3.ランドクラフト
入学後、当初の授業は導入ばかりで特に面白げのないものだった。休憩時間には疎らに同級生の輪ができ始める。
自己紹介を早々に済ませた同年代の生徒は自然と仲が良くなり、探り探りの会話は他愛のない談笑へとつながっていく。
そんな和気あいあいとした生徒たちの語らいをよそに、志澄はアリステラとのリブルハイム式の決闘とやらのことを考えていた。
技術先進国リブルハイムといえども、その沿革は西側諸国ではありきたりな内戦に継ぐ内戦という経緯があり、大国に飲み込まれそしてまた、独立するという歴史を繰り返してきた。
革命と独立。リブルハイムではこの言葉は文字面だけでは語れない並々ならぬ情念がこみ上げるものが彼らにはあった。
リブルハイム出身のアリステラも例にもれず、昨日のような物事に白黒をつけようとする性格、人との対峙には好戦的であるその姿勢は、故国の歴史が少なからずとも彼女の血潮に息衝いているのだと感じるのは然るべきところだった。
志澄が知っているリブルハイムの決闘とやらは中世の剣と剣を交えるような戦い以上の想像の域をでず、悶々としていた。
「デュエル……現代の日本では私闘は禁じられているのだが……」
彼は独り言をぽつりとこぼした。
アリステラとの決闘の勝敗は現状、1対1で均衡を維持したまま、昨日は下校時刻となった。
放課後にでもなれば、脱兎のごとく自分のもとに来るに違いないと考えていた。
今日の授業を終え、暫し彼女のことを待っていたがその気配は感じられなかった。
「……このまま帰って仕舞おうか……」
そう考えた志澄がつまらなそうに顎ひじをついて、教室の自席で待っていた。
回りの生徒は早々に身支度を整え、各々の活動へと場を移そうとしているのを視界の中に捉えていた。
「君、もう部活とか決めたのかい?」
ピクリと肩をすくめた志澄は声の発せられた、斜め後ろに首をやる。
褐色の肌、赤褐色の瞳、志澄よりも一回り背の高い生徒がそこにはいた。日本の学生服とはやや不釣り合いなその風貌を持ち合わせた少年は柔和な笑顔を浮かべていた。
「いや、……あまり校内の活動は考えていないのだが……」
「そうかい?この時間に物憂げな表情を浮かべていたものだからつい声を掛けてしまったよ」
その温和な面貌から放たれた言葉を迎合できず、志澄は冠を曲げる。
「ありがたい申し出だが、人を待っているんだ。気遣い無用」
「それは失礼。……と言っておいてなんだけど、君、ランドクラフトに興味ない?」
「ランドクラフト?ロボット部か?」
「ロボット……まぁ一般の人からすればほとんど相違ないかな……」
優男の風貌をした彼はやや煮え切らない様子だが志澄の言葉を一旦、飲み込んだ。
「……実用され始めた頃はアーム式の重機と大差なかったが戦火が広がり連れて悪路や狭所でも使えるよう開発が進み、戦時下のどさくさとその利用目的が国際法上曖昧になっていたところを各国が付け込み装甲、機動性、加えて火力も合わさった、いわば『兵器』だ」
『一般の人』という言葉に反応した志澄は思わず自分でもハッとするほど饒舌に語ってしまった。
「す、すごい詳しいんだね。もしかして何か縁があるのかい?」
「ニュースやメディアで見た程度だ」
いつの間にか彼に向けた真の通った眼差しをプイっと赤褐色の瞳から外し、明後日の方向を見た。
「あえて言わせてもらうと君の言った兵器の側面はあくまで戦争での話だ。競技としても確立してるのは知っているだろう?」
「まぁ。詳しいルールは門外漢だ」
彼は欣然として続けた。
「どうだい?時間が許す限り、帰りがてら部室の方に行ってみないか?」
その誘いを聞いた志澄は思い惑い、逡巡しながらも回答した。
「そうだな。帰る途中であれば、同行させてくれ」
志澄はあることに気が付いた。
「俺の名前は北條志澄だ。君の名前は……」
「シアだ。シア・ルアン」
シアは手を差し伸べ歓迎の意を示しながら、その面貌から白い歯がこぼれた。
「よろしく」
二人は握手を交わした。
日が傾き春の空を西日が染め上げ、夜を告げようとしている。
志澄は肩を並べ、シアの言う部室へと向かう。
「そういえばその部活の名前は何というだ?」
シアは苦笑する。
「表向きは自動車部なんだけど実際は機械に触れるならならなんでもやるみたいな、物好きな人たちが集まった部活みたいなんだ」
「みたい、ということはルアン君もこれから見学という流れか」
「シアでいいよ。いままでもファーストネーム呼びだったから」
「それではシアと呼ばせてもらおう」
「ああ。その方がしっかりくる」
「それで、自動車部についてはあまり明るくなさそうな雰囲気だが?」
「入学前に見学に行って、部員の人たちが楽しく対応してくれたから興味を持ったんだ」
志澄は「なるほど」と相槌を打ちながら、歩みを進めた。
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