抑えられないから衝動と言う
新たなに光のレイさんの記憶と魔力を受け継ぎ、翌日。
俺はトゥーラ国、王都・レゾールに早速戻ることにした。
無のグラノさんたちだけではなく、母さんとリノファにも「いってきます」と告げて、竜杖に乗って出発する。
決して、ここで出される料理に恐れた訳ではない。
いや、普段はなんの問題もなく普通なのだ。
寧ろ、母さんとリノファが居ることで、さらに良くなったと言えなくもない。
けれど、また、いつ、例の料理の品評会が行われるかわからないのも事実。
昨日はなかった。でも、今日はあった。
なんてことになりかねない。
ただ、その時に居たくないだけである。
そう……別に恐れている訳ではない。
いつか、その時の記憶を失うことになりそうなほどの衝撃を与えらそうなのが……いや、なんでもない。
とりあえず、火のヒストさんからはあまり無理するなと言われたが、今度はしっかりと調べ終わるまでは戻らないつもりである。
そのためには、やはり冒険者ギルドで調べる必要があるのだが……問題は冒険者ギルドマスターだろう。
あいつにお願いするのは嫌だし、副ギルドマスターの方にお願いしてみるのはいいかもしれない。
一応、伝手はあるし。
そこを取っ掛かりにして動いてみるか、と今後のことを考えていると――。
「キャー! 誰か助けてえー!」
女性の悲鳴が聞こえる。
聞こえてきた方に向かうと、草原の中を駆け抜けている人たち――服装から冒険者だと思われる女性たちが居た。
いや、駆け抜けているのではなく、追われているのだ。
女性たちを追っているのは、見ただけでわかるほどの欲望丸出しのオークが一体。
まずは牽制だと、火の玉を放つ。
ぐん、と予想より魔力が流れ、火球というより炎球と言うべきモノがオークに向けて放たれる。
別に気を抜いた訳ではなく、火属性はそれなりに成功率が上がっていたはずなのだが、それでもこうして失敗したのは、新たな魔力を得た影響かもしれない。
それでも、今回はまだ大丈夫な方だ。
炎球の威力なら、オークに対して牽制ではなく倒すことができるだろう。
これで女性たちを助けることが――。
「でゅふっ!」
炎球が当たる直前、オークは空中に飛び上がるように一回転して避けた。
避けられた炎球はそのまま地面に衝突し、そこを中心にした小さな範囲の草をすべて燃やし尽くす。
「………………は?」
およそ鈍重な体躯のオークとは思えない動きに一瞬思考がとまるが、避けられたという事実は変わらない。
それと、女性たちの危機的状況も。
それならば、と今度は連続で炎球を放つ。
十数発を放ったが、そのどれもが回避されてしまう――が、効果はあった。
炎球に気を取られたからか、オークが女性たちを見失う。
キョロキョロと周囲を見て、女性たちが居ないとわかると動きをとめた。
女性たちの方は、どうやらこちらに気付かず逃げたようだ……まあ、いっか。
まずはオークを倒さないと――と見れば、崩れ落ちて、地面を強く叩き出した。
「くそっ! くそっ! またか! くそっ!」
何やら酷く憤慨しているようだ……喋っているな。
普通の魔物かと思っていたが……どうやら、これまでに出会ったことがあるのと同じようだ。
さて、どうしたものか……人を襲っていた訳だし、やはり倒した方がいいだろうか……と思っていると、オークは俺に気付き、憤慨するのをやめてこちらを見てきた。
その目には先ほどまでの欲望は一切なく、理性の光が宿っている。
「どうやら迷惑をかけてしまったようで、まことに申し訳ない」
オークが立ち上がり、俺に向かって頭を下げる。
そういう態度を取られると……なんかやりづらい。
オークから少しだけ距離を取った場所に下りる。
「どうやら、そなたのおかげで女性を襲わずに済んだようだ。本当に感謝する」
再度、オークが謝ってきた。
それにしても、随分と気になることを言う。
「まるで、襲いたくなかった、と言いたげだな。オークなのに」
「そうなのだ! オークなばっかりに、某は! ああ!」
「いや、落ち着いて。な?」
「ふうーふうー……すまぬ。また取り乱してしまった。しかし、それこそが某の悩みなのだ」
「悩み?」
「うむ。もう見られてしまっているし、隠す必要もないであろう。恥を晒すようだが、某は……その……女人を前にすると……その……オークという種としての本能に負けて……暴走してしまい、本能の赴くままに襲いかかってしまうのだ」
思い出すのは、最初に見た欲望丸出しのオーク。
「これまで己を律するために色々と試してみたのだが……駄目だった。抑えることができない。どうやら、他のオークよりも、某は性欲が強いようだ」
「それは……その……大変です、ね」
「わかってくれるか!」
いや、わからない。
「某だって女人とキャッキャウフフとしたい。しかし、それを阻む己の本能が、溢れんばかりの性欲が憎い」
ああー……と泣きそうな表情を浮かべるオーク。
いや、それ以前の問題だと思うが、それは言わない方がいいだろう。
「まあ、ほら……世の中には色々な性癖もあるし、中には大きく柔らかい体に抱き着きたいって人も居るかもしれないし」
「……それは無理なのだ」
「え? 無理?」
「うむ。先ほども言ったが、己を律するために、これまで某は主に体を鍛えてきた。健全な肉体に、健全な精神が宿ると信じて。その結果が、これだ」
オークが、ムンッ! とポーズを決める。
それの何が……いや、待て。
よく見ると、このオークの体……全身脂肪ではなく筋肉だ。
こいつ、筋肉でできてやがる。
「その表情。どうやらわかっていただけたようで」
なるほど。
驚異の身体能力……いや、筋力で俺の炎球を避けたのか。
……それはそれでなんか悔しい。
「同志ですか?」
「いえ、違います」
理解したからといって、同種と組み込まないで欲しい。
ただ、深刻さはなんとなく伝わってきた。
「某は……もう女人とキャッキャウフフができないのだろうか?」
絶望的な表情を浮かべるオーク。
いや、これまでにあったように言うな。
……仕方ない。
「あー……これは噂なんだが」
そう前置きして、俺はどこかにある魔物の村に、魔物を転職させることができるというパネェ神官が居ることを伝える。
先ほどとは打って変わって、オークの目には希望が宿っていた。
「ありがとう! 同志よ!」
「いや、だから、同志ではないから」
勝手に仲間にするな。
オークは俺に感謝の言葉を述べながら、これからどこかにあるという魔物の村を目指すと、草原の向こうに消えていった。
これが、のちに「賢豚」と呼ばれるようになる、常に悟りを開いた状態のオークとの出会い――にはならないな、これ。
いくら転職できたとしても、暴走するような性欲がどうにかなるとは思えない。
このままここに居ても仕方ないので、王都・レゾールに向けて出発した。




