曲がり角にはご注意を
アブさんは五十代くらいの男性を――いや、他にも気配を探れるのが居るかもしれないので、それを警戒して上空から下りて来ない。
――ソノママ空ニ居ルノカ? と手の動きだけで伝える。
――コノママ空ニ居ル。と手の動きだけで返された。
どうやら、上空から俺の様子を窺ってくれるようだ。
まあ、俺もいざと言う時は空から出ればいいし、このまま聖都の様子を窺って一泊したあとはさっさと出よう。
そう判断して、人気のない路地から出て、聖都の大通りへと出た。
アフロディモン聖教国の首都であるし、発展しているのは当然のことだが、人の往来は活気に満ちていて、明るく、戦争中の国とは思えないくらいに賑わっている。
なんというか、ここの日常が流れている感じだ。
それに、聖都と言われているだけはあるのか、建物も白というよりは真っ白なモノが多く、漂う雰囲気や空気に清浄なモノが交ざっているような気がする。
……いや、さすがに雰囲気と空気は言い過ぎだろうか。言ってみたくなっただけ。
けれど、そういう感じがしない訳ではないので、あながち間違ってはいないと思う。
とりあえず、情報を集めるなら宿屋の女将さんに聞くべきだが……聖都でも通用するだろうか? 宿場町の宿屋とは違って、食堂での会話から自然と集まるとか、なさそうな気がする。それに、一国の首都ともなると宿泊料も高いのは間違いない。いや、余裕はある。あるのだが……これでロクな情報が手に入らなければ無駄金になってしまう。
……宿屋ではなく酒場に行くか?
しかし、それはそれで問題というか、絡まれる可能性が非常に高い。
どうしたものか。
………………。
………………。
良し。とりあえず、腹ごしらえだ。ご飯にしよう。
美味しそうな匂いに釣られて、屋台で売っていた、油で揚げたパンに甘い味を付けたモノ――揚げパンを食べつつ、周囲の様子を窺いながら大通りを歩いていく。
行儀が悪いのは仕方ない。
宿屋に行くにしろ、酒場に行くにしろ、時間の節約である。
上空を見れば、アブさんも周囲の様子を窺っていた――と、視線を上に向けているのが駄目だった。
どんっ! と何かにぶつかる。
「んっ!」
「きゃっ!」
声が聞こえてきた方に視線を向ければ、ローブを頭から被った女性が尻餅をついている。
曲がり角から出て来て、俺とぶつかったようだ。
「大丈夫ですか?」
どっちが悪い、どちらも悪いかを考える前に、まずは起こさないと――と手をドラゴンローブで軽く拭いてから差し出す。
女性が手を取って立ち上がると、ローブの中の顔が見えた。
「………………」
「………………」
えっと、どうしてここに居るのだろうか?
居るはずのない……いや、居てはいけない人が居る。違う。別に居てもいいのか。ただ、この段階でここに居るのがおかしいのだ。
少し混乱。
それは相手の方も同じなようで、混乱あるいは困惑しているのが表情でわかる。
「……どうしてここにあなたが居るのかしら?」
「それはこちらも同じセリフだ」
ぶつかった相手は――黒い鎧を身に着けていない、普通の衣服を着たクフォラだった。
「ふんっ!」
そんなクフォラのかけ声と共に俺の手を叩くように放した。
その扱いは酷くないか?
―――
場所を移す。
人目を避けて狭い路地に――ではなく、客の多い洒落た喫茶店。
上手い具合に店内の隅で、声量を少し落とす必要はあるが、密談ができそうな感じの席に、クフォラと対面するようにして座る。
しかし、なんというか、今までこういうところに入ったことがないので、妙に緊張するというか、場違い感があるというか……とにかく慣れていないため、妙に緊張してしまう。
「……話なら、外の路地とかでも充分だと思うが?」
「……こういうところに入ったことがなかったから、入ってみたかったのよ。一人だと入りづらいのよ。こういうところは」
クフォラが周囲の様子を窺う。
俺も合わせて窺い……納得。
男女で訪れているのが多く、また、雰囲気もどこか甘ったるいモノが流れていた。
……ああ、そういう。でも、そういう店だからこそ、ここで怪しい密談が交わされているとは思わないだろう。
紅茶に新鮮野菜のサンドイッチで少し腹を満たしつつ、クフォラに話しかける。
「それで、どうしてここに居るんだ? まだここまで来ていないだろう?」
リミタリー帝国は、とは一応言わない。
クフォラもそれは理解しているので、何が? とは問わない。
その代わりに、クフォラは優雅に紅茶を飲む。
なんというか、その姿は妙に様になっていた。
「あなたに何か言う必要があるかしら?」
「だったら、どうして俺をここに連れてきた?」
「確認したかったからですよ。あなたがここに居る理由を」
「だから、それはこっちが……ああ、なるほど。俺がここに協力するかどうか――そっちの敵に回るかどうかを知りたい訳か。それなら安心しろ。ここに来たのは現状の把握で寄っただけだ。場合によっては協力してもいい」
……本当は迷って――いや、偶々。うん。偶々。
「それを信じろと?」
「信じられないか?」
「私とあなたの間に信頼関係があるとでも?」
「どうかな? 一時は敵だった訳だし。ただ、そっちの敵になったつもりはない。これは俺の新たな目的のために動いている」
ハッキリと言うと、クフォラは息を吐く。
「……まあ、いいでしょう。私たちだけならまだしも、あなたが私の上司と敵対するとは思いませんし、この場で戦力を確保できたと思うことにします」
「……戦力? 物騒な話になるのか?」
「それこそまさかですよ。念のために、ですよ。何しろ、私がここに来たのは話し合いのためですので。といっても、その相手はここの一番上ではありませんが」
クフォラが微笑みを浮かべた。




