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5.最高の実現

「それでははじめるとしよう。と言ってもあくまでこれは訓練、もっと言葉を噛み砕けば仮想世界のゲームだ」


劉は淡々と説明を始める。


「すでに見えてると思うがここは平原のステージ。特質して説明することはないが、モニターにステージ情報が出されている」


目を泳がせ、情報を探すとそれらしい文字列を正面の画面の端に見つけた志澄。


「気温、湿度、高度、……これか……」


その他にも見慣れない表記の単位がいくつかあった。


「ああ。君の置かれている環境ステータスとでもいうかな。順番が前後したが今度は君の乗っている機体そのもののステータスだ。右のレバーにあるちょうど薬指を置いた時のボタンを押してくれ」


志澄はゆわれるがまま、そのボタンを押す。


ポン。


やわらかいポップな音が鳴るのと同時に正面のディスプレイに四脚のランドクラウトの全体の見取り図が3Dモデルとして表示された。


「これが今、君の乗っている機体。日本の一つ前の主力ランドクラフト『L-6』をモデルとしたものだ。実物とはことなり、この訓練装置用に改めた架空のランドクラフトだ」


「……実際存在しないのか……それにして違いが……」


劉の言葉に疑問を感じたことを察したのか彼は補足した。


「実在しないといっても、実際の仕様とそう大差ない。最近の陸戦機事情は君が一番しっているのじゃないかな」


その言葉を聞いて志澄は眉をひそめた。


(余計なことを口走るべきじゃないな……)


機体の状況を確認しておこうと劉は話を進める。


「言わずと知れた日本の主力のランドクラフト。前線に出ることはもちろん、兵站支援をはじめ多くの場面でこの機体は先の大戦で活躍した。この国を救った機体と言っても申し分ない働きをした名機体だ。まぁ実際の活躍は割愛して、現在の機体状況を確認しよう」


『L-6』……多目的陸上戦闘攻撃機。戦車はもちろん対空、対人、対ランドクラフト戦など多くのシチュエーションで働くユーティリティな機体。機体の外見的な一番の特徴はその足回り。四脚での行動が可能。見た目は足がやや長い亀のようないで立ち。それでいて戦車よりも機動性があり、兵装も戦闘状況に応じて換装が容易。

戦いだけでなく後方支援にも役に立つ。


「それでこの機体の状態を確認する方法は?」


「お、志澄君のってきたね~」


劉は楽しそうに志澄のはきはきとした問に嬉しさを感じた。


「ディスプレイにその期待の全体図が映し出されていると思うが……確認してくれ」


正面のディスプレイに映し出されたそれは全体的に透明な蛍光色でデザインされていたが特筆するようなことはなかった。


「特に何もないが……」


「結構。それでは次に武装の確認をしてくれ。右レバーの小指部分に取り付けられたボタンを押してくれ」


ゆわれるがままにボタンを押すとリスト化された兵装がいくつか並んだ。


「ok。そしたら今度は逆のレーバーの先端部分にある指で球体のコントローラーでいづれかの兵装を選んでくれ」


そうゆうと志澄は一番近くの兵装を選んだ。


「なるほど、それを選んだか……よし!それでは実際に撃ってみよう。右の突端に赤いボタンがあるだろう?それを一回押してみてくれ」


その言葉にやや戸惑いを感じながらも恐る恐るそれを押した。


次の瞬間

ドン!……ドゴーン。


志澄はその数瞬、唖然として何も言えないでいた。


放たれた何かは数十メートル先の地面が深さ二メートル弱までえぐっていた。


空間を揺らす振動の迫力、そして放たれたであろう何かから伝わる衝撃波はあまりにもリアリティがありに驚くことしかできなかった。


(これは本当に仮想現実なのか……これはあまりにも……)


