11.真価の一片
同郷の二人が些末な口喧嘩をしているところを生徒会役員方と新入生男子の三人が見守る。
「それで、あなたはなぜ生徒会に来たのかしら?」
会長の席に座り柔らかな微笑みはどこか計り知れない深淵さを志澄に感じさせた。
単純な質問でありながら、こちらを見透かそうと図っているのではないかと必要のない憶測が頭をよぎる。
「自分は……彼女の手伝いをするために生徒会にはせ参じました。ですが四季会長のおっしゃる通り、具体的な策を持っているわけではなく、かといって会長の目に留まるような才能があるわけでもありません」
それを聞いた副会長が眉間のシワをより深くする。四季のすぐ横に背筋を伸ばし立っていた道之江はやや体を強張らせた。
「ならばここに来るのはすでに尚早だとわかっていたはずだ。我々は時間が限られているんだ。自分たちの非力さを理解しているのであれば、それ相応の見分と能力を身につけてくるべきだ」
濁すことなく正論を述べる副会長の道之江。その職に見合う思い切りいい口調はまさに生徒会の次席たるに値すると志澄は半ば感心していた。
「……」
思考が止まる。
志澄はもちろん生徒会に是が非でも入りたいとは考えてはいない。
しかし、ここで上級生に言いくるめられてしまっては、後に引いてしまっては、今後の自身の成すべき目標の道標、いわばこれからの人生の過程に後悔や後腐れが残ってしまうと心でどこかで感じ取っていた。
『負けていい勝負事などない』
いつかどこかで言われた言葉。
(誰だったかな……こんな面倒くさい言葉を残したのは……)
志澄は自分自身では理解できていなかったが、要するに約束事を違えることを嫌っていたのだ。
アリステラに強制的に連れてこられたとはいえ、現状自身より力があり、能力があるだろう人間に言いくるめられること。
そして、極彩色の可能性を宿したアリステラにおめおめと「ここは一旦さがろう」などと裂けても口にはできない。彼女の示す先を見てみたいと心が叫んでいた。
つまるところ志澄はこの場に、この空気感にあたられ、そして何よりもアリステラに魅せられていた。
心が思考に流入する。だが、名家・北條家において志澄の評価されている才覚の一端を垣間見せる条件は図らずも整っていた。
(……必要は……)
「……」
「特に反論がないなら、お引き取り願おう。新入生諸君。エーヴァルト副会長、君もいつまで彼女と戯れているつもりだ。君にはほかにも仕事があるのだから」
「は、はい」
道之江が軽く咎めるとミクリアが我に返り、焦ったように返答した。
だが北條志澄はすでに鯉口を切っていた。
「……俺が現状この生徒会に不満を抱いていることは、言ってしまえば生徒会そのものだ」
四季が目を細める。怜悧な彼女の頭脳をより研ぎ澄まさせたようだった。
「といいますと……」
「生徒の自主性などと言い、教師、親そして機械にまで操られたこの組織の存在意義そのものだ。結局は資金集めのための人形だ。関連企業や団体などから資金を獲得することや政府のお偉いさん方の定年後の再就職先やその斡旋に一役買っているのは情報を集めればすぐにわかることだ」
「㐂開学園は一般的な学園ではないことは普通の生徒であっても、自然と察するところだ。学園の運営にはカネが必要だ。加えるならばそれに付随するだろう我々の卒業後の扱われ方だ。そしてそれらの担い手に各方面で尽力された先達にその辣腕を振るってもらうことの何が気に食わない」
道之江は志澄の言葉にさらりと言い返した。
「……道之江副会長、貴方はそれで満足ですか?」
「何?」
志澄の攻勢が始まる。静かに昂りながら。
「言うなれば、生徒会の役員方は大人に利用されている一つ一つ駒に過ぎないということです。もっと言えば一年おきに行われる生徒会選挙は正常に機能する歯車を選定する形骸化した品評会であり、そしてその機能を期待されているだけだ。つまりは優秀なあなたたちは学園生活を代償にその後の人生の評価と安然な生活を餌に利用されている悲しき優等生に他ならない」
