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4.搭乗

「ずいぶん、遠い場所に部室があるものだな」


「まぁ、部室と兼用した工場(こうば)だから、安全上とかの理由で校舎からやや離されたんじゃないかいな?いろいろと取扱い注意な物品もあるだろうし」


志澄は歩きながら、ふとアリステラの顔が頭の中で浮かんだ。


「失念していた……まぁ明日にでも顔を合わせられるだろう」と勝負について高を括った。



夕日は夜を告げようとしていたが人を認識できるほどの明るさはあった。幾ばくか歩いていると大きな倉庫が連なった長屋のような建物へとたどり着いた。シアの言った工場らしき場所からは光が漏れ出ていた。


「こんにちは~」


シアはシャッターの開閉口のそばにいた生徒に声を掛けた。


「……おお、君か。入部する気になったか?」


「ええ。機械いじりしてみたいですし」


「機械いじり~……そんな生半可な気持ちでいてくれては困るよ!」


シアの素直な入部動機がお気に召さなかったのか上級生らしき人物は片方の眉を上げご機嫌斜めの様子。


「先輩、新入生をそんな風にあしらっては逃げてしまいますよ」


今度は女生徒が工場の奥から出て、彼の対応に釘を刺した。


「おお、これは失敬。しかしシアはこれから我が部を担う優秀な人物に育てるためにはその気構えはしっかりとしてもらわなくてはな」


先輩然としたやや小柄の男子生徒は腕を組み、胸を張った。


ふと女生徒はシアの隣に立っていた志澄に目をやった。


「……もしかして新しい新入生を連れてきてくれたの?」


好奇な目は志澄へと注がれる。


「いや、自分は彼の付き合いで立ち寄らせていただいただけです」


「そうか……残念ではあるが中を見ていかなか。少しでも興味を持ってくれると嬉しい。今後の部としての活動の認識も学内に普及しやすくなるだろうしな」


「先輩。まず名前からおっしゃった方がよろしいんじゃないですか?」


「そうだな。俺は劉寿(りゅうひろし)、三年生でこの部活のキャプテンだ」


「私は槙島柚子(まきしまゆず)、二年生です」


劉とは対照的に柚子は朗らかにはにかんだ。


「自分は北條志澄。一年生です」


劉はピクリとまゆを動かした。


「北條ってまさか、あの北條の出身か?」


「たぶん、先輩の想像している通りかと……」


「それではまた話が変わってくるな」


柚子とシアは彼らの意味ありげな会話についていけずに(ほう)けていた。


「その出自を知ったからには、ここから逃がすわけにはいかないな」


「劉先輩がどうお考えかわかりませんが自分は何の変哲もない、ただの学生ですよ」


にやりと頬を上げる劉。


「少なからずとも、ランドクラフトの何たるかを知っているはずだ。その名は」


「実際、知っていることは先輩と大差ありませよ。動かしたこともありませんし」


劉は目を細める。


「ほぅ、ではどうだろうか。ランドクラフトのシミュレーターに乗って操作してみたくはないかい?」


志澄は理解が及ばずにいた。


「シミュレーター?」


「ああ、実戦さながらの戦闘を味わえる訓練装置。生徒会にねだって購入した新興国製の搭乗型の体験機さ」


劉は右手である方向を指した。


そちらには自動車よりも一回り大きい、まさしく長方形の箱が鎮座していた。


劉は長方形に近づき、操作をし始める。『箱』そのものの一部がタッチパネルのようになっており、そこで細々なことを行っていた。


パシュウ……


煙をまとい、その長方形の箱が中央から左右に動いた。中にはまさにコクピットと呼ばれるような、機器がところせましと備え付けられていた。


「これは……」


志澄はいつの間にか『箱』に近づいて、中を覗き込んでいた。


「ひと昔前まではVRゲームやゲームセンターでこういった全身を使った没入感のある体験型の機械があったらしいんだけど戦争が長く続いてたから、今じゃあまりお目に掛かれないね」

