出番ですか?
振り返って確認。
執務室内は照明が点いていたので、よく見える。
複数人が居た。
全部で……いや、こちらからは本棚が開いた部分しか見えないから確認し切れない。
ただ、一人見知った顔がある。恰幅のいい四十代の男性――エチーゴ商店のギーサだ。
他は知らない。
ただ、それらしいのは居る。
一人は、薄い茶髪の四十代くらいの男性。着ている服が如何にもな貴族服……いや、金糸っぽいのも使われているようで、無駄に金がかかっていそうな悪趣味な貴族服だ。件の伯爵と思われる。
あと一人、その件の伯爵の隣に居るのは、緑髪で細身の三十代くらいの男性。こっちは杖を持ってローブを羽織っていたりと、如何にもな魔法使い。キンが言っていた、強い魔法使いだろう。……強いか? いやいや、見た目で判断してはいけない。
他は、その他。見えている限り、そこまで特徴的ではないというか、部下とか手下とかそんな感じだ。
そんなヤツらが、執務室に居る。
つまり、俺たちがここから出るためには、そんなヤツらをどうにかしないといけない訳だ……が、俺の内心としては、よくぞ来てくれた、だろうか。
漸く、俺の出番が来たのだ。
「ギーサから突っかかってきたのが居ると聞いて、先生に言われて念のためにとここに魔法を施しておいて正解でした。ネズミ共がまんまと引っかかった」
件の伯爵と思われる男性が、こちらを卑下するような目を向けて言う。
とりあえず、キンに確認の視線を向ける。
こいつが件の伯爵で、隣に居るのが強い魔法使いでいいんだよな?
……頷きが返される。
間違いはないようだが……キンとナートの表情は険しい。
「どうした?」
「件の伯爵は別にいいが、魔法使いの方が問題だ」
「……『魔法狂い』。魔法の実験と称して何人も殺している殺人鬼だ。手配をかけていたが、まさか貴族が――それも伯爵家が囲っていたとはな。どうりで見つからない訳だ」
キンとナートはかなり警戒を露わにしているのだが……え? そんなに警戒するほどの魔法使いなのか?
……いや、別に強い魔法使いとは思えないのだが……いや、これはアレか。殺人鬼という部分を危険視しているのか。それなら納得である。危ないヤツなんだな。
「やれやれ。名が売れるというのも困りモノですね。それに、人を殺人鬼呼ばわりするのはやめて欲しいモノです。確かに犠牲は出ましたが、すべては私の魔法をより高みへと登らせるために必要なこと。その素晴らしいことの礎になったのですから、寧ろ喜ぶべきことですよ」
そんなことは欠片も思っていなさそうな――件の伯爵と同じく卑下するような目でこちらを見る件の魔法使い。
ナートが飛び出す。
「貴様のようなヤツは生かしておけない!」
距離を詰めながら長剣を抜き、件の魔法使いに向けて突く――が、丁度この隠し部屋と執務室の間くらいのところに亀の甲羅のような障壁が展開して防がれる。
「ハハハハハッ! 無駄ですよ! お馬鹿ですか? 魔法を仕掛けておいたと言ったでしょう! 馬鹿なあなたたちに教えてあげますよ。私が仕掛けた魔法は、この隠し扉が開いた際に知らせが届くようになっていたのと、中に入った者を閉じ込める結界の二つ。まさか、仕掛けた初日にかかるとは思いませんでしたが」
「いやあ、さすがは先生です。見事な読みでしたな」
「ハハハハハッ! なあに、この者たちが馬鹿なだけですよ。私たちと違ってね」
煩く笑い始める件の魔法使いと件の伯爵。ギーサは揉み手をしながらニコニコしている。
「ちっ。愛用の剣であれば……」
「いつもの剣でないとはいえ、ナートの突きを防ぐか。ここまで強固な障壁を張るとは……『魔法狂い』め」
一方、こちらは俺以外危機的状況な雰囲気……間違えた。俺とアブさん以外。
アブさんが、こいつら殺す? と俺に合図を送っている。
別にいいけど……この状況でいきなり死んでしまうと意味がわからないことに……いや、そもそもここまでした意味がなくなってしまう……ので、駄目です、と目で伝えておく。
「さて、これでまた魔法の実験ができますね。次はどのような魔法の実験を行いましょうか」
「先生。あの者――確か、遊び人のキンでしたか。アレは私にくれませんか? 反抗的な雰囲気ですし、ああいう者の心を折って躾けたい」
件の伯爵が狙いを定めたのは――キン。
あの危ない部屋が脳裏に浮かんだのだろう。
キンは身震いして、本気で嫌そうな表情を浮かべる。
「ナート。どうにかできそうか?」
「……難しいな。事前に『魔法狂い』が相手とわかっていれば、まだやりようが……いや、あいつが戻ってくるまで待っていたんだが」
どうやら、キンとナートにとって、してきた準備が足りなかったようで、状況は悪いようだ。
しかし、俺をお忘れですか? と言いたい。
ただ、二人にとって件の魔法使いは強敵のようだから、俺に頼っても――ということなのかもしれない。
……仕方ない。勝手に動くか。
俺はゆっくりと亀の甲羅のような障壁のところに行き――。
「ん? アルム?」
キンが不思議そうに声をかけてくるが気にせず、竜杖を構えて……振り抜く。
パキィン! という甲高い音と共に、亀の甲羅のような障壁は粉々に砕け散った。
う~ん。比べるのもどうかと思うが、神杖の障壁と比べると脆過ぎるな。
まあ、それはいいのだが――。
『………………』
何故か、場に沈黙が訪れた。
誰もが信じられない、という目で俺を見ている。
俺は一息吐き――。
「……いや、障壁なくなったけど?」
そう口にするのと同時にナートが駆け出し、件の伯爵たちに向けて襲いかかる。




