その程度で片付けてはいけない状態もある
――どれだけの時間が経ったのかわからない。それくらい濃密濃厚な時を過ごしたということだろう。何かに集中している時は時間を把握する感覚がなくなり、あっという間に時間が進む。今の俺がまさにそう。自らを強くする。ただそれを目指して突き進んでいるのだ。
けれど、俺はわかっている。ただ突き進むだけでは駄目なことを。
時を忘れるくらい過ごした分、色々と消耗しているモノなのだ。それを自覚して、時には休むことも必要である。
厳しい鍛錬を始めてから数日が経ち――俺は口を開く。
「そろそろ休憩時間をください」
ボス部屋の地面に突っ伏したまま、俺はお願いする。
鍛錬による消耗のし過ぎでもう限界――危険な予感!
ゴロゴロ転がる。
俺が元居た場所に、カーくんの足が下ろされた。
「危なかった……いや、そうじゃない。今のは、あのままだと踏みつけられて圧死していたと思うんだが!」
転がった先で仰向けになり、カーくんと目が合ったので、文句の一つでも言ってみた。
今のは俺の命が危なかったのだ。これくらいの意思表示は必要だろう。
しかし、カーくんは、問題なかったと言いたげに笑みを浮かべた。
「安心しろ。そのような真似はしない。もし、あのまま踏んでいたとしても、そのまま足で回復魔法をかけながらであった。精々、地面にめり込む程度で済む」
その状態を、程度で済む、で片付けては駄目だと思う。
体を休ませるため、声と表情だけで抗議してみたが――。
「まだ自らの意思で体が動くのだから限界ではない。それに、基礎的な鍛錬だけではなく、戦闘に関しても今以上にできるようになる必要があるのだ。よって、休憩時間はまだだ!」
駄目だった。
「良いか、アルムよ。上質な筋肉を育むためには厳しさも必要なのだ。今がその時である」
カーくんは、今いいこと言った、とうんうん頷く。
火のヒストさんには通じると思うが、俺にはちょっと……。
ただ、この間に休めているのも事実。
もう少し――。
「では、いくぞ!」
駄目だった。
厳しい鍛錬の日々を過ごしていく。
―――
無のグラノさんの記憶と魔力を受け継ぐのは早く、厳しい鍛錬を始めてから数日後のことで、直ぐに終わる。
受け継いだあとの一芸をしようと思ったが……無属性はできることが多過ぎて絞れず、これだ! という一つに絞るのが逆に難しいというか、他の属性と違って目に見えてわかる、というのがなさすぎて断念した。
いや、探せばあるかもしれないが、やめた。
記憶に関しては、以前聞いた話そのままで、付け加えることがあるとするのなら、ラビンさんは時間的余裕があると言っていたことの意味がわかった。
神剣、神盾、神靴、神杖があろうとも、邪神の封印を解くには、太陽が月によって覆われてしまう時――所謂、日食と呼ばれる時でなければならないようだ。封印自体の力が弱まるらしい。
日食が起こるのはまだ先のようなので、時間的余裕がある。
ただ、それは最終的なモノだから、その前に阻止するのが一番なのは間違いない。
ちなみに、無のグラノさんは望んでスケルトンになったようだ。
邪神を倒すに至らず、封印を見守っていくために。
だから、思い切って聞いてみた。
「グラノさんにとっての未練は、邪神を倒せなかったことか?」
「……どうかな。それなりに長い年月が経った。未練云々はもうないかもしれん。だから、アルムよ。邪神を討伐すればとか、考えぬようにな。わざわざ封印を解く必要もない。封印が溶けずにそのまま続けば問題ないのだから」
それだと無のグラノさんが解放されることがない――のだが、受け継いだ記憶によれば、その覚悟は随分前にできていた。
これ以上何か言うのは無粋だろう。
まあ、もし邪神の封印が解けるようなことになれば……全力で討伐しに行こうと密かに思った。
そうして、無のグラノさんの記憶と魔力を受け継いだので、早速次の行動へ――とはならず、厳しい鍛錬続行である。
終わりじゃなかった……というか、元々そうする予定だったらしい。
というのも、無のグラノさんの魔力量はかなり膨大で、俺が受け継いだ中で一番の魔力量なのだ。
クフォラにも指摘されていたが、今のままの魔力制御だと下手をすれば扱い切れず、また暴走を繰り返す可能性があるそうだ。
なので、そこを重点的に鍛える必要がある。
今よりも魔法を扱えるようになるために。
―――
厳しい鍛錬の日々を過ごしていき――大体一か月くらいが経った頃、神靴が奪われたという報告が届いたと、ラビンさんが教えてくれた。
なんでも、神靴は海中――海底神殿と呼ばれる神殿の中に封印されていたそうなのだが、その海底神殿は破壊され、神靴もなくなっていたそうだ。
これで、神杖、神盾、神靴が奪われたことになる。
これで残るは、竜たちが守っているという神剣のみ。
神剣が狙われるのは間違いない。必ず守ってみせる――いや、逆に神杖、神盾、神靴を奪い返してやる。




