疲れていないけれど、疲れている時もある
………………。
………………。
いや、別に寝ぼけている訳ではない。
確かに、昨日は寝るのが遅くなって多少睡眠不足感は否めないが、意識はハッキリとしている。
まあ、疲労感は……あるというか残っているが。
メイドさん(美人)の相手が大変だっただけだ。
なので、気苦労という意味で疲れている。
そのメイドさん(美人)も「寝不足は肌に悪いと聞いたことがある」と言うと、直ぐ寝た。
ただ、その寝た場所が、俺が寝ようとしていたベッドで、いや、そうじゃない、と思ったが、いくら声をかけても起きなかったのだ。
……いや、起きたらまた繰り返すのではないかと恐れたのである。
また、このままでは要らぬ誤解を受ける可能性もあったため、夜中であろうとも誰か居るだろうか? と客室を出れば、運命は俺に味方した。
見回っていたメイド長と思われるメイドさん(目力が強い)が丁度居て、事情を話すとメイドさん(美人)は回収されていったのである。
今はメイド長さん(目力が強い)によるお説教中らしい。
そのことを教えてくれたのは、俺を起こしに来て、この場まで連れてきた執事さん(好青年)。
この場に来るまでの間に話してわかったのだが、この執事さん(好青年)が、メイドさん(胸部装甲が厚い)と結婚した人だということ。元々幼馴染だそうで、胸の大きさではなく、それが理由だと思うが……メイドさん(美人)が求めていた答えは違うと思う。
まあ、それはさておき。
今はこの場、この状況である。
ここが謁見の間――なのは間違いない。
少し先には数段高くなっている場所があって、そこに玉座がある。
今は誰も座っていないが……うん。謁見の間で間違いない。
ただ、この場に人が居ない訳ではない。
謁見の間の入口の扉から数段高くなっている場所に向けて絨毯が敷かれていて、俺はその上に立っているのだが、その絨毯の左右の等間隔に騎士たちが立って待機している。
その騎士たちの中――数段高くなっている場所にもっとも近い位置に居る騎士の一人は全身鎧で顔は見えないが、放っている雰囲気が別格というか……多分、騎士団長だろう。
それと、俺の直ぐ近くには件の伯爵たちが手枷、足枷を嵌められて身動きできない状態で居る。
件の魔法使いに至っては、手足を封じるだけではなく猿ぐつわ付きでさらに厳重だ。
俺は特になし。普通。竜杖も手に持っているし、マジックバッグも提げている。
……これはもしや、今から件の伯爵たちが裁かれる流れか? と思っていると、アブさんが天井近くに居るのを発見した。
両腕で大きな丸を作って問題ないと合図している。
王城内を把握したということだろうから、これで安心だ。
そう思っていると、数段高くなっている場所の右側に扉があって、そこが開かれる。
現れたのは、黒の長髪に、精悍な顔付きの、法衣のような服にローブを羽織った、三十代くらいの男性で、騎士団長だと思われる全身鎧さんと対峙するように立ち――。
「キングッド・ミドナカルさまのご入場である」
そう告げると頭を下げた。
全身鎧さんと他の騎士たちも同じように頭を下げる。
件の伯爵たちは元より平伏しているような状態なので変化なし。
ということは、俺だけが普通に立っている状態。
しまった! 出遅れた!
急いで跪く。
………………何も言われない。大丈夫なようだ。
密かに安堵していると、誰かが歩く音だけが響き、そのあと椅子に腰を下ろしたような音が耳に届く。
謁見の間に、椅子は一つしかない。
この国の王さまが現れたようだ。
「……さて、此度は王都内で騒ぎが起こった。それも貴族街――伯爵邸でも。といっても、ここに居るのは当事者が多い。説明の必要はないだ……え? 駄目? 騎士たちに聞かせるのか? ……違う? 釈明になるかもしれない? なら、始まりから説明しよう。うむ」
ん? 頭を下げているのでどういう状況かわからないが、威厳たっぷりだったのは最初だけで、今はもうあまり威厳が感じられない。
この辺りが気さくだと言われる所以か?
ともかく、王さまはジネス商店が依頼を受けて失敗したことも知っていて、そこから今に至るまでを話す。
……今更だが、こういうのは別の人が王さまに説明するのであって、王さまがするのは違うような……いや、釈明と言っていたから、それで……ん? 誰に釈明?
疑問に思っている間に説明が終わる。
それにしても、まるでその場に居合わせたかのような語り口調だった。
「――という訳だ。余は悪くない。そちも異論はないな? アクダイカ伯爵」
件の伯爵のことだろうか。
「……」
件の伯爵は答えない。いや、答えられない、だろうか。
「直答を許す。異論があるのなら、申してみよ」
「はっ! おそれながら、それらすべて――陛下が今語られたことは虚偽でございます。おそらく、それらを陛下にお伝えした者が謀ったのかと」
いや、お前が今謀ろうとしているんだろうが。
そう思うのだが、これでこの国の王さまが信じたらどうしよう。
……これまで知り合った王族関係者にお願いして、圧力でもかけてもらうか? いや、それならラビンさんに頼んだ方が……。
悪い事態になった時のことを想定していると――
「……ぷっ。あははははは!」
王さまが笑い出した。
「なるほど。そうきたか。なら、覆しようのない証拠を見せてやろう。面をあげよ。別にもう一回言う気はないぞ。さっさとあげろ」
……件の伯爵たちがあげたようなので、俺もあげてみる。
玉座に座っているのは、頭に王冠を乗せた金髪の男性。
王さまらしい豪華な衣服だが、それよりも立派な髭の方が目立っていて、その顔付きは……あれ? なんかどこかで見た覚えが……。
「さて、アクダイカ伯爵よ。余の顔に覚えはないか?」
「ミドナカル王国の貴族として、陛下のお顔を忘れることなどありません」
「そうか。だが、昨日は気付いていなかったようだが?」
「……昨日?」
「こうすれば、わかるか?」
そう言って、この国の王さまが立派な髭を取る。
付け髭だったのか……ではなく! 立派な髭がなくなったその顔は――昨日俺を巻き込ませ、件の伯爵邸に共に向かったキンだった。




