踏み込むなら覚悟がいる
声をかけてきたモノを見る。
それは青いスライムだった。
ただし、普通のスライムではない。
こう……でかい。竜ほどではないが、人くらいは容易に飲み込むというか内部に取り込めそうな、それくらい。
それが声をかけてきた。
スライムが喋った! と思ったが、記憶のどこかで何かが引っかかる。
わからなければ……うん。聞けばいい。
聞くことは恥ではない。
デーさんに一言断りを入れて、スライムにどういうことだろう? と聞く。
「えっと……どちらさまで? 俺とどこかで会ってるのか?」
「忘れていても仕方ありません。時間も経っていますし、姿形も変わりましたから!」
いや、うん。スライムは……基本スライムの形だよな。大小はともかく。
なので、姿形と言われても……。
「以前、あなたに助けられたスライムです。服だけを溶かす立派なスライムになりたいと願っていたスライムです!」
「………………あ、ああ! 居たな! そんなスライムが! 確か、なんか素晴らしい……いや、すごい……あっ、パネェ神官にお願いするとかなんとか………………ん? なんかさっきもとある神官を求めて魔物が……はっ!」
思わず、スライムを見る。
頷いた……頷いたのか? 判別が付きにくい。
デーさんを見る。
デーさんが頷く。
ここのことだったのか! え? 魔物の村って言ってなかったか? いや、魔物が居るし、そういう風に捉えられてもおかしくないか。
村というのも以前はそうであったようだから、その頃にパネェ神官の話が広まった――そういうことかもしれない。
ここがそうなのか、と頷き、スライムに尋ねる。
「なるほど。それで、願いは叶ったのか?」
「はい! パネェ神官さまにお願いして、肌を傷付けずに、服だけを溶かせる立派なスライムになることができました!」
「お、おお。それは……良かったな?」
良かったんだよな?
……まあ、スライムが喜んでいるから……いっか。
ただ、なんというか、こう……そういう風に見えるというか思うというか……。
「その割には、なんか思うところがありそうだが?」
「わかりますか。実はそれだけではなく妙なことになっていまして」
「ん? 妙なこと?」
「はい。それが」
「見つけた! スライムさん!」
女性が現れた。
二十代後半くらいで、見目麗しい女性が。
頬を朱に染め、潤んだ瞳でスライムを見ている――と思えば、そのままスライムに突撃して抱き着――張り付く。
一瞬、スライムの中に飛び込んで取り込まれるのかと思ったが、スライムの方で上手く留めた――ように感じられた。
「私! もうスライムさんなしでは生きていけないの! お願い! 私を取り込んで! 中に入れて!」
少なくとも情熱だけは感じられる。
いや、その情熱というよりは狂気……いや、情熱としておこう。なんか怖いから。
ともかく、女性はスライムに取り込まれたいようだが、スライムは難色を示しているような……普通、逆では?
確かに、妙なことになっているようだ。
「どういうことだ?」
「よくわからないのですが、服を溶かした際に肌は傷付けないのですが汚れは溶かしているようで、つやつやぷるぷる、小じわも取れて肌年齢が変わる、とかで毎日のように……中にはこの方のように熱狂的になる方も居まして……」
「は、はあ……それほどのこと?」
「それほどよ!」
スライムではなく女性が答える。
鬼気迫っていて、俺は直ぐに理解した。
あっ、これは迂闊に踏み込んでいい領域の話ではないのだと。
「こんな感じでして、求められて溶かすというのはスライム的にどうなのかな、と」
だから、俺に答えを求めないで欲しい。
「スライムさんはスライムさんのままでいいのよ。スライムさんは服を溶かす。私は肌が綺麗になって老いが解ける。どっちも勝って……とてもとても素晴らしい関係なのよ」
いや、スライムは悩んで――はい。迂闊に踏み込みません。
なんというか、こう、敵に回してはいけない一睨みってあるよな。
とりあえず、いつか悩みがなくなればいいな、とこれだけスライムに伝えるのが精一杯だった。
強く生きてくれ、と願いつつ、この場をあとにする。
一応、デーさんに確認。
「そんなに人気なのか?」
「そうだな。この町であのスライムの溶かしを受けていない女性を探す方が難しいと思うぞ」
「そんなにか……なら、デーさんも?」
「どんな隙間でも入ることができるからな。鱗と鱗の間にある隙間の汚れも溶かしてくれるので非常に助かっている。そういう訳で、竜たちにも好評だな」
なるほど。既に、この町にとってなくてはならない存在のようだ。
立派になって……と思わなくもないが、スライムの悩む様子を見たあとだと愚痴くらいなら聞いてやろうかな、と思ったが、俺は別にここに住み着く訳ではない。
心の中で、頑張れ、と応援だけしておいた。
それにしても、おこにパネェ神官が居るのなら、ここを目指していた魔物は何もスライムだけではないことを俺は知っている、というか記憶にある。
他にも辿り着いているのが居るかもしれない。
………………。
………………。
まっ、会えたらでいいか。
わざわざ探す必要もないだろう。
「それじゃあ、案内を――そういえば、これはどこに向かっているんだ?」
「姉のところだ」
なるほど。カーくんの、デーさんとは別の姉か。
……今から回れ右できないだろうか。