「大丈夫か?」


やや焦り気味の劉が志澄の安否を確認する。


「え、ええ。問題ないです。……これは……」


「「L-6」の主砲をぶっ放したのさ。どうだい?撃った感想は?」


——閃光、内臓に響く衝撃波、畏怖に似た驚きが隠せないでいた。


「……その反応で十分伝わったよ。型は落ちているが現代のランドクラフトの主砲の威力だ。その他にも兵装はあるが試してみるかい?」


一瞬の戸惑いはあった。


「……もちろんです」


「そうか。では順繰りにやっていこうか」


劉がそういうと次々に搭載されている兵器を試射する。


主砲、機関銃、白煙弾、もう一つの主力兵装、小型レールガン。


「爆発反応装甲も試してほしいが、撃ってばかりがランドクラフトではないのでね。今度は軽く『動いて』みようか」


劉は満足げに次のステップへと志澄を導く。


「ああ。基本的には移動は足元のペダルと左のレバーで行う。右のペダルで移動、左で停止、後退の行動をとれる」


さり気なく右のペダルを踏みこむとゆっくりと前進していることが訓練装置の疑似的な振動やディスプレイの画像の動きで確認できた。


「おおむねの姿勢制御や速度の調整などは管制ソフトが補助してくれるから現状、こんなところかな」


「え?もう終わりですか?」


肩透かしを食らったように戸惑いを見せる志澄。


「撃って、動ければ。それは君が一番理解しているんじゃないかい?」


「これだけであれば、誰でも……」


やや物足りなさを感じながらつぶやくと、含んだ笑い声が聞こえた。


「ふふふ、もちろん次は実践だ。と言っても相手はCPUだけどね」


楽し気な声の向こう側から何かをタイピングする音が聞こえる。


ポン。


その音が聞こえた瞬間、正面のディスプレイに何かが映し出された。


丸く赤いカーソルの向こう側にはやや赤黒い四脚のランドクラフトのような物体が現れた。


「目標?」


「ああ、今からそれと対戦してもらう。相手の強さは入門戦のレベルに設定した。カウントが0になった瞬間からスタートだ。用意はいいか?」


「はい」


「それでは……」




「全然、だめじゃーん」


平易なCPU相手に十戦十敗。


そんな様子を見てケタケタと笑う柚子。サイドテールでに束ねられた長い髪が小刻みに揺れる。

倉庫を改装した工場兼研究室のような広い空間に柚子の笑い声が響き渡る。


志澄は開いた『箱』に座りながら天を仰いだ。まさしく放心状態だった。


「お、おい。大丈夫か志澄」


ライトから照らされ、光が広がる天井をただ眺めている志澄を心配し、シアは声を掛けた。


「目では見えている。画面の中にいる。……なぜだ」


虚空に投げかける。誰かに答えを求めている訳ではなかったが今までにない敗北の理由を追求した。


「よかったな」


「……え?」


劉の思いがけない言葉に志澄は反応した。


「何がよかったんですか?」


怒るでもなく、喜ぶでもなく、その言葉の意味を問うた。


「自分のできないこと、わからない世界が見つかっただろう」


いつのまにか座った志澄の隣に立ち、どこか誇らしげに劉は語る。


「君は理解が早い。そして、これ(ランドクラフト)を理解しようとしている。ランドクラフトはスポーツとは似て非なるもの。運動が苦手とは言っても俺は君に可能性を感じているよ。君はこれから強くなれる」


「研鑽を積み重ねる瞬間こそが最高の実現なのだよ。北條志澄。それを君が一番理解していると思っていたのだけれど、(たが)えたかな……?」


雲の中のように真っ白になった頭の中は(もや)が霧散し、一気に晴れやかになった感覚が体中に(ほとばし)った。


「お、俺には何が足りなかったんですか?」


先ほどとは一変して食いつくように質問する。


「んー……全部かな」


劉以外の全員がガクッと肩を落とした。


「はは。ユキ、真面目に受け取るのやめな。おだてて、部に勧誘するの、劉の常套手段だから」

苦笑いで柚子が付け加えた。


「何を!?俺はいつでも真面目だ!」


軽くしかりつけるように否定した。


「基本動作はもちろん、戦術、戦略、ランドクラフトの各種ソフトウエア、学習機構など学ぶ点は多くある。そして現代では日々、技術や戦法が発展している。これらを理解、実践できれば……」


「それが難しいんですけどね……」


雄弁に語り始めた劉を余所目にシアも苦笑しながらつぶやいた。


雑然としている状況の中で志澄はスッと座席から立ち上がり『箱』から出てきた。


「自分、ランドクラフトを理解したいです」


透き通った眼、そして混じりけのないその一言は新しい世界への幕開けとなった。


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