24.志澄の授かり
充満する水蒸気。
「なんだ!爆発か!?」
「不明だ!一旦、外へ出ろ!」
幾人かの戦闘員が慌てふためき、現状を理解できていない様子だった。戦闘員が駆ける足音と配管から勢いよく噴出する水蒸気だけが志澄の耳に届く。
志澄は体中にまとわりつく、生暖かい水蒸気をはらい、あたりのその煙も払おうとするが、いっこうに視界は晴れることがない。
見えたとしても一メートル先くらいまでだろうか。彼はアリステラがコクピットから落ちたであろう場所をくまなく探す。天井にぶら下がった工場内のライトが水蒸気を照らし、光を拡散する。辺りは明るいが煙に遮られ、闇雲に探すが堂々巡り。
(確かにここら辺に落ちたはずなんだ……)
志澄は腰を落として、ほとんど四つん這いになりながら、彼女を捜す。
「う……けほ、けほ……」
「どこだ!アリス!どこだ!」
もはや敵の中にあることになりふり構わず、彼女の声を呼ぶ。
「ここ……だよ……」
「アリス!」
徐々に水蒸気が晴れはじめ、先が見通せるようになってきた。
工場の薄汚れた床に、横たわるアリスを見て一目散に彼女の下による。
「大丈夫か?」
「ふふ……どうだろう?一応体は動くけど、まだ完全じゃないか……痛っ!?」
志澄がその言葉を聞くと彼は彼女の足を見た。創傷があるものの、いずれも深刻なものではなかった。だが、アリステラの口調がたどたどしいことが気にかかった。
「少し出血がある。軽い脳震盪と打撲程度だと思うが……ここが正念場だ。切り抜けるぞ」
「ああ……今は君が騎士のようだな……」
志澄は眉根を顰め、険しい顔をアリステラに向ける。彼女の背中に腕を回し、体を起こそうとした。
「日本に狗どもが!我々の計画を……」
志澄がその言葉を聞き、発せられた方向へ顔を向ける。
そこにいたのは先ほどの戦闘員の一人だった。負傷しているのか足を引きずり、だらんと垂れた左手が動かない様子だった。先ほどの爆発か何かに巻き込まれたのだろう。
満身創痍の戦闘員は片手で拳銃をこちらに向けていた。
(ぬかった)
志澄は先ほどの戦闘員の会話から全員が外へ退避したものだと思い込んでいた。
「やめろ!」
志澄はアリステを抱えた逆の腕で、戦闘員に発砲をやめるよう言い放った。
「祖国に幸あれ!」
バン!バン!
拳銃から2発の弾丸が放たれた破裂音が工場内にこだました。
「くっ……」
アリステラを強く抱きしめ、少なからずとも彼女だけでも被弾させないように、覆いかぶさった志澄……だが違和感を覚える。
「なんだ……」
どこにも違和感がない。アリステラも先ほどと同じまま、意識がやや混濁してはいるが状態は安定しているようだった。
目線を先ほどの戦闘員に向けると彼は先ほどの場所に突っ伏していた。彼らの射線上で何があったのかが志澄はわからないでいた。
目をよく凝らすと煙の中に、緑髪の少女が仰向けに倒れていた。
「おい!」
(なんなんだ……アリスすまない……)
アリステラをゆっくりと地面におろすとすぐさま、捜していた彼女の下に駆ける。
「おい!あんた!大丈夫なのか!?」
「……どうだろう……ゴフゥ……」
学園の校舎裏で見かけた淡い紅色の透き通た肌は青白くなり始め、口元には血のあぶくがあふれていた。
志澄は驚き、彼女の身体の様子を確認すると胸部と左腹部におびただしいほどの血液が衣服を通して滲み出ていた。
「くそ……肺と肝臓か?」
「私もここまでかな……」
彼女はそう言ってなぜか嬉しそうな顔を見せるものの、医学的な知識が乏しい志澄から見て、それは致命傷と言って差し支えない銃創のようだった。
「なんで俺たちを庇った!?」
「……言ったはずだ……君たちの止揚の到達点を見せてくれと……」
「まだだ。あんたに聞きたいことが山ほどある……クソ、どうにかならないのか」
『どうにかならないか、どうにか、どうにか』と、ありとあらゆる考えをその脳内で巡らした。秀才は頭脳を逡巡させたが下手に傷口に触れば、より状態が悪化することも考えられ彼女の傍らですくんでいた……
「志澄!」
シアがランドクラフトから降りて、彼らの下に駆け付けた。
