サイド 対黒ローブ 4
邪神近くの空に火花が散り続ける。
それは、ファイが振るう槍を、黒い剣を持つ者が黒い剣で防いでいるから。
逆もあって、黒い剣を持つ者が振るう黒い剣を、ファイが槍で防いでいる。
一進一退の攻防、というのが正しいだろう。
一方が攻め続けて、もう一方は守り続ける、という立場を入れ替えながら戦っている、というのがファイと黒い剣を持つ者の戦いであった。
それであって、どちらもかすり傷一つ未だに負っていない。
どちらも相手の攻撃を完全に防いでいた。
ただ、これは普通であればあり得ない状態なのだ。
そう言える最大の理由は、黒い剣にある。
元が神器な上に、今は邪神の力による強化が施されているのだから、普通の武器では僅かも防ぐことすらできずに斬られるのは間違いない。
ファイが今持つ槍はそんな黒い剣を防げているからこその状態なのだ。
武器の性能差による決着は、どちらも望めない。
いや、ファイはそもそもそのようなモノは望んでもいないし、求めてもいない。
己の力量で勝利を手にすることを望み、求めている。
「思ったよりもやるな!」
「貴様も人にしてはよくやる方だ……だが、ただの人が、邪神の僕、その眷属である私に勝つことなどできないと知れ!」
黒い剣を持つ者の攻撃がより苛烈になる――が、対するファイは笑みを浮かべる。
そう。それだ。それくらいはやってもらわないと! と言わんばかりに。
黒い剣を持つ者は知らないのだ。
ファイ、という者のことを。
相手が強ければ強いほど燃え上がり、元からそれだけ強さを秘めていたのか、それとも、その都度強くなっていっているのかはわからないが、ファイはより強くなっていく。
黒い剣を持つ者の攻撃以上にファイの攻撃は苛烈となり、黒い剣を持つ者は防ぎ切れなくなり、ファイの槍が黒い剣を持つ者の腹部を貫く。
―――
ニーグと黒い靴を履いた者の戦闘は、黒い靴の能力を活かして超速で動く黒い靴を履いた者の攻撃を、ニーグが完璧に対処しているという形となっていた。
黒い靴を履いた者による速度を活かした苛烈な攻撃を、ニーグは未だ一撃も食らっていない。
それでも、黒い靴を履いた者に焦った様子はなかった。
「ハハハハハッ! どうしたの? さっきから足がとまっているよ? そろそろ私の速さに付いてこられなくなったかな?」
黒い靴を履いた者は動き続けている。
そのため、その声は至るところから聞こえてきて、場所は特定できない。
普通なら。
「いや、無駄に動く気がないだけだ。それと、別に付いていけないのではなく、お前の動きが遅過ぎて、欠伸が出そうなのを我慢するのに忙しいだけだ」
そう言うニーグの視線は、黒い靴を履いた者を捉えていた。
憶測ではなく正確に。
「ふうん……そういう態度は、気に食わない、な!」
ニーグから視線を切るように黒い靴を履いた者が一気に速度を上げ、ニーグの死角に回り、距離を詰めて蹴りを放つ。
超速が加わった蹴りは、まともに食らえば用意に相手を破壊するだけの威力がある。
当たれば、だが。
ニーグは笑みを浮かべて避ける。
「なっ!」
黒い靴を履いた者から驚きの声を漏れる。
超速でも当たらないのか、と。
そんな黒い靴を履いた者に向けて、ニーグは言う。
「速度はまあまあだが技量が足りないな。いや、俺を侮っている……あるいは下に見ているだけか? まあ、なんにしても速度だけというのなら、せめてこれくらいは出さないと話にならないぞ」
瞬間、ニーグの全身に雷が走る。
ニーグだけが持つ特殊属性「雷」による身体強化魔法が発動したのだ。
