信頼関係は大事です
「わ、私を守りなさい!」
件の伯爵がそう命令を下しながら下がっていく。
代わりにこちらに向けて壁のように現れるのは、その他たち。
いや、一応武装しているので護衛だろうか。
その護衛たちが、こちらから飛び出したナートの前に立ちはだかった。
いや、強い。
護衛たちが、ではない。
ナートが。
「おらおらおらおらおらあ!」
かけ声と共に、ナートが剣を振るって護衛たちを次々と倒していく。
物理的に強いと言っていたのがよくわかる。
正直に言って、護衛たちが何人居ようがナートの敵ではない。
「伯爵が逃げたぞ! 追え……いや、違う。もう追う必要はないか! こちらも逃げるぞ!」
ナートがこちらに向けて叫ぶ。
俺とキンが執務室の方に戻ると、一通り護衛たちは倒されていた。
ただ、倒された者たちの中に、件の伯爵は居ない。上手く逃げ出したようだ。
件の魔法使いとギーサの姿もないので、件の伯爵と行動を共にしているのだろう。
確かに、今がこの大きな屋敷から出る機会だ。
証拠の類は金庫の中で、その金庫はキンの肩掛けカバンに……。
「本当に証拠の類が金庫の中に入っているのか?」
思わず、そう口に出る。
いや、その可能性が高いのはわかっているのだが、確証がない。
それに、こうして罠? かどうかはわからないが、件の伯爵側が仕掛けを施していたのも事実。
既に抜き取っている可能性はないだろうか?
端的に、そう伝えてみる。
キンは少し考え――。
「確かに、その可能性はあるな。まあ、あの伯爵なら、ここで捕らえる気満々だったし、わざわざそんな面倒な真似をする必要はない、とか言い出しそうだが……可能性はある。ナート。予定変更。このまま伯爵たちのあとを追うぞ」
そう決断した。
「いいのか? 騒ぎになれば騎士が来るだろうし、あいつから小言を言われるぞ?」
「まあ、小言を言われるのは元々確定しているし、それが多少増えたところで変わらない。それよりも『魔法狂い』を逃した方がうるさくなりそうだ」
「確かに。それに」
ナートが俺を見る。
キンも俺を見る。
「キンの見極めは確かだな。確かに凄腕の魔法使いのようだ」
「だろ。アルム。あの魔法使い――『魔法狂い』は危険だが、任せていいか?」
「ん? ああ、あの程度問題ない。余裕だ」
親指を立てておく。
これで方針は決まった。
あとを追って、件の伯爵たちを倒す。
ところで、誰に小言をもらうのだろうか?
尋ねたら顔を逸らされた。
……まあ、俺には関係ないか。
―――
出遅れたのは間違いない。
その結果として、俺たちが執務室の外に出ると、件の伯爵たちの姿はなかった。
丁度左右に道が分かれていて、どちらに行ったかもわからない。
どっちに進むべきか……と決めようとした時、片方の先に居る執事さんが、両腕を交差させて大きな×印を示していた。
……件の伯爵たちはこっちには来ていませんよ、ということかな? ……罠?
「いや、あれは転職希望の執事の一人だな」
キンに言われて、そうだと思い出す。
見取り図に執務室の場所を記してくれた執事さんだ。
つまり、俺たちの味方で、件の伯爵たちに勝ってもらっては困る執事さんだから……あっちか。
協力ありがとう。
大急ぎであとを追った。
特に邪魔されることなく進むことができて……直ぐ追い付く。
いや、件の伯爵たちは俺たちを待ち構えていた。
場所は――ダンスホールだろうか? それなりに広い場所。ここなら、多少派手に動いても問題ない。それは向こうも同じだろう。
件の伯爵たちは、既に勝利したかのように笑みを浮かべていた。
「やれやれ、馬鹿ですね! わざわざ追ってくるとは! 私たちが逃げたと思いましたか? 違いますよ! 戦力を用意していたのです! こんな風に、ね!」
件の伯爵が指をパチンと鳴らす。
すると、件の伯爵たちのうしろから、こちらに向けて何かが出てくる。
それは……どこかで見た、犬や猫、鳥といった小型の魔物たち。
「「「………………」」」
俺たちは何も言えなくなる。
えっと、件の伯爵が魔物使いだったのかな?
ただ、現れた小型の魔物たちだが……正直脅威ではない。
いや、今回は戦力的な意味ではなく、敵ではなく味方だから、だろうか。
何しろ、小型の魔物たちはキンの姿を見て、こちらに向けて敵意を一切発しないのだ。
「さあ! 僕共よ! あいつらに襲いかかるのだ!」
件の伯爵が小型の魔物たちに向けて命令を下す。
小型の魔物たちは回れ右して、件の伯爵に襲いかかる。
ついでとばかりに、ギーサや件の魔法使い、数は少ないが護衛たちにも襲いかかっていた。
件の伯爵、ギーサ、護衛たちがボコボコにやられる。
なんというか、小型の魔物たちからは殺意とまではいかないが敵意は感じられるので、日頃から色々と思うところというか不満があったのかもしれない。
ただ、件の魔法使いはさすがに名が知れているだけはあって、襲いかかってくる小型の魔物たちを殺そうとしたが、俺がその前に距離を詰めて、竜杖で叩き倒しておく。
小型の魔物たちの方に意識が向いていたため、隙だらけだったのだ。
魔法を使うまでもなかった。
また、飛び出したのは俺だけではない。
キンとナートも飛び出しており、小型の魔物たちと一緒に件の伯爵たちを倒していた。
キンが餌付けしておいて良かった、と思ったところで――。
「お前たち! ここは伯爵家だぞ! 何をやっている!」
騎士たちが現われ、囲まれた。




