比べて大違いになる時もある
どこか見覚えのある光景。こういうのを既視感というのだろうか。
いや、実際に体験しているわ、これ。
――気付けば、視界を埋め尽くすように「人類最強」の拳が迫っていた。
リミタリー帝国・帝城で最初に死の予感を抱いた時と酷似している。
違うのは、その時とは比べ物にならない速度であり、威力も合わせて大きくなっているということだろう。まともに受ければ、頭が爆散するかもしれない。それは嫌だな。
また、脳裏に浮かぶのは敗北の記憶。
――負けないために、鍛錬したのだ。
「人類最強」の迫る拳に合わせて竜杖を沿わせ、軌道を無理矢理ずらす。ちょっとだけしか変わらなかったので、同時に体も横に反らして――「人類最強」の拳が顔の横を通り過ぎていった。
危なく当たるところだった。
「アルム!」
ファイの声が聞こえたかと思えば、「人類最強」が腕を曲げ、そのまま俺に肘打ちを放つ。
少し気を抜いていたのは事実で、胸部にまともに食らってそのまま払うように飛ばされる。
それでも、倒れる訳にはいかないと踏ん張って、飛んでいった先でどうにか倒れずに済む。
ただ、ドラゴンローブの上から食らったにも関わらず、強く痛みを感じた。具体的には「うっ」と呻いて、食らったところに手を当てて確認するくらい。実際やった。大丈夫。穴はあいていない。ただ、痛い。
けれど、ここでとまる訳にはいかないと、「人類最強」を見ればファイとアスリーが攻撃を始めていた――が。
「がっ!」
「ぐっ!」
先ほどまでと違って、ファイもアスリーも僅かな間で反撃を食らって飛ばれていた。
ご丁寧に、アスリーの方は後方に居たクフォラに向けて飛ばされ、突然のことでクフォラは反応しつつも避け切れずに衝突する。
まあ、アスリーからすると緩衝になったのではないだろうか。
ファイは普通に飛んでいった先で俺と同じように倒れずに済んでいたのだが、それとは大違いである。
「すまない。大丈夫か?」
「問題ありません。残念でしたね。これで私に傷でも付いていたら、責任が取れましたのに」
「くっ。本気を出してきたということか。ならば、こちらも!」
「いや、私の話を聞いています?」
……本当に大違いである。
アスリーが攻めに出るのと同時に、ファイも飛び出した。
俺も動けるので、飛び出す。
三方向から同時に攻める形――いや、クフォラが援護となる魔法を放ったので四方向からの形となる。
しかし――「人類最強」はクフォラの魔法を避けるように前に出て、僅かな差であったとはいえ、先に迫るファイを迎撃。数発打ち込んでそのままファイを殴り飛ばし、そこに斬りかかったアスリー。振るわれる剣をかわすと同時にアスリーを蹴り飛ばした。
そこで俺は体に待ったをかけてとまり、瞬間的に大量の魔力を練る。
ファイとアスリーが飛ばされたことで、「人類最強」の周りに誰も居なくなった。
これなら被害を気にする必要はない、ということだ。
「『赤燃緑吹 道先を遮り 荒れ狂う暴風は 泊め留めて あらゆるモノを引き込み 此処に縫い付け閉ざす 渦巻く風はすべてを蹂躙する 炎檻大嵐』」
巨大な火炎の竜巻の中に、「人類最強」を閉じ込める。
そのまま燃やし尽くすように魔力をさらに込めていくと、巨大火炎竜巻はさらに大きく、火力も増して――。
「があああああっ!」
咆哮と共に巨大火炎竜巻が内部から弾けて霧散する。
まるで竜巻の中から「人類最強」が生まれたかのようだ。これで「人類最強」が勝てば絵画になりそうな一場面に見えた。いや、勝つのはこっちだから、そうはならないけれど。
ただ、どうやって巨大火炎竜巻を爆散させたのだろうか。
咆哮ってことは気合……いや、それはさすがに……でも、「人類最強」ならできそうだし、なんなら咆哮による衝撃波で――とかだろうか。
まあ、なんにしても、このくらいの魔法では駄目だということだ。
……二つでは足りない。それなら、とさらに魔力を練ろう――。
「くっ」
思わず声が漏れてしまったのは、「人類最強」が攻めに来たからである。
今度もしっかりと反応して、「人類最強」が振るう拳や蹴りをきっちりと防いでいく。
そこにファイとアスリーが加わる――が、状況は先ほどまでと一変した。
「人類最強」の振るう攻撃に対して反応はできる。できるのだが、それだけだ。
こちらは人数で勝っているのに……攻めに転じられない。
いや、反撃はできている。しかし、続かないのだ。単発で終わり、繋げることができなかった。
しかも、こちらから単発の反撃でダメージは与えられず、代わりにこちらは時折防御を抜かれて、少しずつだがダメージを受けていく。
本気を出したであろう「人類最強」に対して、このままだと打つ手なしで追い込まれてそのまま終わり、ということになりかねないのだが、この状況を脱するための手段がない。
いや、あるにはあるのだが、溜めが必要というか、発動までに少し時間がかかるため、状況的に使えないというのが正しいだろう。
どうしたものか、と考えていると――。
「悔しいが、アレを倒せる攻撃力を俺たちは持っていない。アルムはどうだ? さっきのより強い魔法はあるか?」
戦闘中にファイがそう尋ねてきた。
なので、伝える。
「あるにはある――が、少し時間がかかる」
「わかった。任せる。アスリー!」
「致し方ない。途中でやられるなよ」
「誰に言っている! そっちこそな!」
ファイとアスリーが前に出て、俺は少し下がり――魔力をこれまでで一番大きく練っていく。