体中を走る電気信号を強化し、通常の身体強化魔法を大きく上回って強化される、ニーグの得意戦法の一つであった。
黒い靴を履いた者がニーグの姿を見失った瞬間――本能が働いて頭部を横にずらすと肩に激痛が走り、衝撃の強さに耐え切れずに落下する。
ニーグがかかと落としを食らわせたのだ。
黒い靴を履いた者は地上まで落ち、衝突。
大きく派手な衝突音と土煙を上げた。
―――
ドレアは黒い盾を持つ者と戦う。
その様相の基本はドレアが攻め、黒い盾を持つ者が守る、といったモノ。
黒い盾を持つ者はドレアの攻撃を完全に防いでいる。
「なんだ? 勇んで私と戦うと言った割には守ってばかりでつまらないな。もっと攻めてきたらどうだ? 盾でも戦いようはあるだろ?」
もちろん、そんなことはない。
黒い盾を持つ者は盾叩きや弾くのあとに攻撃といったことを繰り出せる時に繰り出してはいるのだが、それは本当に数える程度であり、ドレアの攻撃回数がそう感じるくらいに多いのだ。
それでも、黒い盾を持つ者は未だ傷一つ負っていない。
現状はそのような感じであって、一種の膠着状態とも言える。
こういう場合、どちらかが決壊すればあっという間に決着となるだろう。
それは直ぐ訪れた。
ドレアの猛攻によって、黒い盾が少しずつ弾かれ、黒い盾を持つ者の姿をドレアの前に晒していく。
黒い盾を持つ者が踏ん張って自分を守る位置に黒い盾を持ってこようとするが、ドレアの攻撃はそれを許さない。
少し前――アルムと出会う前のドレアであれば、このような状況にはならない。
その頃はまだ海神の槍の力頼り――とまではいかないが、その力による部分が大きかったのは事実だ。
しかし、今は違う。
風のウィンヴィからの指導に加えて、最近は槍使いとして破格の強さを持つファイ――ドレアは自分の方が破格に強いと言う――と共に訓練を行っていたのだ。
環境がドレアをより強くしたのである。
それこそ、邪神の僕である黒ローブを相手にして引けを取らない――上回るほどに。
「おらよっ!」
かけ声を共に、ドレアが海神の槍を振り上げる。
強く大きなけたたましい金属音が響き、その衝撃の強さを物語るように、黒い盾を持つ者の腕ごと黒い盾は持ち上がった。
黒い盾を持つ者は、黒い盾で隠していたその身をドレアの前に晒す。
その姿は隙だらけ。
ドレアは流れるような動きで海神の槍を突き出し、黒い盾を持つ者の胸部を突き刺して――引き抜いた。
―――
黒い剣を持つ者、黒い靴を履いた者、黒い盾を持つ者――黒ローブ四人の内の三人が致命傷を負った。
だが、致命傷は直ぐ治り、何も起こらなかったと言わんばかりに元の状態に戻る。
やられたという焦燥感は一切なく、元の状態に戻った黒ローブ三人は、それぞれ相手と対峙すするような位置につくと――。
「そちらからすれば残念だろうが、何をしても無駄だ」
「そうそう。私たちは邪神さまの僕。つまり、邪神さまによって生み出された存在」
「邪神さまが居る限り、俺らは死なねえんだよ!」」
限定的不死であるようなモノだ、と言う。
それは間違いなく脅威――脅威なのだが、ファイ、ニーグ、ドレアに恐れや悲観するといったモノは一切なかった。
寧ろ、少し離れた位置に居る竜たちが顔を見合わせて「ひええ……」といい反応をしていたくらいだ。
「まっ、それくらいはやってもらわないと、戦いにならねえな」
「不死か……本当に不死かどうか試してみるか。お前たちが死ぬまで」
「そんなもんでどうこうできると思ってんなら、お前らは随分とめでたいな」
戦意は微塵も揺らがない。
再び戦いが始まろうとした、その時――。
「おーい! 悪い! 遅れたー!」
アルムが現れた。