それにと、劉は続ける。


「だけれども、この機体はそれよりもより実践的で高校生同士で行うレベルから様々な戦地、戦場を想定して訓練できる設定まで多くの戦闘シチュエーションを取り揃えている」


志澄は説明そっちのけで機械の中をまじまじと観察していた。


「そんなに興味あるなら乗ってみれば?」


シアは屈託のない笑顔で搭乗することを勧めた。


「……俺はあまりこの手の物は触ったことがなくてな……運動も得意な方ではない……」


「結局ちょっとしたゲームの延長線上だよ。失敗してもペナルティがあるわけじゃない」


しどろもどろしていた、気のならない志澄の背中をふと、柚子が軽く押した。


「ほい」


「おい、……っだ」


志澄は姿勢を崩しコックピット内にもたれこんだ。


「おい」


「物は試しだよ~ん。成功は大胆不敵のなんとやらってやつ?」


柚子がいじわるそうに笑い、志澄の搭乗を促した。


「見せてもらおうか。志澄君の実力とやらを……」


そう述べた劉は怪しく目を鋭く、それでいて好奇な眼差しを隠せないでいた。


「……わかった。一回だけ。それ以上は遠慮する」


志澄はゆっくりと狭いコクピット内に入り込んでいく。


「思ったよりも狭いな」とぽつりと独り言を述べた。


「これでも比較的広く設計されてるんだよ。様々な機体や状況を想定しているからね」


中に入った志澄は恐る恐る、様々な計器やボタン、レバーを何気なく触ってみる。


「下手に触ると爆発するからね」


「何!?」


「冗談だよ。皆が言っての通り、あくまで訓練機だからね」


幼い少女のようにケタケタと笑い、志澄を茶化す柚子。


「こいつ……はぁ……」


柚子の突飛な行動に苛立ちを感じながらも気を取り直し、着座した椅子の質感を確かめながら座りやすい位置に腰を直した。


すぐに目を引き付けられたのは操縦桿らしき二対のレバー、それに取り付けられた各種ボタン類を何気なく触ってみる。


コクピット上部と壁面には多くのスイッチ、足元にはペダル、操縦桿とはことなるレバー類が設置されていた。


志澄には初めての体験に近しく、未知の領域だったがすべてが新鮮だった。焦燥、不安そして新しい何かにわずかな高揚感を感じていた。


「それじゃあ、一旦閉めるよ」


そう声がすると『箱』ゆっくりと先ほどの動きと対称に二つに分かれていた扉というには角ばった外殻が閉じ始め、彼を完全に閉じこめた。


「おい!何も見えないぞ」


数秒の沈黙の後、当たりは一面、光に包まれた。


志澄はまぶしさを感じ、目を細めたがすぐさまその明るさの奥から、一驚を得た。

「……」

左右と正面そして天面にはディスプレイがはめ込まれており、高原の景色と透き通た紺碧の空が画面の向こうに広がっていた。


テレビで放送されている自然番組のワンシーンのような緑豊かな丘陵が広がり、どこか既視感を覚える、そんな鮮やかな景色に見入った。


『Making an effort. From Ribbleheim Industrial』


正面のディスプレイの下に同じく小さなそれが、メーカーのキャッチフレーズを表示したことに気が付いた。


スタートアップし始めた訓練装置は各種のスイッチの場所が光始める。暗いコクピットの中でも位置が分かるようにするためだろう。


「志澄君、聞こえているか」


コクピットのどこからか劉の声が聞こえる。


「ええ。聞こえています。こちらの声は……」


「ああ、通信は良好のようだな」


ラジオ風に聞こえたその声に志澄はすぐさま反応する。


「問題なさそうだ。それではこれからこの装置の操作方法を簡単に説明する」


そう言って、劉は楽し気に、そして順繰りに訓練装置の説明を始めた。


志澄は今更ながら「めんどくさいことにまきこまれた」とやや辟易と言葉をこぼした。


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