挨拶は会釈だけでも大事
ダンジョンの最下層――現在地下212階まで落ちてしまった。
これから先のことはわからないが、少なくとも普通に脱出しようとしても無理だということはわかる。
でも、母に俺は生きていると伝えたい。
そのために出るための努力は、何かしら続けた方がいいような気がする。
ただ、それはどのような努力だろうと考えつつ、スケルトンたちの居住区があるそうなので、まずはそこに向かうことになった。
「あっ、でも、その前に、ご近所さんに挨拶しておくとしよう」
年長者っぽいスケルトン――確か、グラノさん……覚えやすく、得意属性と紐付けて、無のグラノさんと呼ぼう。
その無のグラノさんがそう言うと、他のスケルトンたちも同意を示す。
「確かに、間違って食われでもしたら、しゃれにならないからな」
赤い衣服のスケルトン――火のヒストさんがそう言って豪快に笑う。
「そんな物騒なご近所さんが居るのか?」
少し居住性について熱い議論を交わしたい。
ただ、ここはダンジョンの最下層。
物騒なこと、者しかいない気もしないではない。
それに、よく考えればわかることだ。
そこに骨と肉があるのなら、誰だって肉に飛びつくはず。
つまり――。
「……ここまで安心させたのはすべてこのための布石。緊張し過ぎると強張り続けて肉が硬くなるとかそんな理由だったに違いない。今明かしたのは、恐怖という名のスパイスをトッピングするためで――」
「おい! また変なことを言い出したぞ!」
「ヒストが食われるとか言うからじゃない?」
「しっかりしてください! 食べられません! 食べられませんから!」
黒い衣服のスケルトン――闇のアンクさんに揺さぶられて、思考が遮られる。
どうやら違ったらしい。
ホッと安堵するが……どうして火のヒストさんが、青い衣服のスケルトン――水のリタさんに殴られているのだろうか?
―――
俺が落ちたところは通路に繋がり、その通路を少し進んで案内された場所にあったのは、大きな扉。
「……なんか、ダンジョン最奥にあるというボス部屋のような」
「鋭いの。正解じゃ」
そう言って、無のグラノさんが大きな扉をノックする。
何かの合図なのか、コンココココココン、とどこかリズムを奏でていた。
「……うむ。入って良いぞ」
少しして、中から入室の許可が出る。
スケルトンたちが扉を開けて、なんでもないように中に入るので俺も続く。
扉を抜けた先は村や町がすっぽりと入ってしまいそうなくらいに広大な空間だった。
それでも中はまったく暗くない。
ところどころに周囲を明るく照らす人工物――細長い棒の上に輝く石が置かれているモノが立っているからだ。
そして、この空間の中央に――主が居た。
人が容易に飲み込めそうなほどに大きく、黒い鱗に覆われている体表には、ところどころ稲妻のような白い紋様が走っており、三対――計六枚の大きな羽を持つ、竜。
これが……ご近所さん?
………………。
………………。
ん? あれ? 竜だと怖いが、ご近所さんという表記で上書きすると、不思議と怖くないな。
相手は竜だが、顔を会わせれば「どうも」と会釈くらいの挨拶はできそうだ。
いやいや、待った。
まだ竜がこの空間の主で、ご近所さんと決まった訳ではない。
先入観は捨てた方がいいかもしれない。
緑マフラーのスケルトン――風のウィンヴィさんが竜を指し示しながら教えてくれる。
「あれがこの部屋の主で、このダンジョンにおける最強戦力である、カーくん」
先入観が、「じゃあ、お先に」と自ら出て行った。
いやいや、待って欲しいが――先入観がなくなったことで現実を見るしかない。
「カ、カーくん?」
「そうだよ。カーくん。確か、『この世を照らす聖なる光と、この世を覆って染める魔の闇。対極の力、存在、性質を一つの身に宿す究極生物。究極聖魔竜――「Chaos」と呼ぶと良い』だったかな」
「今のはなんだ?」
「え? カーくんの自己紹介時の謳い文句だよ。ここを訪れた者に披露するために必要だからと、僕たちも一緒に考えた。ただ、僕たちは親しみを込めて『カーくん』って呼んでいるけどね」
僕、たち?
「カーくん。新しい仲間を連れてきたから」
「食べるなよ、カーくん」
他のスケルトンたちも、同じように「カーくん」呼びだった。
さすがに初対面でその呼び方はまずいだろうと思っていると、押されるように前に出される。
巨大な竜が俺をジッと見始め、俺は俺でどうしようかと悩む。
近付いて、より自分という存在が小さなモノだと自覚する。
「……ふむ。『よくぞきた! 我こそ、この世を照らす聖なる光と、この世を覆って染める魔の闇。対極の力、存在、性質を一つの身に宿す究極生物。究極聖魔竜――「Chaos」である!』」
巨大な竜が両腕を大きく動かしながら、威厳がありそうなポーズを取った。
その瞬間、俺の中に雷が打たれる。
「『貴族の仕打ちによって痛覚耐性と精神耐性を得て、様々なことを押し付けられてありとあらゆる家事を習得した者――「アルム」!』」
似たようなポーズを取る俺。
巨大な竜と見つめ合い……ガッシ! と握手を交わした。