雰囲気的にそっちかなと
「………………えっと」
これはどういうこと? と問いたくなった。
邪竜が倒され、黒ローブたちが居なくなったあと、腐肉の竜の咆哮が響き、まだ敵は残っていることに気付いて直ぐに向かったのだが、その腐肉の竜は何故か動いていなかったのだ。
ジッとしている。
いや、戦いは別に終わっていない。
竜たちは攻撃をしている……まあ、通じているかどうかは別であるし、何より腐肉の竜が動かなくなったことで、どうしたものかと攻撃頻度はみるみる下がっていっている。
無抵抗はさすがに――といったところだろうか。
これで、力を溜めて、ということであれば別だが、そういう感じでもない。
ともかく、腐肉の竜からの攻撃は一切なくなっていた。
そこに、カーくん、デーさん、ホーさんに、邪竜と戦っていた竜たちも合流するのだが、この場の状況に戸惑っているようだ。
自然と、俺を含めて全員の視線が竜王に向けられる。
「………………」
「「「………………」」」
「………………え? いやいや、え? なんで皆俺を見るの? いや、知らないから。なんでこんなことになったとか、わからないから」
「「「………………」」」
「………………いや、わからないって言ったよね。わからないからわからないって言ったんだから、わからないよ。でも、竜王でしょ? て言いたいの? いやいや、こんな時ばかり竜王に頼られても困るから。まあ、気持ちはわかるよ。竜王に頼りたいよね。頼りになる竜王だからね」
うんうん、と頷く竜王。
「……その割には球体魔法陣が破壊されたけど」
決して声量は大きくなかったが、誰かがそんなことを言った。
「はい。今言ってはいけないことを言いました。竜王、心に傷ができました。でも、アレは仕方なくない? 突然だったし、妙に迫力というか雰囲気があったし……まあ、最終的に勝てばいいだけだから問題なし! ……だよね?」
最後に威圧するような低い声で、シーさんが周囲を睨むように視線を向ける。
竜たちは、サッと視線を逸らした。
そんなシーさんをデーさんがパシンと軽く叩く。
「まったく。そう威圧するな。……まあ、私から見てもあの黒い手は異様だったし、状況的にも仕方なかった部分もある。今のはつい言ってしまっただけで、本心では誰もお前を責めていない。だよな?」
デーさんが竜たちを見る。
竜たちは揃ってこくこくと何度も頷く。
そんなに頷くと頭が取れそうに見える……まあ、実際は取れないけれど。
「それに、最終的に勝てばいいというのはその通りだ。邪神が復活するというのなら、ボコって復活したことを後悔させてやればいいだけだ」
それには俺も同意見である。
ちなみに、カーくんはシーさんがデーさんに叩かれたことに対して、竜王なのにと笑い出したのだが、そのことについてホーさんが笑顔で圧力をかけながら説教を始めていた。
うん。あそこに関わってはいけないと、俺を含めた竜たちの気持ちは一緒だ。
カーくんから助けを求めるような視線が向けられていると思うが、そっちの方は見ないようにしておかないと、目と目が合った瞬間に巻き込まれる。
カーくんの方から視線を外しつつ、シーさんの下へ。
「それで、なんだってこんなことに?」
「それは俺も知りたい。急に動かなくなって、寧ろ戸惑っている。迂闊に手を出すと、状況が悪化しそうでもあるし……どう思う?」
いや、俺に聞かれても――と思った時、声が届く。
(別に状況は悪化しないよ。単に、私の体を動かしていた力のようなモノとの繋がりが途絶えたから、私が体を取り返しただけさ。だから、戦うのをやめただけだよ)
(なるほど。神杖を持っているヤツが居なくなったから、それで体の主導権を取り返して………………シーちゃん?)
(そうだよ。シーちゃんだよ)
腐肉なのでわかりづらいが、シーちゃんが笑みを浮かべたように見える。
そうだ。俺だけのようだが、シーちゃんの声が聞こえるんだった。
(つまり、シーちゃんの体のことなのだから、シーちゃんに聞けば何故動かなくなったのかわかるということだ!)
(いや、ついさっき言ったよ。あんたも答えていたじゃないか)
(え? ………………あっ。さっきの)
……まあ、こういうこともあるよな、偶に。きっと。
とにかく、俺がシーちゃんと話せることも含めて、どういうことになっているのかを説明する。
その中で、シーちゃんからもう自滅もできるが、その前に竜杖を突き刺して欲しい、ということが伝えられた。
(なんだってそんなことを?)
できれば、壊れそうな竜杖に無理はさせたくないのだが……いや、大丈夫か? 壊れそうなのは装飾の部分であるし、掴部分を突き刺せば……壊れることなく突き刺さる?
(そうすれば、私の力をその杖に譲渡できるからだよ。相性がいいからこそ、できる芸当だね)
(力を譲渡……なんだってまたそんなことを?)
どういうことか尋ねると、シーちゃんなりの黒ローブたちへの意趣返しのようなモノだそうだ。
それと、シーちゃん曰く、壊れそうだからという訳ではなく、たとえ万全の状態であったとしても今の竜杖だと俺の全力魔力に耐えられないらしい。
ラビンさんが用意してくれた杖だから、そこら辺は大丈夫だと思っていたが……無のグラノさんたち全員分を受け継いだことによる相乗効果とかだろうか?
ともかく、それを耐えられるようにするためだそうだ。
いいのかな? と思うが、それがシーちゃんの意思なら、と受け入れることにした。
何より、竜杖がそうしたいと言っているような気がする。
このことも説明すると、シーちゃんがそれを望むのなら、ということで早速行うことにした。
一応手順があるようで、シーちゃんの指定する場所――頭部の一部に竜杖を突き刺し、充分だと言われるまで魔力を流す。
それで準備は完了。
竜杖に力を受け継がせたあと、シーちゃんはそのまま自滅するそうだ。
シーちゃんは俺を見て、やれやれ……二度と起こさないで欲しいモノだね――とでも言いたげな笑みを浮かべる。
すると、その体全体から視界を埋め尽くすような眩い光を発する。
だから、光り輝くのなら、前もって言って欲しいのだが。
視界が戻るのに少しかかったが、その頃にはシーちゃんは既に屍と化しており、動く気配はもうなかった。
竜杖にとはいえ、力を渡された訳だし、ありがとうございます、と一礼する。
そして、竜杖はシーちゃんの上で浮かび、佇んでいた。
ヒビはどこにも見当たらず、直ったようだが、見た目は特に変わっていないようだ――と思った瞬間、竜杖が動き出し、空をびゅんびゅんと飛んだかと思えば、くるくると回りながら下りてきて、俺の前でとまる。
「えっと……つよk……違う。たくまs……違う。美しくなった……合っている。うん。美しくなったな」
なんとなくそう言わないといけない気がした。
ただ、それで満足したのか、俺の前から斜め後ろ辺りに移動する。
というか、勝手に動くようになったのかな?
とりあえず、竜杖――いや、真竜の力を受け継いだ訳だから……「真竜杖」……だと言いにくいので、「真竜ノ杖」とでもいうべき杖となった。
「の」を「ノ」としたのは、そっちの方が雰囲気は出ると思ったからである。