「どうして」
志澄がシアの行動に疑問を呈するが、それは意味のないことであるとすぐさま理解し発そうとした言葉をひっこめる。
辺りの様子を窺えないシアにとっては静寂と煙が充満するこの場で、銃声が聞こえたのだ。シアのような闊達な高校生であれば、体が勝手に動いてしまうのは仕様がないことだった。
「これは……」
「アリステラは軽傷だ……しかし彼女が……」
アリステラを見たシアは、もう一人の少女の方を見る。その悲惨な状態にひどく狼狽えた。
「……通報しよう。もうこれ以上はぼくらの力ではどうしようもないよ」
「……ああ……すまない……」
辺りにはまだ、テロリストが潜んでいるだろうが、もはやなりふり構っている事態ではない。強行突破でこの場を脱出する目論見だったが、結果から言えば大失敗だ。高校生の火遊びが惨事を招いてしまった。
シアはあたりを警戒しながら、志澄から少し距離を置き、取り出した携帯端末で通話を始めた。
「北條……志澄……」
額に手を当て、うなだれている彼に声をかけたのは横たわった緑髪の彼女。
名前は『ヴィルヴァ・ラウティアイネン』。使用人の朱音から得られた情報の中から述べられた。
かすれた声で今にも意識を手放しそうなヴィルヴァは彼の名前を口にした。
志澄は彼女の声を聞き、顔を寄せる。
「どうした?」
「君の『力』を私につかえ……一時的に延命はできるだろう……」
「あ……?……え?」
志澄は彼女の言葉を理解できないでいた。
(力?何の事だ?)
「聞えていなかったのか?私が君に授けた『フロイライン・コード』の一つだ。私の傷に手を当てるんだ……」
ヴィルヴァはかすれた声で志澄に要求し、彼の手を取り肝臓の銃創あたりに手を当てた。
「君の力はおそらく……『過促進』の類、このくらいの傷は治せるはずだ」
彼は何も考えられないでいた。
「イメージするんだ。私を『進めろ』。思い切り、自身の身体を流し込むように力をこめろ」
(わけがわからない……くそ……)
「手に、指先に、その先に、私に送り込むのだ。推し進めるように、物を握りしめるように……」
「……送り込むように、握りしめるように……送り込む!」
その瞬間、志澄の右手は淡く薄い青緑色に発光した。温かいような、熱いような感触が彼の右腕を覆った。
「なんだ、これは……」
志澄から放たれる光はヴィルヴァを徐々に包み込んだ。
そうしていると数舜の間にヴィルヴァの血色が徐々に暖色に戻り始めた。
険しい表情を浮かべたヴィルヴァは険しい表情を緩やかに穏やかな表情へと変化させた。
何が起こったのか理解できない志澄はあっけにとられ、再び彼女の横ですくんでいた。
「おい、志澄!」
志澄はその言葉を聞いて肩をびくつかせる。通報したシアが様子を窺いに彼に声をかける。
「彼女はどうなんだ?」
「わからない……ただ……」
志澄は彼女の制服をわずかにめくると銃創があったであろう部分は何もなかったような状態へと変化したようだった。胸部にも目をやると、そちらからの出血も止まっているように感じた。
「……これからどうする。たしか後から後援が来ると奴らが言っていたような気がするのだけれど」
「……シア、すまないがアリステラを担げるか?俺の力では……」
シアは眉をひそめた。
「僕は大丈夫だと思うけど、この子は……」
志澄はその顔から力みが抜け、どこか諦観のような表情を浮かべ、ヴィルヴァに目を向ける。
「気が引けるが彼女はここに置いておこう。奴らの先の会話からここで保護されるだろう。よくわからないが傷口が塞がった……悔しいがここを脱出することを優先しよう」
シアはいまいち納得ができていない様子ではあったが、志澄の言葉を飲み込み、首肯した。もたつきながらもアリステラを背に担いだシアは志澄の考えた通り、然程、苦を感じさせない様子を見せた。
「おい」
低い男性の声が志澄とシアに向けられた。
「逃げられるとでも、考えているのではあるまいな?」
最初にヴィルヴァと話していた戦闘員の一人が小銃をこちらに向け、怒りを隠さず、2人を制止させた。