ビンの中の青い猫
猫って、せまいところが大好きですよね。
ダンボール箱に入口を開けてあげると、喜んで入ります。
せまいところで、やりたいことでもあるのでしょうか。
黒森 冬炎様の『狭いところで槍』参加作品です。
槍をふるって群がる敵をばったばったと倒していく、血沸き肉躍る冒険活劇……にはならないかも。
このお話は小学生の少年が近所のお姉さんに相談を持ち掛けるというものです。
既出小説の人物がでますが、前作を知らなくてもお楽しみいただけます。
その日、僕は近所に住んでいる実佳姉ちゃんの家に来ていた。
実佳姉ちゃんは、僕が困ったときに何でも教えてくれるスペシャルお姉ちゃんだ。
今回は、小学校での合同授業のことで相談をしにきたのだ。
小学校の僕のクラスと低学年のクラスとで、こんど共同で図工の授業があるんだ。
上級生としてお手本を見せて、一緒に工作をするというものだ。
テーマは『ペットボトルの再利用』である。
グループごとにオモチャを作ったり、生活用品を作ったりする。
僕らのグループは、何か芸術的なものを作ることになったのだ。
ということを、僕は実佳姉ちゃんに説明した。
「なるほど。それで浩二くんは、絵が得意なあたしのアドバイスが欲しいってことなのね」
「絵っていうか……。今回は工作の方を聞きたいんだ。実佳姉ちゃんが何年か前、小学校の夏休みの工作で作ってたやつ」
「え? あたし? 小学校時代にペットボトルで何か作ってたっけ? 覚えてないなぁ」
「夏休みの後で、宿題で作った作品が展示されてたでしょ。そこで僕は見たんだ。ビンの中に船が入っているやつ。青い猫の絵がついてた」
僕が言うと、実佳姉ちゃんはポンと手を打ち合わせた。
「あー……。ボトルシップか。なるほどね。ガラスビンの代わりにあれをペットボトルでやるのね。でも、その合同授業の工作って、基本は低学年にやらせるんでしょ。上級生は少し手伝うだけで」
「やっぱり無理かなぁ……。委員長のカナメちゃんが同じグループなんだけど、『すごいものを作りたい』って言ってたんで協力しようと思ったの」
「へー……」
あれ? 実佳姉ちゃん、今ちょっと機嫌が悪い?
「僕にはいい作品が思いつかないけど、前に実佳姉ちゃんの作品を見たとき、スゴイって思ったの。僕、あの作品好きなんだ。ああいうのが作りたいって思ったの」
「そっかそっか。じゃあ、ちょっと待っててね。やりようはあるかも」
実佳姉ちゃんは部屋を出ていった。
しばらくすると、手に透明なビンを持って戻ってきた。
ビンの中にヨットが入っている。
ヨットの帆に青い猫の絵があった。
でも、こんな形だっけ?
「実佳姉ちゃん、なんか船の形が僕が覚えているのと、ちょっと違う気がする」
「うん。あたしが小学校の時に提出したのは作り直した方だから。これは最初に作ったやつだよ。こっちなら低学年でもできると思う。ちょっと待ってね」
実佳姉ちゃんは机の上のパソコンを起動させた。
しばらく操作して、白い背景に黒い線で描かれた図面が表示された。
「見て。これがペーパークラフトのヨットの展開図。紙にこのまま印刷するんだよ」
「へぇ。じゃあ、それを切って、組み立てればヨットができるんだね」
「そうよ。まず紙のヨットを組み立てるんだ。帆と帆柱は一枚の紙だから。それを上からクルクル巻くの。そうすればヨットをペットボトルの口から入れられるよ」
実佳姉ちゃんはビンのコルクをスポンと抜いて、ビンの口を僕に向けた。
中のヨットが見える。帆をよく見ると、かすかに曲げた跡が残っている。
「船を入れる前に、先にボトルの底に両面テープを貼っておくの。ヨットの船室になるところは、中に紙を重ねたものをつめておくといいよ」
「船の中に紙を入れるのは、形がくずれないようにするため?」
「それもあるけど、ビンの底の両面テープに船をくっつけるためよ。細い棒で上から押さえつけるんだ」
実佳姉ちゃんはビンの中に長い鉛筆を入れて、ヨットをおさえた。
そっか。船の中が空洞だと、押さえるとつぶれちゃうかな。
「船が完全に底にくっついたら、棒を二本使って丸めていた帆をまっすぐに伸ばすの。それで完成。帆を丸めるのはボトルにいれる直前にしようね。クセがつく前にいれちゃうんだよ。余力があれば青いセロハンを切って、船の周りに散らすといいよ。円筒形のペットボトルの場合は、転がらないように外側に木の棒か紙で足をつけておこうね」
