そう思えないからこそ、より強く
ラビンさんにダンジョン最下層に帰ってきた目的を告げて、どこに居るのかを尋ねる。
ダンジョン内に居れば、ラビンさんが把握しているのは間違いない。
いや、ダンジョン内に限らず、世界中のことを把握していてもおかしくないと思う。
「世界中を把握するとか、さすがに情報過多で煩いよ。どうでもいいことまで聞こえてくるってことだし、ボクはそんな環境は嫌だな」
……できない、という訳ではないようだ。
嘘だ、と一切思わないのは、ラビンさんだからだろう。
そうして、ラビンさんから場所を聞いて、早速向かった。
どうやら訓練用に新たな区画――大きな水溜まりがある区画を作ったようで、そこに居るそうだ。
指導役である風のウィンヴィさんはボス部屋の魔法陣の中に居たから、今は休憩中だろうか?
そんなことを考えながら区画に辿り着くと――綺麗な背中が見えた。
なんというか、男性にはない女性特有の艶めかしさみたいなモノを感じる――のは、濡れているから余計にそう感じるからなのかもしれない。
そんな背中の持ち主は、青が交じった緑色の短髪の女性――ドレアだ。
ドレアの濡れている背中を、メイド――母さんと、黒の長髪の女性――リノファが布を使って優しく拭いている。
この区画には大きな水溜まりがあるので、そこを利用した訓練によってずぶ濡れになるから、それで体調が崩れないように拭いているのだろう。
ただ……こういう時、ついつい見てしまうというか、行動を起こすのに少し間ができてしまうのは何故だろうか? これも本能?
そう考えていると、真竜ノ杖が俺の視界を塞ぐように回ってくる。
ついでに、装飾の竜はジト目――のように見えた。
……うん。わかっている。これは良くない。
なので出直そうと思ったのだが、その前に気付かれる。
「……あっ」
「……あっ」
母さんとリノファは背中を拭くのに集中しているので、俺に気付いたのはドレア。
ドレアの顔が真っ赤になる。
――あっ。不味い。
「き、きゃあああああっ!」
可愛い悲鳴だと思う。
そんな悲鳴をあげるようには見えないドレアだからこそ、よりそういう風に感じるのかもしれない。
「し、死ねえ!」
ドレアが海神の槍を投げてきた。
反応が遅れたのは、真竜ノ杖で視界が遮られていたからである。
――避けられない。と思ったが、水を使用していない海神の槍だったからか、真竜ノ杖が張った障壁に弾かれて地面に落ちる。
危なかった。
助けてくれた真竜ノ杖に感謝しようと思ったが、その前にドレア――だけではなく、母さんとリノファが俺に向けてジト目を向けていることに気付く。
「……す、すみませんでしたー!」
その場で頭を下げて直ぐに謝る。
こういう時は直ぐ謝るのが大切。
「あ、謝るよりも前にどっかいけ!」
謝るよりも先にすべきことがあったようだ。
この場から一旦離れて、呼ばれるまで待つ。
呼ばれるのは直ぐだったのだが、もう少し離れておけば良かった。
衣服を着る際の衣擦れの音が聞こえてきて……姿が見えない分、余計に色々と考えてしまう。
まあ、直ぐだったので、何かを考える前に戻ったのだが、出迎えたのは変わらずジト目のドレア、母さん、リノファの三人。
「まさか、お前に覗かれることになるとはな」
「そのようなことはしないように育てたつもりだったのですが……」
「このような行為は駄目ですよ」
「この度は、本当に申し訳なく――」
今度こそしっかりと謝っておいた。
真竜ノ杖が俺の側ではなく三人と並ぶような位置に移動しているのは……そういう意思表示だろう。真竜ノ杖にも謝っておいた。
真剣に謝った気持ちが届いたのか、ほどなくして許してもらえる。
「それで、何しに来たんだ? まさか、用もないのに来て私の背中を見た訳じゃないよな?」
答えによっては罰を与えると言われているような気がしたので、正直に話す。
誤魔化しが必要な内容でもないので、正直も何もないのだが。
「……という訳で、グラスさまが連れて来て欲しいというので迎えに来ただけだ」
「そういうことか。なら、行くか」
さっさと行くぞ、とドレアが海神の槍を肩に担いで行こうとする――が行けなかった。
待った! が入る。
リノファからだ。
「各国が集まるというのであれば、兄も――テレイル兄さまも来るのではないでしょうか? もしそうであれば、私も久々にお会いしたいのですが……駄目でしょうか?」
駄目かどうかで問われれば、別に構わないんじゃないだろうか?
リノファの聖属性の師となっているカーくんは、今この場に居ないし……というか、リノファの聖属性は今どうなっているのだろうか?
気にはなるが、その内わかるだろうからいいか。
問題はないと思うので、リノファも連れて行くことにする。
当然というか、一応リノファ付きメイドなので母さんも一緒だ。
………………。
………………。
もしかすると、冒険者ギルド総本部マスターのラフトと、商業ギルド総本部マスターのビネスも来ているかもしれないし、ダンジョンを攻略中の「王雷」の三人も連れて行った方がいいかもしれない。
そうなると、竜山の時も思ったがブッくんとホーちゃんも一緒に……でも、どうやって呼べばというか、どこに居るんだ? と考えながらボス部屋に戻ると、その「王雷」の三人と、ブッくんとホーちゃんが居た。
「一緒に行くかな? と思って連れて来ておいたよ」
ラビンさんがそう言う。
さすがラビンさんである。




