本気を出すのは明日から
逃げようとしても駄目だった。
セカンからも息抜きに付き合ってやって欲しいとお願いされ、仕方ないと諦める。
それに、一度やっておけば終わりだ。
さすがに、戦争中に消耗するようなことは一度だけのはず……多分。いや、ファイなら………………大丈夫。わきまえているはずだ。
「いやあ、アルムが居るのなら、毎日やり合ってもいいな。こう戦いが続かないと、体が鈍って仕方ないし」
リミタリー帝国軍が陣を張っている中にある、少し開けた場所。
そこで対峙しているファイが嬉しそうに言う。
周囲にはセカンだけではなく、アスリーを含めたクフォラたちに、リミタリー帝国軍の人たちが居る。
楽しそうにこちらの様子を窺っているので、そんなに楽しいのなら代わって欲しいと視線を向けると、誰もが俺から視線を逸らす。
……あれ? おかしいな。ここに居るはリミタリー帝国軍……つまり、今は味方のはずだ。
なのに、味方が一人も居ないとは……どういうことだ?
「よし! いくぞー!」
ファイが意気揚々と声を上げる。
いや、待て。ファイと戦うより先に、周囲のリミタリー帝国軍と戦わせてくれ。
味方だと思っていたのに裏切られた。
よって、俺がどういう魔法を得意としているのかをわからせて――、
「全力でいいよな!」
いいや、よくない。
けれど、ファイは待ってくれない。
待つような性格でもないため、そのまま戦いに強制突入する。
ただ、一言。
「わかっているとは思うが、模擬戦だからな!」
「わかっているって!」
多分。わかっていない。
実際、わかっていなかった。
ファイは猛攻と言ってもいいような攻撃は繰り出してくるし、いくら手加減して小規模の魔法だったとはいえ、槍で突き消したり払い飛ばしたりするのはやめて欲しい。
なんかこう、自分は大したことないと思ってしまう。
その結果――まあ、これは模擬戦だから。勝った負けたは二の次でいいと思う。重要なのは、お互いに力を出して、いい勝負をしたことで次へと繋がることができたということではないだろうか。それでいいのだ。
ま、まあ、アレだ。……俺はどちらかと言えば魔法使いだし、行動範囲も限られているというかその範囲は狭いから直ぐ距離を詰められて、近接戦となるとどうしても後手に回ってしまって……仕方ない。くそっ。
「……いや、魔法使いがファイを相手にした近接戦であれだけできれば充分だと思うが?」
セカンがそう言っていたが、充分ではない。
この数か月で強くなったつもりであったが、まだまだのようだ。
「人類最強」と戦う前に、それが知れたのはよかったと思う。
でも、ファイには言っておく。
「これはアレだから! 身体強化魔法をもっとかければ勝てるから!」
「じゃあ、明日はそれな!」
………………。
………………。
いや、明日も戦うとは言っていないんだが?
―――
夜。個人用のテントが用意されて、そこで休む。
そこにアブさんもスッと入ってくる。
「……ふう。この辺りには某を察する者が居なくて助かる」
「ああ、アレは驚いた。あのルーベリー枢機卿には、今後も気を付けておいた方がいいな」
「うむ。うっかりで浄化されかねない。その点、ここはそういう心配はないが……本当に何か起こるのか?」
「どうだろうな。起こらない方がいいのは間違いないが……起こるだろうな。いや、確定とは違うが、なんと言えばいいかわからないが……こう……この場所に来てから妙な感覚を受けているというか……」
「何かを感じ取っているがハッキリしない、と?」
「ああ。でも、それで何か起こると確定した訳じゃない。それに悪い感じでもなくて……それで余計に戸惑っている」
「ふむ……まあ、いつまでかはわからないが、ここに居るのだし、その内何かわかるのではないか?」
「だと、いいけどな」
そのあとはアブさんと雑談をしている内に寝ていた。
―――
翌日。何も起こらなかった。
いや、そうでもない。
負けた。誰に――かは言うまでもない。
明日から本気出すし。
―――
次の日。勝った。
「いや、これを勝ちと言うのはどうなんだ?」
ファイが負け惜しみを言っている。
俺は魔法使い。つまり、後衛。なので、前衛を用意しただけ。
「戦いは何が起こるかわからない。一人で複数を相手にすることだってある。これは、そういうことだ」
これで納得してくれればいいな、と思ったが駄目だった。
「そうだな。なら、もう一度だ」
ファイが満面の笑みを浮かべてそう言う。
断るが駄目だった。
……わかっているとは思うのだが、これは模擬戦だよな? と言いたくなるくらいファイは本気を出し、こっちは、まあ、人数を多くしたことに多少なりとも負い目があったので――結果は言わないでおこう。
言葉にしなければ、認めなければ、負けではない。
とりあえず、エルとアスリーとの友情は育まれた。
巻き込ませた、とも言うが。
―――
さらに次の日。異変が起こった。
リミタリー帝国軍に、ではない。
アフロディモン聖教国軍に、だ。
ただ、詳細はまだ不明。
何やら騒ぎが起こっているらしい。
様子見とはいえ、リミタリー帝国軍が様子を見に行けばそのまま戦いに発展する可能性はある。まあ、元々戦う予定で集まっていると言ってもいいのだから、別にそれでも構わないと思うが、下手に刺激して無用な被害を出す訳にはいかない。
なので、俺が空から様子を見に行く。
アブさんにも付いて来てもらい、アフロディモン聖教国軍の上空に来ると――思わずアブさんと顔を見合わせる。
アフロディモン聖教国軍は複数体の魔物に襲われていたのだが、その魔物に見覚えがあったのだ。
それは、人の数倍は大きい四足歩行の獣型――獅子のような魔獣で、その毛並みは灼熱のように全体が揺らめいている。
冒険者の国・トゥーラで起こった「魔物超大発生」の際に最後に出て来たボスモンスター「炎魔獣」だった。




