いきなり全部理解しろは難しい
「うむ。我のことを、親しみを込めて『カーくん』と呼ぶことを許そう」
「ありがとうございます」
巨大な竜――カーくんがそう言うので、素直にお礼を言っておく。
親密なご近所付き合いができそうだ。
ここがダンジョンだと考えると、非常に頼れるご近所さんである。
ただ、ここに居たのは――ご近所さんはカーくんだけではなかった。
「あはははははっ! まさか、カーくんとこんな直ぐ打ち解ける人間が居るなんて思わなかった! 普通はビビるか、逃げ出すからね!」
そう言うのは、スケルトンさんたちではない。
カーくんと共に居た者。
黒髪黒目で、どこかやる気がなさそうな表情を浮かべている、俺と同年代くらいの男性。
普通のシャツに短パンと、動きやすく快適そうではあるが、ここがダンジョン最下層だと考えると、場違い感は否めない。
「ああ、ボクはダンジョンマスターのラビン。ここの管理をしている者だよ。よろしくね」
手を差し出されたので、自然の摂理のように握手を交わす。
この人が俺の傷を治してくれた人だと、無のグラノさんが教えてくれる。
「治してくれてありがとう……ところで、ダンジョンマスター? 管理?」
「そう。ダンジョンマスターは、その名の通りダンジョンを管理……いや、掌握、支配していると言った方が正しいかな。そんな存在だよ。簡単に言うと、階層を増やしたり、魔物を配置したり、宝箱を設置したりするんだ」
凄いでしょ? とダンジョンマスター――ラビンさんは胸を張る。
「といっても、全部のダンジョンにマスターが居る訳じゃないよ。寧ろ、ダンジョンマスターが居るダンジョンの方が希少かな。大抵はダンジョンコアっていう物体が自動制御しているからね」
「なるほど。珍しいということだけはわかった」
「あはは。それでいいよ」
ニカッと笑うラビンさん。
そんな人間が居たなんて……世の中は広いな。
「あっ、ちなみにこういう姿だけど、人間じゃないからね。ダンジョンマスターって種族だから」
よくわからないが、人間ではないということだけ憶えておけばいいと言われたので、頷いておく。
ただ、ラビンさんの言葉の中に、気になることがあった。
魔物の配置――つまり、言葉通りであれば、ダンジョン内に居る魔物は、すべてラビンさんが用意した存在ということになる。
それは――とカーくんを見る。
「……ああ、カーくんは違うよ。随分と前に、静かに眠れる寝床が欲しいと言うから用意して、そこからずっと住み着いているだけ。でも、滅茶苦茶強いからね。ついでにここの最終ボスをお願いしているんだよ」
むんっ! と力強いポーズを取るカーくん。
なるほど。と思うと同時に、あることに気付く。
ラビンさんがこのダンジョンを管理しているということは――。
「もしかして、ラビンさんに頼めば、ここから出ることができる?」
その可能性に気付き、口にしつつ期待を込めてラビンさんを見る。
ラビンさんは笑みを浮かべ――。
「うん。もちろんでき――」
言い切る前に、無のグラノさんがラビンさんの口を手で押さえて連れ去って、少し離れた位置でこそこそと内緒話を始めた。
いや、あの……せめて、「る」なのか、「ない」なのか、焦らさずに教えてからにして欲しい。
内緒話はそれほど時間がかからずに終わった。
無のグラノさんとラビンさんが戻ってくる。
「できるんだけど、ここは地下212階だからね。地上までを繋ぐとなるとちょっと時間がかかるかな。だから、ちょっとこのままここで待ってくれない?」
言いたいことはわかる。
なんの準備もなく、ここから地上に出るのは無謀としか言えない。
「待つのは、どれくらいだろうか?」
「う~ん。どうかな?」
ラビンさんは、無のグラノさんに尋ねる。
無のグラノさんは考える仕草を取った。
「そうじゃの……詳しく教えるのはあとでもできるじゃろうが、今のところはアルム――お主次第じゃ。頑張れば頑張った分だけ、早くなると言っておく」
「お、俺次第?」
どういうことだろう? と首を傾げる。
同じように、カーくんも首を傾げていた。
なんとも気が合いそうだ。
しかし、他のスケルトンたちはピンとくるものがあったのだろう。
「まさか、こいつでやろうってのか?」
「大丈夫なの?」
火のヒストさんと、妖艶なスケルトン――土のアンススさんが、無のグラノさんに問う。
「適正はある。魔力の器も充分。生い立ちを聞いて、大丈夫じゃろうとワシは判断した。あとはお主たちと当人次第じゃ」
スケルトンたちの視線が俺に集まる。
何かポーズでも取った方がいいだろうか?
「……わかった」
気怠そうなスケルトン――光のレイさんが納得を示し、他のスケルトンたちも特に文句はないようだ。
「……どういうことだ?」
カーくんが俺に尋ねてくるが、俺もさっぱりである。
「まっ、そこら辺の説明はあとでされるよ。ボクの方もそっちに合わせるから、早ければ一月くらいで出られるかもね」
ラビンさんがそう纏める。
まあ、出られるのならいいかと、俺も納得した。




