手を組んじゃいけない存在もある
さらに近付くと、教皇が俺に気付く。
俺を見て嘲笑を浮かべる。
「まさか、空まで追ってくる者が居るなんてね。……ところで、あなたはどこのどなたかしら? 顔は見た憶えがあるのだけれど……確か、リミタリー帝国の黒い鎧共と一緒に居たわね。でも、黒い鎧を身に付けている訳ではないし……」
「そうだな。リミタリー帝国の協力者ってところだ」
「ああ、確かに、そんなのが居ると聞いていたわね。それなりの魔法使いだと」
「それなり?」
「ええ、そうよ。それなり。いえ、今となっては、どの魔法使いも――どの人間も、私にとっては虫けら程度でしかないけれど」
「随分な物言いだな」
「それだけの力を手にしたのだから、そのように見えて当然でしょう? だからこそ、私が支配する世界に羽虫が飛んでいるのは煩わしいわ。フフフ。私自らが叩き潰してあげる。この杖の力がどれだけのモノか……まずは羽虫で試してみるのも一興ね」
……俺は振り返ってうしろを確認。
聖都が一望できる。アブさんが頑張れよと手を振っていた。ファイたちはこちらを見ていて、襲われている様子はない。聖都の一部――ダイヤモンドゴーレムが暴れた場所には多くの人が居て……後始末、いや、瓦礫となった部分を片付けていたりと既に復興を始めているようだ。そんな聖都の外では、未だリミタリー帝国がアフロディモン聖教国軍と戦っている。優勢なのは……リミタリー帝国の方だ。というか、もう聖都外の戦いは終わろうとしている。セカンの指揮が輝いているのかもしれない。
ただ、うしろを確認したところで、そういった風景が広がっているだけで、他に誰絵も居らず、鳥も……遠くの方に飛んでいるのが見える程度である。
……ということは。
「もしかして、羽虫って俺のことか?」
「他に誰が居るのかしら?」
迷うことなく教皇を指差す。
教皇は俺と同じように振り返る。
俺と同じように風景を見ているようだ。
まずはそれで心を落ち着かせて、人を虫けらと思うのをどうにかして欲しい。
……というか、振り返った教皇の姿を見ていると、これほど隙だらけだったのかと思う。少し前の俺もこうだったのか。なんというか、このまま攻撃してくださいと言われているかのように隙だらけだ。
……攻撃、してみる?
いや、駄目だ。先ほど、俺は攻撃されなかった。なのに、俺の方は攻撃するなんてできない。まあ、倒すことに変わりはないのだが……。
(いいから、やっちまえよ。隙を見せている方が悪いんだ。構わず攻撃しろ)
俺の中の悪魔が囁いてきた。
しかし、俺の中には天使も居る。
(先ほど同じことをして攻撃されなかったのです。なのに、相手が同じことをしたら自分は攻撃する? 不義理であるとしか言えません。己を貶める行為です)
おお。さすがは天使。その通り――。
(ですが、今なら神も許されるでしょう。攻撃しても問題ありません)
いや、天使がそっち側についたら駄目だろ。
そんな感じで悪魔と天使がガッチリ握手を交わしている間に、教皇が動き出して俺を見る。
「まさかとは思うけれど、私のことを言っているのかしら?」
「他に誰が居る」
「殺す!」
教皇が殺気を向けてくるのと同時に神杖を振りながら詠唱を始めた。
危険な感じがして、俺も詠唱を始める。
「『赤熱 集約して貫き 焼き尽くす 一筋の 道筋火炎線』」
先に放ったのは教皇。
十近くの炎の線が、俺に向けて一気に走る。
とりあえず、防御系の方で良かった。
「『青流 流体が集いて 天まで噴き上がり すべてを飲み込み弾く 水壁』」
水の壁を張って防ぐ――嫌な予感がして直ぐに上昇する。
すべてではないが、炎の線のいくつかが水の壁を貫き、そのまま遠くにある平原まで飛んでいって――小爆発を起こす。
これに俺は、表には出さないように内心で少なからず動揺する。
何しろ、俺は防げる気でいたし、魔法に魔法で対抗して負けるなんて思っていなかった。受け継いでいる魔法の力はそれだけ強力なのだ。
なのに、教皇の照射した炎の線は、俺が展開した水の壁を貫通した。
教皇の魔法について思い出すのは、クフォラと魔法合戦を繰り広げていたこと。
一見すると互角のようであったが、あれは実際のところは舌戦のようなモノであった。
内容については……本能が拒否したので記憶にありません。
ともかく、互角のように見えていても、魔法であれば教皇よりもクフォラの方が上だと俺は思う。
だから、教皇の魔法力自体は一般より強い程度という認識であったのに、そんな教皇の魔法が俺の水壁を貫いたのである。
少なくとも、神杖にはそれだけの力があるということだろうか。
そんな神杖を振るう今の教皇は、先ほどまでとは別物であると認識を変えなければならない。
「フフフ。動揺し過ぎではないかしら? それはそうよね。空を飛べるんだもの。それだけの魔法使いなら、自分の魔法に自信を持っていても不思議ではないわ。それなのに防げなかったのなら、動揺して当然ね」
……何故バレた?
これまでで、一番上手く隠したと思っていたのに。
教皇は嘲笑の表情を浮かべたまま口を開く。
「ちなみに、今のは軽く放っただけ。これからもっと強めていくけれど……大丈夫かしら? せっかく、これだけの力が振るえるのだもの。少しは持ち堪えてくれないと興醒めなのだけれど?」
「上等! そっちこそ、直ぐやられないように気を付けることだな!」
教皇と魔法合戦を始める。




