表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

18.忍び寄る冥々

翌日。


志澄は登校中にある書類に目を通す。朱音から手渡された、不可思議な少女ヴィルヴァ・ラウティアイネンの顔写真が付いた簡単な略歴書を手渡されていた。


「不明瞭な部分が多すぎて、あまり意味がないな……」


個人がはっきりわかるのは顔写真程度の者でそのほかは出鱈目で、身元引受人もないと来た。

(学園側が一枚……いや、彼女そのものを管理していることはほぼ間違いないだろう)


志澄は彼女の顔写真をまじまじと見つめる。


自身のクラスに到着し、自席に腰を掛けた瞬間、聞きなじみのある声が指向性の音声のように志澄の鼓膜に響く。


「志澄!」


まぎれもなく彼女はアリステラ・エアルドレッド。朝一番からこれ以上ないほどの声量でクラスの外から声を掛けてきた。


「なんだ、アリステラ。さすがに朝一番だと、まだ頭が回きっていないのだが」


「それは致し方ない。ただ耳だけ傾けてくれ。何やらこの街の郊外で不審な目撃情報が入った」


「?」


志澄は彼女の言葉にクエスチョンマークを浮かべる。


「どうやら、怪しい集団が不審な行動をしているらしいのだ」


先の不審者の続報なのか別の不審者の情報なのかよくわからないでいる志澄。


「……情報提供はありがたいのだが、それだけでは何一つ確定した情報がない。せめて順を追って話してくれ」


「ああ。昨日の見回りの後、とある下校中の女子生徒が大陸同盟らしき人物を見かけたとの情報が入ったのだ」


「……停戦中とはいえ、彼の集団が就学やビジネス以外ではこの国に入国するこことは難しい……」


「その通りだ。今回の㐂開学園に現れる不審者と何か繋がりがあるのではないか?」


逡巡した志澄がゆっくりと口を開く。


「それは早計だな。その大陸同盟の所属らしき人物が実際いたかわからないし、現状俺たちが探している不審者とは即座に繋がりがあるとは考えにくい」


「だが……」


騎士令嬢が眉をひそめて、欲する回答が帰ってこないことを不服としているようだった。


「まずはその大陸同盟の人物を見かけたとする少女にコンタクトを取って、聴取するほかないな。話はそれからだ」


落ち着かない騎士令嬢を諌めるような言葉を口にしたとたん、アリステラはパァっと表情が明るくなった。


「なんだその表情は?」


「志澄がやる気になってくれたのでね。つい笑みがこぼれてしまったよ」


「何もやる気があるわけではない。……そうだ。こちらからも聞きたいことがある」


志澄がそういって、カバンから書類を取り出す。


「この生徒に見覚えはないか?宿舎を利用しているようなのだが……」


志澄が取り出した写真を訝しそうに見る?


「……いや、私の記憶の中では特に思い浮かばないが彼女がどうかしたのかい?」


「そうか……知らなければそれで結構」


「ふん……もう女子生徒をあさっているのか?これだからムッツリ志澄は……」


その言葉を聞いた志澄は『はぁ……』と吐息を漏らす。


「彼女が今回の一連の件と何かかかわりがあるのか?」


「まだわからない。ただ俺の周りで不可解な出来事が起きたのでな。知っていればと思ったが残念ながらその様子だと空振りだな」


『浅慮だった』と内省しつつ、不審者を見かけた少女という人物にコンタクトを取ろうとアリステラに提案をしたところ『待ってました』と言わんばかりに嬉々と振舞うアリステラだった。


昼休み。


その少女のいる教室へと赴く二人。


「頼もう~」


道場破りか何なのか、浪人もしくは武士さながらの口上を大きな声で響かせたアリステラにクラス中の生徒の視線が集まる。


「きゃは!アリスちゃんじゃん!ゆっきーも一緒とか見せつけてくれるね!」


現役の女子高生は訪れた二人のことを知っており、その軽佻な口調に聞き馴染みがあった。


これでもかと言わんばかりに制服の露出を最大限に見せつけ、アクセサリーを身に着けた彼女は自動車部の先輩で槙島柚子だった。自動車部ではもう少し。落ち着いた服装だったが普段では年相応の若々しい着飾りを楽しんでいるようだった。


「槙島先輩が不審者を見かけた生徒だったのか」


ここに来るまでに知らされていなかった志澄はわずかに動揺した。


「まぁね。でも見かけたのはほんの一瞬だったけど、なんか不思議なエンブレム?っていうのかな。青みがかった、大陸同盟系の国旗みたいなデザインだったよ。私、視力はいい方だからたぶん間違いないけどそれを身に着けてる人を見かけたんだ」