そう言いながら実佳姉ちゃんはプリンターに紙をセットして、パソコンを操作していた。
カタカタカタという音とともに、展開図が印刷されていく。
「ヨットのサイズを五百ミリリットルのペットボトルに合わせておいたわ。1つの紙に展開図が2つ分あるよ。6枚印刷したから12回試せるかな。足りなかったらコンビニとかでコピーしてね」
「うん。それだけあれば、みんなでできるよ」
「時間を考えると、合同授業の前に予め両面テープをペットボトルの中に貼っておいたほうがいいかもね。帆に絵を描くのは、展開図を切り取る前の方が描きやすいよ」
「わかった。ありがとう、実佳姉ちゃん」
* * * * * *
数日後、図工の合同授業が終わった後、僕はまた実佳姉ちゃんの家にやってきた。
完成品っていうか、昨日までに僕が作ったボトルシップを実佳姉ちゃんに見せにきたのだ。
これをお手本にして、授業でみんなでボトルシップを作ったんだ。
「へぇ、よくできてるじゃない。浩二くんも青い猫の絵を描いたんだね」
「うん。やっぱりこのイメージがあるから」
「で、浩二くんは委員長の子の期待に応えてあげられたんだ」
「……たぶん。カナメちゃんもボトルシップをほめてくれたけど、最初に作り方を説明してたからあまり驚いてなかった。低学年の子たちは最初は僕の見本でビックリしてたよ。どうやって中に入れたの?って」
「そっか。手品のタネを教えちゃったみたいだね」
「それにカナメちゃん。すごいものを作りたいっていうより、別のグループのコタロウくんと競ってたみたい。コタロウくんはペットボトルで空気鉄砲のオモチャを作ったんだ。一番ウケてた」
ペットボトルからたくさんの紙ふぶきを飛ばしていた。
掃除が大変そうだったけどね。
「ふーん。たしかに低学年には芸術品よりも、オモチャの方が人気がでるかもね」
他のグループでは、2リットルの大きいペットボトルを使ってガチャのカプセルがでる箱を作ってた。
そうそう。タイキくんがペットボトルを連結して槍をつくってたな。
イスに乗ってクルクル回してたら、マドカちゃんに怒られてたよ。
低学年の子たちにはウケてたけどね。
日用品のグループは貯金箱や霧吹きを作ってたな。
僕らの他にも芸術品のグループもあって、中に懐中電灯をいれてステンドグラスみたいなランプを作ってた。
僕が合同授業での出来事を話すと、実佳姉ちゃんは「みんなすごいねー」と感心したように言った。
実佳姉ちゃんは、棚に置いてあるものを取りあげて僕の前に置いた。
大きなハンカチみたいな布がかかっている。
どこかイタズラっぽい笑顔で、実佳姉ちゃんが僕を見た。
「それじゃあ、高学年の浩二くんはこれに挑戦してみる?」
そう言って、実佳姉ちゃんは布をパッと取った。
ボトルシップだ。ビンの中にヨットが入っている。
でも、帆柱は紙じゃない。木の棒でできている。
帆は布でできているみたいだ。
しかもロープを模した糸が船首の金具に結ばれており、その糸に帆がついている。
糸は帆柱のてっぺんの金具をくぐり、船尾の金具で結ばれている。
「え? え? これってどうやってビンに入れたの?」
そもそも船自体が、ビンの口より大きい。
僕が作ったみたいに帆柱を丸めて入れる……なんてのは無理だ。
部品をバラバラにして入れたとしても、どうやってビンの中で糸を結んだんだろう。
っていうか、僕が昔見た作品はこれだったんだ。
実佳姉ちゃんは別の紙箱を僕に見せた。
箱の中には細長い棒が何本も入っている。
槍を小さくしたみたいな棒がある。
先端にカッターの刃をつけた棒や、先が釣り針みたいな形の棒もある。
L字型の棒もあった。ピンセットを長くしたみたいなものも。
これって、ボトルシップを作るための道具かな。
「浩二くん。君は元々こっちの船を作りたかったんでしょ。作り方を教えてあげるよ。やってみよっか」
実佳姉ちゃんは、からっぽのガラスビンを取り出して笑った。
『狭いところで槍』企画への投稿作品ですが戦闘シーンがありませんね。
たぶん、企画内では一番狭いかも……
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