サイド 対黒ローブ 10
黒い靴を履いた者、黒い盾を持つ者、黒い剣を持つ者。
その三人がやられて落ちていく様を、黒い杖を持つ者は見ていた。
黒いローブの者たち――邪神の僕で残っているのは自分だけか、と黒い杖を持つ者は思う。
どうしてこうなった? というのが黒い杖を持つ者の今の心境であった。
というのも、邪神との繋がりがなくなるということは、邪神の身に何か良からぬことが起きたということになる。
そのようなことが起こるとは到底思えなかったからだ。
邪神の身に何が起こったのか、黒い杖を持つ者はわからない。
わからないが……邪神との繋がりがなくなる前に黒い杖を持つ者は球体魔法陣を見た。
それで何が起こった結果でこうなったのかはわからないが、球体魔法陣が原因なのは間違いないと黒い杖を持つ者は確信している。
それを行ったのが、アルムである、ということも。
その証拠として、莫大という言葉では片付けられないほどの魔力がアルムから動いたことを感じ取っていた。
「……あの魔法使い……あの時、しっかりと死んだことを確認しておけば良かったよ」
そう口にしつつ、今は自分の死が間近に迫っていることを黒い杖を持つ者は察し――視線を向ける。
視線の先に居るのは――「人類最強」。
「人類最強」は剣呑な雰囲気を発していた。
「……そうか。不死、不滅ではなくなったか。……なら、次で終わりだな」
「人類最強」はこれから殺すと見せつけるように拳を強く握る。
表情は見えないが黒い杖を持つ者は笑みを浮かべていた。
その笑みが引きつるのを感じる。
「まあ、そう言わずに、もう少し遊ぼうよ」
「……その気はない。最初から」
「まあ、そうだよね。でも、そんな簡単に殺していいの? 憎いんでしょ? だったら、もっといたぶった方がいいんじゃない? それで、飽きたら殺す。それでもいいと思うけど?」
もちろん、黒い杖を持つ者はそれを受け入れる気は一切ない。
単に時間を稼ぎたいだけだ。
黒い杖を持つ者は、自分以外の黒いローブの者たちは倒され、倒した者たちは無事というこの状況で、今更自分が生き残れるとは思っていない。
何しろ、相手をしている「人類最強」からして自分よりも強いのだ。
それくらいの分析はできる。
だから、操ることで「人類最強」という脅威から逃れていたのである。
結果、ここまで恨みを買う形になってしまったが。
ともかく、それでもそのような提案をしてまで時間を稼ぎたかったのは、それが生き残れる唯一の道だと思ったからである。
黒い杖を持つ者は、時間を稼げば邪神がどうにか――この場の者たちを皆殺しにする、という希望に縋った。
「なんだ? まだ殺ってないのか? なんなら、手伝ってやろうか? 一応、協力している訳だしな」
声がかけられる。
その対象は黒い杖を持つ者ではない。
「人類最強」である。
声をかけたのは、この場の近くまで飛んできたファイ。
「人類最強」はファイの方を見ずに口を開く。
「……必要ない。休んでいろ」
「休め、ね……まっ、なんか訳ありみたいだし、手を出すのは野暮っぽいな。まあ、お前がやられたら代わりに俺がやっといてやるから安心しろ」
「……ふっ。それは要らぬ心配だ」
ファイは肩をすくめ、「人類最強」は黒い杖を持つ者に向けて近付いていく。
黒い杖を持つ者は、手に持つ黒い杖の先端を「人類最強」へと向ける。
「舐められたモノだね。そう簡単に自分を殺れるとでも?」
言い終わるのと同時に、黒い杖を持つ者が魔法を放つ。
焼き尽くす炎、凍り付く刃、引き裂く鋭利な風、圧し潰す質量の土塊、消し去る黒球など、一度ではなく何度も、様々な属性の殺傷性の高い魔法を放った。
ただ、どの魔法も「人類最強」が近付くことへの妨げにはならない。
僅かな傷を負わせるか、あるいは「人類最強」の拳で消し飛ばされるか、であった。
「人類最強」が黒い杖を持つ者へと近付いていく。
黒い杖を持つ者はこの場から逃げることを選択することもできた。
けれど、しない。
いや、できない。
選択肢としてあるだけ。
既に退路はなかった。
ニーグとドレアが近くに来て張っているのである。
逃げようとしても邪魔されるのは明白。
速度特化の黒い靴を履いた者とタメを張る、いや、それよりも速い者が居る時点で、逃走は無意味と化していた。
そして、逃げ場もなく、放つ魔法もなんの妨げにもならず――「人類最強」が黒い杖を持つ者の前に立ち、強く拳を握って構える。
「……これで終わりだ」
その呟きと共に放たれた「人類最強」の拳。
「くそっ! これじゃあ、これまでやってきたことが無意味に――」
それが、黒い杖を持つ者が最期に見た光景だった。
―――
頭部を失った黒い杖を持つ者が落ちていく。
それを一瞥した「人類最強」は、何かに区切りをつけるように大きく息を吐く。
そこにファイ、ニーグ、ドレアが来る。
「お疲れ」
ニーグが「人類最強」に向けてそう声をかけた。
対する「人類最強」は一度ニーグを見たあと、視線を別の方――邪神が居る方へと向ける。
「……まだ終わっていない」
「まあ、今のところ、あっちはあっちに任せるしかない。今の俺たちだと足手纏いになるのがオチだ」
ニーグがそう言うのには理由がある。
この場に居る者たちの強さが足りないとかではなく、黒いローブの者たちの戦闘を経て、見た目はそうでなくとも実際はそれなりに疲労しているからである。
「人類最強」ももちろんそうだ。
それがわかっているからこそ、誰も邪神の方に向かわない。
まあ、見た限りだと大丈夫そうだ、と思っている部分もある。
四人のこの場での戦いは終わった。
だから、ファイは「人類最強」に言う。
「とりあえず、折角出てきたんだ。体力が戻ったら俺と一戦な! そこで俺が勝つ! それで俺が『人類最強』だ!」
「いやいや、待て待て! お前より私の方が強いだろうが! その理屈でいくのなら、私が『人類最強』だろ!」
ファイの言葉に、ドレアが待ったをかけた。
「は?」
「あ?」
バチバチと火花を散らしながら睨み合うファイとドレア。
既に両者共槍を構えていた。
その様子を見て、「人類最強」はニーグへ声をかける。
「……いつもこんな感じなのか?」
「まあ、付き合いは短いが、今のところはこんな感じだな」
「……そうか。大変だな。一番強そうなのに」
「は? いや、ちょ!」
「はあ! 俺の方が強いに決まっているだろうが!」
「お前じゃない! 一番は私だ!」
喧騒というよりは賑やかな空気がこの場に流れた。




