準備がしっかりとできていれば問題ない
向かった先は、大きな敷地を有する大きな屋敷……多分、一番ではない。他に、ここよりも大きな敷地の大きな屋敷はあるだろう。
その証拠に、この屋敷の主の爵位は伯爵。公爵でも侯爵でもなく、伯爵。上が存在しているのだ。なのに、公爵や侯爵を差し置いて、伯爵が一番大きくなることはあり得ない。それが貴族社会である。
ただ、それでも広いことに変わりはない。
また、伯爵はどちらかと言えば貴族の中で大きな力を持つ部類である。その証拠に、壁を乗り越えて庭に下り立つと、番犬が五頭、直ぐに現われて俺たちを取り囲んできた。
いや、ただの番犬ではない。魔物だ。犬のような魔物である。
どうやら伯爵側には魔物使いが居るようだ。
しかも、普通の状態ではない。
体が痩せ細り、飢えている。
おそらく、侵入者に対して獰猛に襲いかかるために、あえてそのような状態にしているのだろう。倒すのは……できる。ただ、それを察知されないように静かに行うとなると難しい。倒した時に叫ぶかもしれないし。
どうするべきか……悩む必要はなかった。
キンが、任せろと目で合図を送ってきたのだ。
ナートも問題ないと頷く。
どうするのかはわからないが、キンの力を見るのには充分だろう。
いつでも魔法を放てるように魔力を滾らせつつ、様子を窺う。
「………………」
犬のような魔物たちと対峙するキン。
キンが一歩前に出ると、犬のような魔物たちは警戒の唸りを上げて、いつでも跳びかかれるような姿勢を取る。
キンに臆する様子はなく、肩掛けカバンに手を突っ込み――大きな骨付き肉(湯気付き)を取り出して、犬のような魔物たちの前に置いていく。五体すべての前に。
犬のような魔物たちは大きな骨付き肉の見た目か、それとも鼻がヒクヒク動いているので立ち昇る匂いにやられたか、あるいはその両方か……ともかく、犬のような魔物たちの視線は忙しくなった。
目の前に置かれた大きな骨付き肉は食べたい。しかし、侵入者が居るから警戒しないといけない。でも、食べたい。しかし、目を放す訳にはいかない。でも、食べたい。その繰り返しだ。
そんな犬のような魔物たちに向けて、キンは優しい声音で言う。
「その様子だと、満足に食わせてもらっていないんだろ。食っていいぜ。ちなみに、おかわりもある」
キンが肩掛けカバンから再度大きな骨付き肉を取り出した。
――侵入者なんて居ない。ここに居るのは美味しいご飯をたらふくくれる人だけ。
そんな感じで終わった。
犬のような魔物たちを突破。
しかし、取り出した大きな骨付き肉の量はそれなりに……あっ、あの肩掛けカバン。マジックバッグか。
―――
敷地内にある庭を進んでいく。
月明かりはあるが、庭ということで遮蔽物が多く、それを利用することで屋敷の近くまでバレずに着けた。
三階建ての大きな屋敷。夜とはいえ、そこに人が居ると示すように、ところどころ窓から光が漏れ、中には巡回中であると大きな屋敷内を動いている光も見られる。
どこも施錠はされているだろうし、物音を立てずに大きな屋敷の中に侵入するのは難しいだろう。……どうするのだろうか? そろそろ、俺の出番だろうか?
でも、俺にそんな技術はない。
……いや、そういう風に見せかけるのは有りか?
針金か何かで鍵穴をカチャカチャいじって――実際は向こう側にすり抜けたアブさんに開けてもらう的な……有りだな。そういう風に見せるのが難しい……いや、そもそも針金がなかった。待て待て。俺は魔法使い。魔法で開けたことにすればいいのでは?
なんてことを考えている間もキンとナートのあとを付いていっているのだが、その歩みには迷いがない。
何かしらの手段があるようだ。
辿り着いた場所は、大きな屋敷の裏手。裏口。
向こうからは見えないが、こちらからは見えるような位置で一旦待機。
「………………」
当然のように、警備と思われる兵士のような恰好の者が居る。それも二人。
どうするのかと思えば、キンからここで待っていてくれ、と言われたので待つ。
キンとナートは向こうから姿を隠しつつ、裏口を守っている警備兵士二人の下へ向かう。
ある程度近付くと一気に飛び出して距離を詰め、何も言わせないように警備兵士の口を塞ぎつつ、地面に倒す。
ハッキリとは見えないが……多分、関節を極めている。
しかし、警備兵士二人の意識はまだ失っていない。
これからどうするのかと思って見ていると……何か話しかけているようだ。
さすがに距離があるので聞こえないが、それほど時間はかからずに終わったようで、キンとナートは警備兵士二人を解放し、立たせて、キンが肩掛けカバンの中から紙を二枚取り出して、それぞれに渡す。
警備兵士二人は神を確認して……ニッコリと笑みを浮かべ、喜びながら感謝するようにキンとナートと握手を交わす。
キンとナートに呼ばれたので向かう。
どういうことかと尋ねる。
「渡したのは紹介状だ。どうやら、ここの環境はそれほど良くないらしい。だから、ここよりも給金が良く、休日もしっかりと取れる転職先を紹介したって訳だ」
「上が悪徳貴族だからといって、下もすべてそうだとは限らない。見極めが必要だが、キングッ――キンの見極めの目は確かだからな。有望なら、勧誘する。それだけだ」
「……駄目だったら?」
「有望でない。あるいは勧誘失敗なら、それはそれ。そのまま……な」
なるほど。どっちにしろ、か。
ただ、キンの見極めがどうとかはわからないが、確かなのは色々と準備してきているのは間違いないようだ。
……これ、俺の出番あるのだろうか?
そんなことを思っている間に、警備兵士二人が自ら裏口を開けたので、俺たちはそこから大きな屋敷の中に入る。
「頑張ってください」、「やっちゃってください」と警備兵士二人が小声で応援してきた。
う~ん……この大きな屋敷の主。好かれていないのかもしれない。




