼女は目を細くしじろっとシアを見つめる。


「まぁ、入学して日も浅く、志澄男氏は好奇心旺盛な男児、(ゆえ)に彼のエスコートを受けるのはある程度許容できるところだ。しかしだな志澄!まだ私たちの決闘は終わってないぞ!」


彼を理解している振る舞いを見せながらも、勝負については身を引くという言葉を知らない。


「わかっている」


志澄はばつが悪そうに苦々しい顔をする。


「取り繕うならまずその顔を取り繕いたまえ。学園の1,2を争う秀才がこのありさまとは」


「……決闘の事なんだが……アリステラ……」


廓然大公(かくぜんたいこう)確固不抜(かっこふばつ)の志澄はその顔を難しそうにゆがめ、口を開く。


「俺はランドクラフトをより知りたい……」


ぽかんとしたアリステラはぱちくりと数舜の間に幾度か(まぶた)を瞬かせる。


「どういう意味だ?」


「率直に言うとこの決闘を取り下げたい」



志澄の言葉がうまく脳に伝達されなかったのか、大きく目を見開いたまま固まった。


「……それは……」


「すまない。人との約束を違えたくはないが、俺は人生で初めて外の世界を知ったような気がした」


志澄は生まれながらにして日本の再興を期待された人物に等しく、それにかかわる学問や鍛錬以外の物事をやらせてもらえないでいた。


その彼が自動車部、もといランドクラフト部で新しい世界を垣間見、自分の意思でその在り方のために一歩を踏み出そうとしていた。


人としての生きる道を制約された彼には、求めるものができてしまった。


入学後初めてできた友人との約束を反故にしてしまうのはいささかの葛藤がこの刹那に生まれていた。


「なるほど……それは仕方ないな……」


「……弁明の余地もない……」


かくっと(つむり)を下げたアリステラの心中は察するに余りあった。


入学の日に実直に「決闘をしたいと」申し出た、溌剌闊達な少女に『勝負を降りたい』という趣旨の言葉は冷たく重いものに感じたのだろう。


多くの機械や機器がひしめく倉庫内には沈黙が広がる……かと思われた。


「それは残念だ。不戦敗(・・・)とは……不本意だがこれで私は白星を1つ、重ねたわけだ」


下げていた頭をグイっと上げて、腕を組みどこか誇らしげに構えた。志澄にとっては彼女の言葉に理解が及ばずにいた。


志澄にとっては未だ半信半疑な騎士の位であると自称する彼女はその出自を示すかのように威風堂々としながらもどこかさっぱりとした雰囲気と豪胆さをゆるりと醸し出した。


「……何を言っているんだ?」


「つまるところ、私との勝負はこれにて終了というわけだ」


「その通りだな」


「そして先日までの勝敗は一勝一敗で均衡を維持していた」


「確かに」


「ここに来て君は私との決闘をここで終わらしたいわけだ」


「ああ」


「では二勝一敗で私の勝利というわけだ。軍配は私に上がった。このデュエル私がもらった!勝鬨だ!うおおおおおお!」


アリステラはこれ以上になく嬉しそうに拳を天に伸ばした。


「いやいや、ちょっと待て。話が見えない。勝負は引き分けで終了だろう」


「何を言う。君が勝負できないというのであれば、不戦敗となるのは必定だろう」


「落ち着いてくれ。この勝負はなかったことにならないだろうか」


表情をあまり崩さない志澄の動揺と焦りはその機微から見て取れた。


「これでは横暴すぎる。たかが高校生の約束事だろう」


「ほう……北條家の才児は分が悪くなるとそのような言い訳を盾にするのか……校門前の広場で戦災復興を成すと啖呵(たんか)を切った、未来を担う男子がこれでは……日本の未来を憂いてしまうよ……」


「……何が目的なんだ……」


(さぐる)るようにアリステラの顔をうかがう。


「もちろん私が勝ったのだから、私の勝利した時の条件だった、生徒会に参画できるように手伝いをしてもらうというのが筋というものだと解釈できるところだが……」


騎士の家系でありながらも、したたかな令嬢であることをこの時志澄はいやがおうにも理解せざるを得なかった。


「まぁ、生徒会と君自身の活動を両立できるのであると確約できるのであれば、私が口を出すことでもないけれども……」


「生徒会に入れるように手伝うのは決定事項なのか……」


「先に私の勝利であると言明したが、私も暴君ではない。志澄が納得するのであれば、これにて一区切りとしたい」


アリステラは口角を上げ、彼の周囲をぐるりと回り、志澄の考えを暗に聞き出そうとする。


決断を迫られた朴訥(ぼくとつ)とした少年は大きく深呼吸をし、一考の後、口を開く。


「わかった。現状、生徒会に入れるように手助けはしよう。だがまだいろいろとアリステラの考えが見えてこない部分もある。そのため、前言撤回と言って差し支えないだろうがこの戦い、一旦保留にしてはくれないか」


「ほう……」とアリステラはどこか、この勝負が決したようでありながら『保留』という言葉に引っかかる部分もあった。


当初の目的である、生徒会の門戸を叩くため手助けをする確約を得ることができたことに満足感を感じその透き通った、翡翠の大きな瞳に、きらりと光が差し込んだ。



「それではよかろう。『保留』という言葉が気になるが志澄のその言葉で私のこの勝負での目的は達した」


(はぁ……)


志澄は胸中で嘆息をもらす。


「横から差し出がましいかもしれないが、どうやって生徒会に入るつもりだい?」


柔和で赤褐色の瞳の持ち主のシアは、率直な疑問を持ち明ける。


「生徒会に入るには、多くの解決すべき事柄が必要だろう?」


アリステラは『それについては、少し心当たりがある』と策があるかのような、引っかかる言葉を残した。


「おおい、君たちはこの部活はこれからどうするんだ。これら、現在進行中のプロジェクトや訓練なども進行させていきたいのだが……」


劉は半ば、彼らの会話に割って入り、一年生たちの今後の活動の意思を説くと同時に、自動車部の活動を時間の少ない放課後に少しでも行いたいという格好を示した。


言葉を選ばずにいれば、入部の意思について白黒つけてほしかった。


体験入部で来た男子学生二人、そして探し求めていた人物が見つけられた元気溌剌、したたかな少女はこれからの活動を劉から軽く迫まれた。


「ここにいては邪魔だ。一旦今日はこれにてこの場を引かせてもらおう」


咄嗟にそう言ったのは志澄だった。


「確かに。私たちはじゃじゃ馬だ。今日のところは帰宅しようではいかい」


「それでは」と軽く会釈をして、志澄をアリステラはその場を離れた。



自動車部から校門までは徒歩で10分以上かかった。


すでに深く青い透き通た空は、どこか寂しさを感じさせた。


「それでアリステラ。これからどうするつもりだ?」


「まぁ、生徒会の生徒に直談判で真っ向勝負といったところかな」


(何も考えなしか……)


「とは言ったものの私もリブルハイムの出身、知己はこの学園に幾人か存在するのだよ。まずはそこから当たってみるとしよう」


「それは心強いな……」


志澄の意識も思考も自動にある考えに収束した。


(ほとんどあてにしてはいないけれどな……)


光陰矢の如し。その一日は怒涛のように過ぎ去った。


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