「どこでですか?」間髪入れすに志澄は質問する。


「自動車部の終わりで帰宅中に学園の外で見かけたよ。噴水のところだったかな?さすがに夕方過ぎだったから細かいところまでは確認できなかったけど、あまり見かけない風貌だったからね。背格好は中肉中背って感じ?」


(俺が気を失ったところだ……)


一通り柚子から不審者のことを聞き出した二人は教室へと戻ることとした。


「……」


歩きながら志澄は朱音の言葉、『北條に対しての危険分子』との趣旨の発言を思い出す。

「結構ややこしいことになってきたな」


「不審者が多数いることかい?」


「ああ。ただの不審者であればとっ捕まえればそれで済んだが大陸系に不可思議な女性と盛りだくさんだ」


「先ほどからその少女っていうのは一体なんなんだい?」


率直にアリステラが志澄に尋ねた。


「口外無用だが、先日この少女に気絶させられたんだ」


鼻梁にしわが寄り、あからさまに不快感を示す様子が彼女から見て取れた。

「どうして早く言わなかったんだ」


「まだいろいろとわからないことが多い。アリステラの事だろうから、これを聞いたら明後日の方向に飛んで行って、問題を大きくするだろうが」


『ふん』と鼻を鳴らすアリステラ。


「志澄はとことん私をじゃじゃ馬か姦しい奴だと思い込んでるのがよくわかったよ」

プイっと不貞腐れ明後日の方向に顔を向けた。


「ご理解いただけて結構。俺は今日、自動車部に顔を出すがアリスはどうする?」


アリステラは打って変わって今度は爛漫と目を輝かせて、志澄を見つめる。その瞳は一等星のように輝き、光彩を放っていた。


「な、なんだ……」


その様子に不気味さを感じた志澄はやや後ずさりした。


「今、なんといったのだ?志澄」


「いや、だから自動車部に行くかどうかを聞いたのだが……」


「そこじゃない!」


「どういうことだ?」


「私のことを『アリス』と言っただろう!」


「ま、まぁな。アリステラというのもやや長く、君の知古の……ミクリア副会長もそう言っていたし、アリスと言った方が何かと……」


「そうかそうか!とうとう、志澄も私のことをアリスと呼ぶようになったか!私はそう呼ばれると機嫌がいいのだ。これからもそう言ってくれ志澄!」


「そうかい。アリステラ」


「あ!志澄はムッツリな上に天邪鬼なのか」


「もういい。俺は部活にいくぞ……」


辟易とした志澄はそう言って歩き出し、アリステラは彼の後を嬉しそうに追った。


自動車部の部室へと歩みを進めていると道中でシアと出くわした。


「やぁ、今日は二人とも出れるのかい?部活?」


「ああ、そのつもりだ」


「ちょっとタイミングが悪かったね」


『はて?』といった様子の伺わせる志澄とアリステラ。


「今日は実機がメンテナンスなんだ。やれることは訓練装置で訓練をするか、メンテナンスの手伝いをするかに限られると思う」


シアがそう言うとアリステラは彼に尋ねた。


「それは僥倖。ランドクラフトの機構を知れる良い機会だ。私は是非メンテナンスを手伝いたい」


「珍しく上機嫌だね。アリステラ」


「ああ!そうなのだ!珍しくいい機会が私にも訪れたのだよ」


「はは。アリステラはやる気満々で僕もうれしいよ」


彼らは談笑しつつ、作業着に着替え、ランドクラフトのメンテナンスへと移った。


部長の劉が用事により、遅れて参加ということをシアに言い渡されていたため、一年生3人での作業となった。


「僕らのできることはこんなところだろう」


「やはりまだまだ分からないことが多いな」


「うむ。ハード面でも軽微な作業で難しいことが多いのに、これからソフトウエアの面も理解していくとなると骨が折れそうだ」


小一時間程度、脚部をメンテナンスしていた彼らのもとに劉が現れた。


「お、やってるな。諸君」


やや小柄な上級生は軽やかな声色を下級生三人に向けた。


「お疲れ様です。部長。言われた通り、できる範囲の部分は確認したのですが……」


「そいつは結構。今日はここまでとしよう」


「え?」


シアがやや動揺し、小さく声を上げた。


「上からのお達しだ。不審者の件はもう聞き及んでいると思うがその件で臨時の部長会に召集が掛ったんだ」


「何か進展があったのですか?」


志澄が食い入るように尋ねる。


「いや、あまり詳しいことは僕もわからないのだが、学園の周辺によくわからない連中がちょこちょこ現れているからね。生徒の安全が優先されたのだろう。下校時刻がしばらくの間、早められることとなったようだ」


「えええ~」


アリステラが気の抜けた声を上げた。


「気持ちはわかるが何かあってからでは遅い。今日のところは手早く片付けて帰宅しよう。念のため今日は3人で帰ってくれ。集団下校ってやつだな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