サイド デーさん
時は少し遡り――。
―――
敵の狙いが神剣であることはわかっている。
だが、神剣を守るために竜の町が犠牲になるのは許容できない。
なので、魔物大発生が起ころうとも、竜の町を守るために戦力は分散させないといけなかった。
これにはホーリー姉さんも同意。
あとはどう分けるか――とりあえず、緑竜と青竜のコンビは竜の町の方でいいだろう。下手に神殿の方に連れて行って、いつもの調子でやられると突っ込んでしまう。
わざわざ隙を晒すことはない。あとは――とホーリー姉さんと話し合っていると、アルムが口を挟んでくる。
弟とラビンが頼ればいいと紹介状に書いていたが、実際どんなもんか興味はあった。
尋常ではない――それこそ、一体どれだけかわからない、底の見えない魔力量の持ち主だということ、それと、普通は忌避感が出るであろう竜の町に辿り着いた魔物たちと普通に接することができる者、という印象だったが果たして、と腕前を見てみることにしたのだが――その結果。竜の町は頑丈な土壁に囲まれる。
それがどれくらい頑丈かと言えば、私やホーリー姉さんがそれなりの力を込めないと傷一つ付けられないくらい。
これなら、竜の町は安全だろう。
アルムも残ると言うし、これで神殿の方に集中できる。
念のためということで様子見したが、問題ない。
……まあ、緑竜と青竜については、あとでしっかりと説教だ。
今は竜の町の防衛のために手を出せない。
あいつらもそれがわかってやっている節がある。
ホーリー姉さんにも手伝ってもらおう。
そういうのに向いていないと言っているが、実際は私より――いや、なんでもない。
私はホーリー姉さんを敵に回さない。それがすべてだ。
ともかく、アルムのおかげで、ホーリー姉さんと多くの竜を連れて神殿へと向かうことができた。
ことが済めば、何かしらのご褒美を与えた方がいいかもしれない。
―――
神殿までは直ぐだ。
それでも気持ち急いで飛び、辿り着く。
「……何も、起きていない?」
思わずそう声が漏れ出る。
しかし、本当に何も起こっていないのだ。
寧ろ、先行させてというか、神殿の方を守るために向かわせていた竜たちが「あれ? そんな大所帯で何かありましたか? いや、そんな大所帯で来て、竜の町の方は大丈夫なんですか?」と言いたげにこちらを見ていた。
まあ、その気持ちはわかる。
普段は人の姿を取っている者が多いので多く居るようには見えないが、現在竜の町と神殿に居る竜の数は、合わせて大体百頭ほど。
世界各地となればもっと居ると思うが、ここにはこれだけだ。
その内、元々は半々くらいに分けて対処しようとしたのだが、それが今や竜の町の方は精々十頭で、残りはすべてここに集まったことになるのだ。
見た感じで言えば、過剰だろう。
けれど、球体魔法陣を守るためには、過剰なくらいが丁度いいかもしれない。
ともかく、敵が居ないのなら、今の内にしっかりと迎え撃てるようにしておくべきだろう。
ホーリー姉さんを見れば、頷きが返される。
「では、今の内に布陣を」
最後までは言えない。
視界の中――空中に、突然真っ黒な丸が描かれて、それに意識を向けたからだ。
そこから、黒いローブで体を覆った者が――三人現れる。
黒いローブ自体は大きさの違いはあれど共通のモノ。体格は普通、巨漢、少し小さい、といったところ。最大の特徴は、三人共が妙に目を引く物を所持している、ということだ。
普通なのは、宝飾が施された杖。
巨漢は、頑丈そうな大盾。
少し小さいは、煌びやかな靴。
あれらが、話にあった神杖、神盾、神靴だろう。
それを所持しているということは、敵だ。
警戒を一気に強めるが、神盾を持つ者こちら――ではなく、神杖を持つ者へ声をかける。
「……あ? なんだ? 思ったよりも竜の数が多いぞ。どうなっている? 魔物大発生による陽動で、ここの竜の数を減らす手筈だったと思うが?」
「いやいや、なんで疑うように見るかな。自分はきちんとやったよ」
「なら、どうしてこっちの方に竜共がこれほど居るんだ?」
「そんなの知らないよ。陽動の方で何かあったんじゃない? でも、今の自分たちからすれば、竜の数が増えても別に気にすることではないでしょ」
「馬鹿が。少しばかり面倒になるってのが、俺は気に食わねえんだよ」
言い争いとまではいかないようだが、仲はそれほど良くないようだ。
「アハハッ! でも、陽動をかけたのに上手くいっていないんだから、失敗は失敗だよね? だから、その責任は取ってもらわないと」
そこに神靴を履く者が加わる。
声質からして神靴を履く者は女性のようだ。
神杖を持つ者が肩を落とす。
「はいはい。わかったよ。増えた竜たちの相手をするモノを用意すればいいんでしょ。……はあ。こんなところで使うつもりなかったのに。計算違いだよ」
そう言って、神杖を持つ者が神杖を振り上げる。
空中に巨大な魔法陣が描かれた。それこそ、竜である私よりも大きな魔法陣で――召喚魔法のように思えた? 合わせて、あれを放置するのは危険だと本能が警鐘を鳴らす。
私は即座に神杖を持つ者に向けて竜の息吹を吐く。
「ちょっ!」
神杖を持つ者は驚いたようだが、その前に神盾を持つ者が立ちはだかって神盾を構える。
私の竜の息吹は神盾によって防がれた。
「そんな攻撃でやれると思ったか?」
神盾を持つ者が私に向かって嘲笑を浮かべて言う。
は? 今のは溜めなしだったからで、溜めありだったら貫通していたから。お前、黒焦げになっていたから。良し。とりあえず、あいつは殴る。ぶん殴る。
そう決意している間に、事態は進む。
神杖を持つ者が描いた巨大魔法陣から、私の倍はある大きさの、黒というよりは暗いと表現した方が正しい、そんな輝きを一切持たない鱗の巨竜が現れる。
「……邪竜」
ホーリー姉さんが、そう呟くのが聞こえた。




