まったく同じことをしろって難しくない?
黒い外套を見に纏った骸骨が、どこか昔を懐かしむように遠いところを一瞥して語る。
「某のもっとも古い記憶は、ここだ。ここから始まっている。目を覚ますとここに居て、某に生前があったかどうかもわからない。記憶の中にあるのは、ダンジョンマスターとはどういう存在であるか、ダンジョンをどのように支配していて、どう活用すればいいかだけであった」
なるほど。
記憶だけ、か。
こうして話もできているし、生前もありそうな気がするが、無のグラノさんたちと違ってわからないのなら、どうしようもない気もする。
「某の記憶が始まって以来、ここに現れる者は一人も居なかった。ダンジョンを守るために己を鍛えつつも、一人で過ごす無為な日々、と言えなくもない。まあ、その分、一人で居ることにも慣れたがな」
フフ、と笑う黒い外套を身に纏った骸骨。
なるほど。
その結果が、花々に……いや、悪いことではない。
日々の中に活力となるモノ――たとえば小さな幸せを見つけて大切にすることは重要だ。
「だが、今の今まで人が現れることはなかった。某がこれまで己を鍛えていた日々はなんだったのか、ダンジョンを守るためにここに陣取っていた意味はなんだったのか……そう感じ始めていた頃――お主が現れたのだ」
「待望だった訳か。というか、ここでないとダンジョンは守れないのか? 別にそうでもないなら、外に出るとかすればよかったと思うが」
「出れなくはない。ただ、ダンジョンの仕組みとして、ダンジョンにはコアと呼ばれる、人で言えば心臓のようなモノがあり、それを守るのがダンジョンマスターの逃れられぬ使命なのだ。ある種の共生関係のようなモノで、ダンジョンコアが破壊されれば、ダンジョンだけではなくダンジョンマスターも死亡する」
「死霊系なのに? 死ぬのか?」
「そうだな。言い直そう。その場合は、存在そのものが消滅する、の方がただしい」
「消えるってことか。だから、守るためにここに居続けなければならない、と」
こくり、と頷く黒い外套を身に纏った骸骨。
でも――。
「正直なところ、そこの心配はまだまだ先というか、訪れるかわからないぞ」
「どういうこと?」
「ここが難所過ぎるからだ。ここが最下層なら、特に五階以降が無理。砂漠に海原に空とか、とてもではないが、普通は攻略できない」
「いや、お主がここにこうして居るが?」
「俺のは運だ。あと、ちょっとした無茶というか、本当に偶々ってだけで、またここまで来いと言われても無理」
「ほ、本当に?」
驚きつつも、まだ少し疑っているように見えた。
なので、別の事実を告げる。
「それに、ここができたのがいつかは知らないし、聞いた話だが、まだ地下六階までしか到達していない。多分だけど、それより先には進めないんじゃないか? 魔物の強さもそうだが、地下六階は海をどうにかしないといけないし、地下七階は空だ。海以上の準備が必要になるし、どう考えても今直ぐ攻略とはならないだろ」
「………………確かに。あれ? ダンジョンコアを守るために頑張ったが、もしかして頑張り過ぎたか?」
「まあ、悪いことではないだろうし、頑張り過ぎってことはないんじゃないか。それに、そうして難関になったからこそ、少しくらいなら外出しても大丈夫な状態になっている訳だし」
「そうだな! 確かにその通りだ! そうか! 出れる! 某、出ても大丈夫なのか!」
黒い外套を身に纏った骸骨が両腕を上げて喜ぶ――が、ピタッと動きがとまったかと思うと、ゆっくりと両腕を下して……そのまま両手で顔を覆った。
「……外、怖い」
どうやら、長年ここに引きこもっていた影響が出ているようだ。
「いやいや、今外ってどうなってんの? 何が起こるかわからないとか怖いんですけど! というか、そもそもの話として、某、死霊系だ! 見た目、リッチだ! 声なんてかけようものなら逃げられること間違いなし! いや、逃がさないけど……そうではなくて!」
あああああ……と混乱し始める、黒い外套を身に纏った骸骨。
久々に外に出るということで、緊張したのかもしれない。
ただ、俺は嫌な予感がしていた。
「せめて……そう、せめて壁となるような、某がこんなでも怖がらずに傍に居てくれる者が居れば、落ち着いて対応できる……しかし、そんな都合良く居る訳がない。そんな人物が……人物が……」
黒い外套を身に纏った骸骨が、ゆっくりとこっちを見てくる。
その動きに合わせて、俺はゆっくりと空間の奥を見る。
もちろん、目は一切合わせない。
「出口、あっちだよな。それじゃ、話もしたということで」
奥に行こうとする俺の足に、黒い外套を身に纏った骸骨がしがみついてきた。
「置いていかないで! 一緒! これから一緒に行動しよ! ね!」
「嫌だ。拒否する」
「拒否することを拒否する!」
何言ってんだ、こいつ。
「あっ、もしかして、某の見た目が気になる感じ? 外聞が悪いとか、そういう……でも大丈夫! 某、姿消せるから! お主以外に見えないようにすることできるから!」
「……なら、それで行動すればいいだろ」
「一人は寂しいでしょ! 某に人と触れ合うことの温かさを感じさせておきながら、捨てていくのは酷いよ!」
「変なことを言うな」
「そ、それにアレだから! 某を一人で行動させると、驚きで即死魔法かけてしまうかもしれないし、それはお主も嫌でしょ!」
「俺のせいみたいに言うな!」
「連れていってくれるまで、絶対に離さないぞ!」
黒い外套を身に纏った骸骨から覚悟を感じる。
地べたに這っているような体勢だが、本気のようだ。
……なんかお化けに憑かれたように見えて怖い。
「………………わかった。連れていけばいいんだろ」
根負けした俺がそう告げると、黒い外套を身に纏った骸骨は俺の足を放して直ぐに立ち上がり、勝利した時のように天に向かって顔を向け、両手をグッと握ってガッツポーズを取る。
……これ、今だったら逃げられるな。
あとが怖そうなのでやらないが。
とりあえず、アレかな?
黒い外套を身に纏った骸骨が仲間になった――ということでいいのだろうか。




