少しだけ満足した
神杖を持つ黒ローブを殴る。
まあ、魔力制御能力が向上したことによって、瞬間的でも使える魔力量は増加しているため、その分――身体強化魔法での威力も上がっていた。
結果として、神杖を持つ黒ローブは殴り飛ばされ、地上へと向かって勢いよく落ちていく。
このまま一気に倒してやる、とそのあとを追おうとするが――。
「お前、なんだ!」
声質で女性だとわかる、怒気を含ませた声が俺に飛んできた。
同時に、妙に気になる靴を履いた黒ローブが迫ってくる。
同じ黒ローブ――神杖を持つ黒ローブの仲間……となると、気になる靴というのは神靴か。
神靴を履いた黒ローブが一直線に向かってくる――かと思いきや、途中で下へ。空中ということもあって、そのまま下を潜って俺の背中側へと回ってから襲いかかってくる。
怒気を含ませていたが、思いのほか冷静なのかもしれない。
それと、その行動速度は思っていた以上に速かった。普通であれば、目にもとまらぬ速さといったところだろう。それが神靴の力の一つといったところか。
……まあ、その一連の動きがまるっと全部見えているんだけどな。
でも、これはそうだと意図した訳ではない。
身体強化魔法を体全体にかけていたので、それで視力も強化されていたからである。ついでに思考も――なので、余裕で対処できる。
いや、違うな。これは、それだけ俺の魔法制御能力が向上したことで、莫大な魔力量をより上手く扱えるようになったということだ。
神靴を履く黒ローブが、背後から俺を蹴ろうとしてくる。
俺は竜杖の上に立ち、軽く飛び上がって神靴を履く黒ローブの蹴りを回避すると、今度は逆に神靴を履く黒ローブを蹴り飛ばして、竜杖の上に着地。
そこに神盾を持つ黒ローブが、神盾を前面に出して体当たりしてくる――というのが見えていた。
竜杖を軸にして一回転しながら神盾の体当たりを回避して、一回転し終わると神盾を持つ黒ローブの背中が見えたので、蹴り飛ばしておく。
そこで、槌状の黒く輝く闇が下から迫ってきた。
狙いはもちろん俺。
「その程度、もう俺には通用しないぞ!」
魔力をさらに引き出し、右手に集める。
可視化できるほどの濃密な魔力を纏った右手で、迫る槌状の黒く輝く闇を力強く殴ると――槌状の黒く輝く闇は砕け散った。
砕け散っていく中で見えたのは、神杖を持つ黒ローブの姿。
雰囲気に驚いているような気がしたので、ドヤ顔を見せておく。
ふふん! あの頃の俺とは違うのだよ!
どうやら、神杖を持つ黒ローブは地上までは落ちなかったようで、空中に留まっていた。
それは他の二人――神靴を履く黒ローブと神盾を持つ黒ローブも。
それぞれから憎々しげな視線が向けられている気がする。
けれど、俺としては一つ気になることがあって……黒ローブたちはどうやって空中に留まっているのだろうか?
無のグラノさんの記憶の中でも空に留まる、飛べるといったことを普通にしていたようなので、そういう能力を持っている、あるいは装備でもしている、といったところかもしれない。
まあ、邪神関係者――寧ろ、邪神の僕のようなモノだから、ある程度のことはできるようになっていてもおかしくはないか。
黒ローブたちが俺の居る高さまでゆっくりと上がってくる。
その間に他のところの様子をチラッと確認。
デーさんとホーさん、多くの竜たちによる邪竜との戦いは、特に大きな動きはなさそうだ。
今のところは互角といった感じだが、何かが起これば一気に決着が着きそうな気がする。
ただ、それがどのような形の決着かはわからない。
腐肉の竜――ではなく、シーちゃんの方は、俺が抜けた代わりに状況を見て判断したのか、シーさんが向かって対応している。
シーちゃんとシーさん……ややこしい。
どっちが「シー」と呼ばれることになるのか、その決着を着けるつもりなのかもしれない――はさすがに考え過ぎか。
「まさか生きているとはね。驚きだよ」
「驚いてもらえたようで何より。お前に一発入れられて、こっちは少し満足した――いや、魔法を砕いた時も驚いていたから、より満足したかな」
うんうん、と頷く。
俺と同じ高さまで上がってきた神杖を持つ黒ローブは、どことなく苦笑いを浮かべているような気がする。
そこに神靴を履く黒ローブと神盾を持つ黒ローブも同じ高さまで上がってきて、俺は黒ローブたちに囲まれたような形となった。
つまり、一対三。
数の上では黒ローブたちに分がある。
だからだろうか。黒ローブたちの態度はどことなく強気なように見えた。
「確かに、見事な奇襲だったよ。まさか、て感じ。でも、奇襲は奇襲でしかない。もう通じないよ。だからこそ、それで自分たちを倒せず、こうして自分たちの前に姿を現わしたのは失敗だったね。せっかく生き残ったのなら逃げ隠れておけば良かったのに……殺してくれって言っているようなモノだよ」
「それはどうだろうな? やれるモノならやってみろよ。以前とは違う結果になるだろうけど」
「随分と余裕そうだね」
「余裕そうというか、実際余裕だからな」
「ふうん……どこからその自信が出てくるのやら……もう忘れちゃった? 自分に負けちゃったことを」
「そっちこそ忘れたか? つい先ほど、俺に殴られたことを」
「………………」
「………………」
少しだけ沈黙が流れたあと――黒ローブたちとの戦いを始める。