「……なるほど。それであなたは生徒会で何がしたいのかしら?」
堂々巡り。発破をかけるように語った志澄のそれを意に介さず四季会長は先ほどと同様の質問をする。
「生徒会を、いや学園そのものを変えていきたい。資金造成?社会貢献?関連企業との協力?そんなもの、なすべきものがなすことだ。俺たちはこの学園で学びたいことを学び、やりたいことをやる。ここまで大人の理想に付き合ったんだ。これからはこちらの理想に付き合ってもらう。それだけ……です」
雄弁に語り満足した志澄は最後に上級生にため口に近い言葉使いをしてしまったと気づき、申し訳程度に最後の言葉を丁寧にした。
「……そう……。なんとなく見えてきたわ。『生徒会の在り方そのものが気に食わない』……なるほどね。偉い人の言葉をお借りするなら生徒の、生徒による、生徒のための生徒会運営。いまでもそれは実践しているところだと自負しているけれど、あなたはこれをより際立てたいのね」
理解よりも諦念に近しい姿を優し気な彼女に見た志澄はやや怒気を含ませながら続ける。
「もし自分が今、生徒会長であれば変化しつづけることを望みますよ。忙殺の上に成り立つ踏襲なんて退化と同義です。未来はいつの日も幻で、あるのは現在のみ。現状に不満が一片でもあれば変えていける者だけが真に至る存在だと考えています」
その言葉はまるで自分に言い聞かせるように語った。その場にいた生徒が気圧され、押し黙る。
静寂は青い彼に味方し始めていた。
「……それはあなたにできること?」
多くの期待と責を担う彼女からゆっくりと絞りだされる発露とその様は聡い子供が物欲しいそうにおもちゃを見つめる姿、そのものだった。
「いいえ。自分はやりません。彼女がやります」
仁王立ちし、どこか呆けた少女、アリステラを指さした。
「……」
言葉には出さないものの『あっ……』と四季は口を開ける。
数舜、唇を結び口角を上げながら頭をかくっと下げた。
「道之江副会長」
「はい」
擡げた顔から放たれる凛とした声は道之江に向けられる。
「エーヴァルト副会長が兼務している職がありましたね?」
「書記など事務的な役割を担ってもらっていますが……よろしいのですか?」
道之江はこれまでのやり取りからすぐさま四季の意図している事を悟った。
「北條君の理想を是非、実現してもらいましょう。彼の考えは必ずしも間違えではない。ですがその理想をどこまで貫けるか見届けさせていただきたいわ。どうかしら?」
その言葉は誰に問いかけるでもなく、その場にいる全員に諭すよう述べた。そして志澄のどこからともなく湧出した理想がこの㐂開学園で通用するかを試したいという私情をほのめかしているようだった。
「失礼!私はどうなるのだろうか?」
アリステラは臆さず、ただ自身の扱いを問う。
「ふふふ……そうね。あなたはミクリアさんのお友達みたいだし、彼女と一緒に活動してもらおうかしら」
よどみのない柔らかな、そしてどこか悪魔的な笑みを惜しみなく見せた。
「え!?」
驚天動地。ミクリアは思ってもみないことを耳にして、咄嗟に上品な上ずり声が出る。
「それは……特に役職はないということでしょうか。会長殿」
「生徒会の規程等には会長、つまりは私が必要としたとき、その職を用意する権限が与えられています。既存の役職のみにこだわらなければ……生徒会長付顧問(一年生代表)なんてどうかしら?」
「決裁権はないけど、あなたの考えはある程度、聞いてあげられるかと思うわ」
「それはありがたい!拝命します!」
突如として造られた謎の役に飛びついたアリステラは満足そうに頷く。そして四季は志澄を見つめる。
「その論説に期される活躍を楽しみにしているわ。北條志澄」
(魔女か物の怪の類か……)
敬称をつけずにフルネームで呼ばれた志澄は心の中でそう呟いた。