サイド 各国 反撃 4
海洋国家・シートピア。
その名が示すように、陸よりも海に強い国であり、海上貿易によって大いに潤っている国である。
邪神による魔物大発生は陸からだけではなく海からも襲いかかってくるため、現在の状況は挟撃されているようなモノであった。
「はあ……はあ……ふう……それで、こちらの状況はどうなっている?」
海洋国家・シートピアの女王であるグラスが、王都の港に急遽作られた対策本部に現れて尋ねる。
グラスは疲労を露わにしていた。
先ほどまで陸から襲いかかる魔物たちを相手に戦っていたからである。
女王であろうとも戦えるのなら戦う――それだけのこと。
ただ、この国の女王である以上、陸だけでなく海も気にしなければならない。
だから、休憩も兼ねて海側の様子を確認しに来たのだ。
この場の責任者である騎士がグラスの問いに答える。
「状況は変わっておりません! 時折大型が現れていますが、海軍の方で対処しており、港まで近付けさせていません!」
「そう……」
グラスは思案する。
疑問があるからだ。
先ほどまで陸から襲いかかる魔物と戦い、魔物の強さもそうだが数も増えていると肌で実感していた。
実際のところは、魔物は巨大な黒い球から出続けているため、殲滅力が勝っていないと増える一方で減らせられないのである。
状況が変わらなければそう遠くない内に破綻するとグラスは考えていた。
だからこそ、可能であれば人手を増やしたいと、海側の状況を確認しに来たのである。
だが、海側の方は状況が変わっていなかった――という返答に、グラスは少しだけ困惑した。
陸側の状況が厳しくなっているのだから、海側の状況も厳しくなっているはず、と思っていたのだ。
(海軍が――それとドレアの『青緑の海』が上手くやっているだけならいいんだけど……)
嵐の前の静けさのような、何か不気味な雰囲気をグラスは感じて、今海側の人員を動かすのは危険かもしれない、と判断する。
―――
海側の状況が変わっていないのは、海軍と「青緑の海」の頑張りによって――というのもあるが、それだけではない。
ここは海洋国家・シートピアである。
たとえば漁師といった、他にも海上戦闘が可能な船持ちたちが居て、その協力があればこそ。
そして、その協力している者たちの中に、海神の船に乗って人知れず戦う「青い空と海」が居た。
人知れず行動しているのは、「青い空と海」はゾンビとスケルトンの一団であるため、見ようによっては――いや、事情を知らなければどう見ても魔物側に見えるからである。
仕方ない。
となると「青い空と海」だけで行動しなければならないが、海神の船は海の魔物に襲われないという特性持ちの特別な船で、それは邪神による魔物大発生の魔物であっても効果があるため問題なかった。
だが、海の魔物に対して一方的に攻撃できたとしても、「青い空と海」は一団でしかなく、倒せる数は全体からすると一部である。
いや、この場合は一部とはいえ一方的に倒せるだけでも充分だと思う。
ただ、何も魔物は海から来るばかりではない。
「船長! 新手です!」
望遠鏡を覗いて周囲を監視していた船員ゾンビの報告に、船長スケルトンであるゼルが反応する。
「数は!」
「三体! ただ、その内の一体が相当でかい! 下手すりゃ最上位かもしれませんぜ!」
その報告を聞いた者たちの間に緊張が走る。
何しろ、海神の船は確かに海の魔物には絶大な効果を発揮するが、空の魔物にその効果は及ばないのだ。
実際、空から来る魔物とは何度か交戦していた。
その姿――人の何倍も大きな鷹のような魔物の姿が見えてきたところで、船員ゾンビの一人が震えながら口を開く。
「やべえよ。今度こそ、俺のこの肉体が狙いだ」
「はあ? 誰も腐肉なんて欲しくないだろ。寧ろ、狙いはこの俺の骨だ。巣作りに使うに違いない」
船員スケルトンが呆れるように言う。
「はあ? あの大きさを見ろよ。巣を作るのにどれだけの数が必要になると思ってんだ」
「それはお前、集めるんだろ。骨を集めるだけに、骨骨と……わりぃ。さすがに今はこんなのしか思いつかなかったわ」
「謝んなよ。あんなでかいのが相手じゃな……だが、悪いと思うなら生き残れよ。生きて芸の腕を磨け……骨骨とよ」
それな! と船員ゾンビと船員スケルトンは指差し合う。
――「青い空と海」はいつだって変わらない。
だからこそ、かもしれない。
固めた覚悟は杞憂で終わる。
一陣の風が吹いた。
空から海神の船へと襲いかかろうとしていた魔物三体すべての頭部と胴体が離れ、海へと落ちていく。
何事かと戸惑いを見せる「青い空と海」。
そこに空から声が聞こえてくる。
「いやあ、ごめんごめん! 他のところをどうにかするのが思いのほか時間かかっちゃって! この体だと色々できるか楽しくてさ……遅れてごめんね!」
空に居たのは――薄い緑のくせ毛に、あどけなさが残る顔立ちの少年――実際は成人しています――で、身の丈よりも少し大きなローブを身に纏い、ゼルに向けて手を合わせて謝る――風のウィンヴィだ。
ちなみに、空に浮いているのは「装着式戦闘用外殻」にファイたちが空中移動のために身に付けていたのと同種の魔道具が取り付けられているからである。
「ウィンヴィさまっ!」
ゼルが喜びの声を上げた。
船員ゾンビと船員スケルトンたちも同様に喜び、あるいは感謝の声を上げる。
また「装着式戦闘用外殻」について教えられていたのだが、当時そのままの姿を見て誰もが追想する。
ただ、当時とは違う部分もあった。
魔力量が違うため、使用魔法の規模が違うのである。
「ん? 下にでっかいのが居るね! 【詠唱破棄】巨大竜巻」
風のウィンヴィが魔法を使う。
風が吹き荒れ、海上に視界を埋め尽くすような巨大な竜巻が起こる。
それが人為的であり、恐ろしいまでに制御されていると示すように、海神の船に吹き荒れる風の影響は一切なかった。
さすがに波は起こるので揺れはするが、それだけである。
巨大な竜巻は海水を巻き込みながら海中へと進んでいき――広大な海において海水が一切ない、奥深くの海底まで見えるぽっかりとした空間の穴を作り出す。
海底には多くの海の魔物と、その中でも目立つ一際大きな鮫の魔物――シャークキングが居た。
魔物たちは海の中に戻ろうとあがくが、竜巻によって阻まれている。
風のウィンヴィがさらに魔法を放つ。
「あはっ! 丸見えだね! 【詠唱破棄】風の刃の輪舞」
風の刃が雨のように降り注いで、穴の中の魔物たちを一体も残らずすべて斬殺していく。
これから海も含めて各地で吹き荒れる風は、海洋国家・シートピアにとっては追い風、魔物たちにとっては向かい風となる。




