逃げられません
「ん? アルムじゃねえか! その様子だと無事だったみたいだな! お前が向かったっていう先でドンパチがあったって聞いて心配していたんだぞ!」
俺を見つけたキンが駆け寄ってきて、そう声をかけてきた。
竜山に行ったというのを知っているのにその名も出さずに曖昧としているのは、それを周囲に悟らせないように、という配慮だと思う。
一応、ここは宿屋の食堂ということもあって、俺たち以外にも人が居るには居るからだ。
ただ、言葉として心配していたと言った訳ではないと、その目が物語っている。
……ラビンさんと関係のある俺が自国内で何かあったらヤバい、と考えての心配ではないと信じたい。
「そんなにドンパチしていたか?」
竜山の神殿での戦いの余波が竜の町まで届いたことで俺は危ないかもしれないと気付いたが、それがさらに外まで……竜の息吹の光が見えていてもおかしくはないか。
結構乱発してビカビカしていたし。
「ああ、俺の耳に届くくらいにな」
それが見えて報告が上に上にといって、この国の王さままで届いた訳か。
キンは、あえて曖昧にしているのを俺が察したとわかったのか、それでいいと少し笑みを浮かべた。
曖昧にしている理由として考えられるのは、竜山はそもそも恐れられている訳だし、そこで何かしらが起こったことが伝われば、それが実際は何もなくとも恐怖や不安が広がるだろうから、そうならないように、といったところだろうか。
まあ、実際は何かあったけど。
あとは、広めていい話かどうかはあとで聞くから、この場で余計なことは言うな、という意図でもありそうだ。
「そうか。それじゃあ、俺も色々と話したいし、キンの家に行こうか」
この場で話していい内容でないのは俺でもわかるので、王城に行きたいと伝える。
そんな俺の態度に何かを感じ取ったのだろう。
キンは、少しだけ考える素振りを見せてから口を開く。
「……それ、聞かないって選択はできるか?」
「できなくはないと思うけれど、今後について俺の友達の頼みもあるから無理だと思う」
「だよな。わかっていた………………いや、待て。今後? 今後に何か」
「ある」
断言すると、キンが逃げ出した。
嫌な予感でもしたのだろう。
この国の王さまとしてではなく、遊び人としての精神がそうさせている気がする。
でも、どのみち王城には行く訳だし、何をしようとも逃げ道はないのだが……そういうことではないのだろう。
わかっていても、そうせざるを得ない時があるものだ。
……突然のことで覚悟ができていなかったというのもあるかもしれないが。
逃げ出したキンは、俺たちが入ってきた食堂の出入り口ではなく、自分の後方にある窓を選んだ辺り、それなりに本気であるということが窺えた。
けれど、キンは逃げられなかった。
デーさんとホーさんがとめた訳ではない。
寧ろ、デーさんとホーさんは宿屋の食事に興味があるのか、そちらに意識を向けていた。
まあ、この宿屋の食事は普通に美味しかったし、気持ちはわかる気がするのだが……俺が慌てていないのも関係あるかもしれない。
では、誰がキンをとめたのかと言えば――女将さんだ。
キンの前に立ち塞がり、手に持っていたトレイでスコーン! とキンさんの頭部を軽く叩いてとめたのだ。
それがまた見事な動きで、俺、デーさんとホーさん、だけではなく、他の人たちも揃って拍手を送った。
キンの協力者の一人だと言っていたから、戦闘経験もあるのかもしれない。
「逃げ出してんじゃないよ、まったく。前回はキンさんが巻き込んだんだから、今回はキンさんが巻き込まれな」
腕を組みながら頷く女将さん。
「……わかったよ。聞けばいいんだろ、聞けば。なら、さっさとしr……俺の家に向かうぞ」
キンが行こうとするが、待ったをかける。
「いや、その前にここの宿屋に宿泊予約を」
「は? いや、俺の家に泊まれば」
落ち着かないので拒否した。
でも、デーさんとホーさんとしてはどうなのだろうか?
……まあ、その時聞けばいいか。
でも、念のためにと仮予約しておいた。
「ところで、そっちの二人は誰だ? 前は居なかったよな?」
「話す時に一緒に説明するよ」
という訳で、キンと共に王城へと向かう。
王城の門番が抜け出すのはほどほどでお願いします、と小言を告げるということはあったが、俺、デーさんとホーさんも難なく王城に入ることができた。
知らない門番だったので、今度知っている門番の時に来たいと思う。
そうして、案内されたのはキンの執務室で、キンが直ぐに宰相、騎士団長、魔法師団長を呼び、揃って俺の無事を喜んだあと、竜山での出来事――竜の町については一切触れず、戦闘とその結果について話す。
そこでデーさんとホーさんの紹介。
まあ、驚いた。すごく驚いた。
キンが平伏した方がいい? と真顔で聞いてきたくらいに。
大丈夫、ととめておく。
その話が終われば、そこに解決策というか、ラビンさんの提案も伝える。
キンたちは唸る……が、誰も否定的ではないというか、事態を重くみるのは当然として、ラビンさんの提案を受け入れるが、それどう動くべきかを悩んでいるようだ。
特に問題となっているは、仮に世界の代表者を集めたとして、それで時間的に間に合うのか? というモノで、下手をすれば時間調整をしている間に邪神が復活もあり得る、と。
冒険者ギルドを通じてなど、連絡手段もあるにはあるが……果たしてそれで危機感を持つかどうかも怪しい、といったところだった。
どうしたものかと悩んでいると――。
「だったら、竜で送り迎えをしてやるよ。私たち竜が出張って、その上送迎するほどであれば、否応でも緊急だとわかるだろ」
デーさんがそう提案してきた。
「そうですね。それが手っ取り早いです。それでもわからないような国は滅ぶだけですし」
ホーさんがそう付け加える。
竜が協力してくれるなら――と、それで話を進めることになった。
ちなみに、デーさんとホーさんは宿屋の食事が気になると宿屋の方で泊まることになったので、仮予約が無駄にならなくてホッと安堵した。




