1.極彩色の可能性
「私と決闘してくれ!」
そんなことを言われたのは彼の短い人生の中で初めてだった。
相対するのは容姿端麗のうら若き少女…と言いたいところだが、その実、闊達な何も考えていないガキ大将の小学生のようである。
透き通る翡翠色の瞳、白銀のたなびく髪、華奢な体から発せられた凛とした声には根拠のない極彩色の可能性を感じた。
「……決闘?」
北條志澄はその勢いに気おされながらも彼女の一言に疑問を呈した。
「そうだ!そうだな……命を懸けるなど身もふたもないことは言わない。だが君には私の手助けをしてもらいた!」
片腕を腰に当てて、手のひらを顔の高さまで上げた。それは『I WANT YOU』といわんばかりの恰好。
「手助けってなんの?」
「世界を変えるための、もっと言えば世界と戦うための、とでもいえばいいのか。私も漠然としていて端的に伝えるのが難しい」
校門から離れた広場には散り始めた桜の花びらが春風に舞い上げられていた。二人の桜の胸章も大きくゆらいでいた。
「茶化すなら他を当たってくれ」
彼女に背を向けてその場を後にする。
志澄には彼女の言葉は届かなかった。
この㐂開学園は多くの有力者を輩出してきた名門校であり、志澄も例にもれず、将来を有望視されている。第四次世界大戦の停戦後の戦災復興を北條家より期待されており、その責務を果たしたい思いが彼の心を覆っていた。
「私の名前はアリステラ・エアルドレッド!」
志澄がその言葉に驚き咄嗟に振り向く。
「エアルドレッド?」
「そうだ!貴国の救済を成したリブルハイム国、我が故国より十階の最高位『紫位』を授かった騎士の家系。エアルドレッド家。その末裔の一人が私だ」
「冗談」
志澄が鼻で笑い半目で彼女を見た。
「事実だ!」
語気が徐々に強くなるにつれてアリステラの真剣さが垣間見れる。
「それが事実だとしてなぜ今の日本にいる?」
「運命……宿命を変えたい」
「答えになってないな」
言葉を紡ぐことが下手なのか、単に日本語に慣れていないのか定かでない彼女に呆れていた。
「とにかく、私はこの日本という国をよりよくしたい!」
「君がいなくとも我が国、日本国は復興を成し遂げ、必ずや先進国へと蘇る。その空元気だけで何かを成そうなど分不相応甚だしい」
「では決闘で雄雌を決めようじゃないか!」
「話が最初に戻っているだろ」
額に手を当てて頭を抱える。
「私が勝ったら、まずは生徒会に入ってもらう。そうだな……副会長職の任を授けよう」
聞く耳を持たないアリステラに一瞥くれて、深くため息をつく。早々に辟易とした。
(なんなんだいったい……)
「決闘って何をするんだよ」
立ち去ろうとしていた体をアリステラの方へと体を向けなおす。
春爛漫。緑風香るこの学園の広場で見るものすべてを魅了するその貌は少年のようでありながら、奥ゆかしい深窓の令嬢の様相もうかがわせた。アリステラはどこか悩まし気だった。唇に人差し指をあてて、天を仰いで答えを探す。
「100m走とか?」
その見た目からさぞ思慮深い言の葉を編むと考えていた志澄が肩をガクッと落とした。彼女は何も考えていないようだった。
「それはただの徒競走だろ。もっとこう……貴族らしいようなものを想像していたのだが」
「そんなの面白くないだろう?中世のヨーロッパでもあるまいし」
「そうだな……チェスなどはどうか」
「君のような賢い人間じゃないのでね。私は!」
「威張ることか」
その薄い胸をこれでもかと言わんばかりにのけぞらせ、堂々と言い切った。
「それにこの学園にいるのであればそれ相応の知性や知能を有しているだろう」
ちっちっち……彼女は口でそういいながら、顔の前で指を振って見せた
「日本でも有数の軍閥・北條家の寵児、親や親族の期待を一身に受け、この学校のエリート教育を受けている他の生徒も真っ青なほどの秀才、すでに大学校の戦略や戦術の教育プログラムを教わっていると聞いているよ」
志澄は表情を崩さなかった。それは顔が強張るほどの驚きだったからだ。
確かに北條家は軍関係者を多く輩出しており、体こそ人半人前である志澄だが頭脳は同じ年ごろの生徒たちとは群を抜いて、秀でるものがあった。
それに加え、努力家である。そのことを見抜いた北條家は早々に彼に様々な軍事的な教育を施すようになった。
このことは外聞はばかるところで、いかに停戦時といえども、どこに情報が洩れて彼に危険が及ぼされるか定かではない。
しかし彼女はそのことを知っていた。
そしてアリステラはその機微を見逃しはしなかった。
「おっとその雰囲気から察するに図星のようですな」
「……!?図ったな!」
アリステラはカマをかけた格好だった。
しかしながら彼女は「そんな」と両手を広げ軽く引いて見せた。
「ただひとえに、私が欲しいのは君のその頭脳だよ。志澄」
蠱惑、妖艶、嫣然。薄桃色の唇を両頬に引き延ばし一笑を浮かべこちらを覗き込む。若々しい十代の彼女から放たれる笑みは志澄の得も言われぬ情動を突き動かそうとする。端的に言えば、この上なくかわいらしかった。
「何がしたいんだか……全く」
かくっと、頭を下げ、一考した後、素早く顔を上げた。
「わかった。受けてたとう。しかしながらいろいろと聞きたいことがある」
「どうぞ」
アリステラは志澄に向けて手を広げて、その問いを促した。
「決闘内容はともかく、賭けるものだ。君は俺を生徒会への入れたいとのことだったな」
「然り!」と軽くうなずく。
「そもそもとして俺と君はまだこの学校に入ったばかりだ。すぐさま生徒会に入れるとは考えにくいのだが」
「それはいろいろと考えがある。志澄には二の句が継げず、私についてきてほしい」
「うーん……腑に落ちないがいいだろう。今度は俺が勝った時だ」
「何か欲しいものでも?」
「いや……特にほしいものはないんだが……」
「私が欲しいとか、か?」
「あったばかりの女子にそんなこと言うか」と一驚を喫する。
「じゃあ、なにがいいのさ」
「そうだな……俺からの要望は保留にしておこう」
アリステラは意地悪く笑うと「それはちょっと卑怯じゃないか」と言い、
「あとからとんでもないことを押し付けてくれるなよ」と念を押した。
「さぁどうだかな。初対面の男に決闘を申し込む婦女子にはそれ相応の覚悟をもってもらわねばな」
志澄はにやりと不敵に笑って見せた。
日本男児よろしく、清潔感のある散切りの頭髪、体力はないと言いながらも身の丈は170㎝以上あり、体つきは同回生よりもしっかりしたもののようだった。
「しかし、これは難しいことだ。誰かに決闘の仕様を定めてもらわないと」
アリステラは顎に指を当て悩まし気に眉を寄せる。
「どうだろう、お互いに競技を出し合い、最後にもう一つを誰かに提案してもらうとか」
「却下だ」と志澄は一蹴した。
「さっきも言ったが学校に来る以外にもやらねばならないことがある。手短に済ませよう」
「それでは……こういうのはどうだろう?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
がんばって書いていきますね~