灯台下暗し=死角ってこと
照りつける太陽。透き通った青空。青い海原。
以上。状況確認終わり。
何もない海の上――空中に、俺は竜杖に乗って漂っていた。
前後左右を見ても、空と海を分ける地平線しか見えない。
つまり、陸地なし。
この場に現れるきっかけとなった空の穴は、もう影も形もなく、そもそもどこにあったかもわからない。
ひしひしと嫌な予感――生命の危機が押し寄せてくる。
このままここに居ることになったら……いや、そもそもここはどこだ?
状況を少しでもよくするために振り返って考える。
まず、世界にはスキルと呼ばれる超常の力があって、俺の生まれ育った国ではそのスキルだが基準となる「スキル至上主義」が――いや、これは振り返り過ぎだ。
まだ動揺しているのかもしれない。
深く一呼吸して振り返る。
巨大ロックワームに喰われて、切り刻むと砂漠だったけど、今度はもっと大きなサンドワームが現れたから、光り輝く剣を巨大にしてそのまま切り裂きながら通過すると……海だった。
いや、わからん。
……待てよ。
巨大ロックワームの時の周囲の環境は岩山だったが、それが砂漠、海と変化した。
それで、もし魔力を増し増しで注いだ光り輝く剣に階層を貫くだけの威力があったのだとしたら、岩山→砂漠→海、と二層分をぶち抜いて今に至るということになる。
ということは、地下四階、地下五階ときて、今ここは地下六階……てこと?
………………。
………………。
あれ? これってすごいことでは?
確か、これまでの最高到達階は地下六階って聞いた憶えがある。
歴史の到達点に辿り着いてしまったようだ。
これだけでもすごいことだと思うが、もし先に進めば歴史を塗り替えることになる。
それは――偉業なのでは?
そう上手くいけば、だが。
というのも、今ならわかる。
このダンジョンは広大であり、洞窟、草原、森、岩山、砂漠ときて海はキツイだろう。
色々と準備をしても、ここに来るまでそれが無事とは限らないし、準備したとしてもそれで上手くいくとは限らない。
過酷過ぎる。
しかし、俺はそれを越えようとしている。
もし越えて、そのことを報告すれば、この国の後世の歴史に残るかもしれない。
まっ、問題は地上に戻る手段がないことだが。
正規の手順で来た訳ではないから、どこをどのように進めばいいのか……それに、今は海しかないような場所だから、方向、指針となるようなモノも一切ない。
オワタ。
適当に進めば、そのまま迷って、照り付ける太陽に焼かれて干からびる結末しか見えない。
リゾートとしてなら気持ちいい環境かもしれないが、今は気持ちいいなんて思えない。
本当にどうしたもの……はっ!
「そうかっ! わかった!」
思わず声に出てしまうが、それだけの発見だ。
いや、妙案と言える。
今日の俺は――いや、今日も俺は冴えている。
「早速。『帰還』」
竜杖に魔力を流す。
これで地上までというか、ラビンさんの隠れ家まで戻ってしまうが、仕方ない。
今は戻れるだけ嬉しい……ので、できれば動いて欲しいのだが、竜杖は一切動かない。
「あ、あれ? 竜杖、さん?」
思わず、さん付けしてしまうが、声をかけても竜杖は動かない。
感覚的な話になるが、なんか出口がわからなくて迷っているような……。
ついでに、申し訳なさと、悔しさのようなモノも。
これまでのことを思い返すと、なんかこの竜杖に意思が宿っているのでは? と思うが……それならそれで楽しそうだが、きっと気のせいだろう。
竜杖の「帰還」で戻れないのは、もしかすると、ここがダンジョンの中だからかもしれない。
今度、ラビンさんに聞いてみるか……まっ、戻れたら、だが。
どうしたものかと周囲を見るが、何も変わらず海原が広がっているだけ……ではなかった。
人の視界には死角があるし、通常上下左右は見ても、真上、真下はしっかりと見ない場合がある。
今もそうだった。
真下に、小さな島があった。
木が二本立ち、中央には白い建物がある。
神殿のように見え……早速向かう。
ざぱぁん! と大きな水飛沫が上がり、お城くらい巨大なイカが海中から姿を現す。
同時に、その触手が俺に向かってきた。
「ちょっ! いきなり現れるなよ! 『白輝 呪縛を断ち切り 戒めを解き放つ 眩く白き輝刃 光斬剣』」
はい。暴走状態継続してました。
巨大なイカを細切れにした――かと思えば、今度は反対側から人を丸呑みできそうな大きさの魚の群れが矢の雨のように襲いかかってくる。
「なんだ、これは! 『白輝 闇を裂き 流星のように降り注ぐ 拡散する一筋の煌めき 光輝雨』」
本来なら、夜空に流れる星のように光球が敵に向かっていくのだが、残念ながらこちらもまともに発動しなかった。
光球ではなく、帯状の光が視界を埋め尽くさんばかりに照射される。
違う。そうじゃない。と思うが、効果は劇的。
巨大魚の群れは俺に近寄ることもできずに、すべて焼き貫かれる。
そうしてゆっくりと小さな島に向かって下りていくと、巨大魚の群れは消え、代わりに先端の尖った貝が数十、数百と海の中から飛び出してきて、回転しながら俺に迫ってきた。
「近付けさせない気か!」
なら、俺も容赦はしない、と暴走しがちな魔法ですべて撃ち落とし、薙ぎ払い、小さな島に近付けば近付くほどに、海から迫る攻勢は強くなっていくが、魔法でゴリ押した。
結果から言えば、小さな島に下り立つと攻勢はやみ、無事に到着。
戦利品は、豊富な海の幸。
海が蒸発して抉れるような大穴ができたが、今は穏やかな海に戻っているので問題ない。
そして、白い建物――神殿の中には、下に向かう階段があった。




