こういう時だってある
竜杖を構えると、「人類最強」が口を開く。
「……すべては、教皇さまのために」
は? 教皇? と思った瞬間、視界を埋め尽くすように拳が迫っていた。
――死んだ。
と思った瞬間、腹部が押されて体ごと移動し、巨大な拳が眼前を通り過ぎていく。
腹部を押したのはファイの槍。
巨大な拳は「人類最強」のモノで、身体強化魔法発動中の俺が知覚できないくらいの速度で襲われ、ファイに助けられたようだ。
「気を抜くなよ、アルム! 今のでもヤツにとっては全然本気ではない!」
そう言いながら、ファイが槍をくるりと回して「人類最強」の殴りかかっている腕を下から突き上げる――が、「人類最強」の腕は微動だにしない。
ただ、動いているのはファイだけではなくアスリーも同様で、反対側から少し飛び上がりつつ、「人類最強」の首に向けて長剣を突く――が、「人類最強」は上体を反らしてかわす。
いや、違う。「人類最強」はそのまま反らし続けてアスリーを蹴り飛ばそうとしてきた。
アスリーは片手で「人類最強」の体を押し、その勢いで後方に下がって蹴りを回避。
ファイの槍は腕が上がったことでそのまま振り上がったため、今度は振り下ろす――が、「人類最強」はそのまま一回転しながら蹴り弾いた。
その間に、俺も動く。
「『赤燃 赤く熱い輝き 集いて力となる 基礎にして原点 火炎球』」
本能が警鐘を鳴らしている以上、瞬間的に込められるだけの魔力を込める。
「人類最強」よりも大きな特大火炎球が放たれ――一回転して立ち上がり中で体勢不十分というタイミングとしては悪くない。
「人類最強」は特大火炎球を受けとめるが、体勢不十分で勢いまでは殺し切れなかったのか、そのまま後退していく――と思っていたら、特大火炎球は途中で急上昇して天井を燃やしてそのまま消えていった。
視線を下に戻せば「人類最強」が拳を上に突き上げている。
「……嘘だろ? もしかして、特大火炎球を殴り飛ばしたのか?」
「だからその名の通りなんだよ! 『人類最強』! 嘘偽りはない!」
ファイが答え、飛び出す。
アスリーも同じく飛び出し――。
「こちらの方は気にせず魔法を放て。勝手に避ける」
俺にそう言ってくる。
ファイは何も言わないが……まあ、大丈夫だろう。
そうして、ファイとアスリーが前衛で「人類最強」とやり合い始め、俺は後衛として魔法に専念する。
特大火炎球で駄目なら――。
「『緑吹 振るわれるが目に見えず あらゆるモノを断ずる 鋭き一閃 風刃』」
数人纏めて斬り裂けそうな大風刃を連発する。
ファイとアスリーは上手く避け、「人類最強」はまともに食らう――が、当たった瞬間に大風刃はすべて弾けるように霧散した。
「人類最強」には傷一つ付いていない。嘘だろ。どれだけ頑丈なんだよ。
それなら――。
「『白輝 闇を裂き 流星のように降り注ぐ 拡散する一筋の煌めき 光輝雨』」
輝く光の筋がいくつも放たれ、ファイとアスリーには当たらないように動きつつ、「人類最強」の胸部に集中照射される。
一点集中なら――無理だった。
痕すら残っていない。
ファイとアスリーも果敢に攻めるが効果は薄い……いや、正直に言えば、ない。
傷一つ付けることができていない。
逆に殴り飛ばされ、蹴り飛ばされと、ファイとアスリーの方がダメージを負っていく。
水属性、闇属性の魔法も使うが、まったく効果がなかった。
どれだけ威力を高めようが、一度に放つ数を増やそうが、「人類最強」には通用しない。
それはファイとアスリーの近接でも同様で、どれだけ力強く鋭く攻撃しようが、手数を増やそうが通用していなかった。
また、「人類最強」はセカンたちのあとを追おうとしており、その歩みもとめられていない。
どれだけ時間が経ったかわからないが、いつの間にか立ち位置は変わり、俺たちは謁見の間の扉の方に立ち、「人類最強」は玉座の方に立っている。
今の俺たちは、攻撃を重ねることでその歩みを遅らせているだけに過ぎない。
圧倒的なまでの差を、まざまざと見せつけられているような気分だ。
だからといってこのままどうぞと行かせる訳にはいかない。
一属性で駄目なら、合成魔法だ。
「詠唱後、離れろよ! 『白輝赤熱 天から隠れることはできず 上に立つことを認めず 悪逆に対して 噴出し立ち昇り 裁きを下す光柱 裁きを下す光柱 断罪光炎柱』」
ファイとアスリーが距離を取るのと同時に、「人類最強」の頭上と足下に巨大魔法陣が展開され、その両方から挟み込むように発する輝く炎が内部にあるモノを焼き尽くす――はずだった。
「人類最強」には通じていない。
防御すら行わず、痛くも痒くもないとなんでもないように中で立っている。
火傷も負っていない。
そのまま歩いて巨大魔法陣の範囲外へ出た――と思った瞬間、体に激痛が走って体が空を飛ぶ感覚を抱くと、今度は背中が何かにぶつかる感触が届く。
それでもどうにか倒れずに、前を見れば何かを殴ったあとのような「人類最強」と、背後には謁見の間の扉があった。
つまり、知覚できない速度で近付かれ、殴り飛ばされた訳か。
それを自覚すると体にさらに痛みが走り、片膝を着く。
たった一発とは思えないほどのダメージを受けている。
ドラゴンローブの上からでもこれか。
改めて、「人類最強」の強さを自覚する。
……これに、勝てるのか?
疑問が頭を過ぎると、ファイとアスリーがこちらに駆け寄ってきた。
ファイが声をかけてくる。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとかな」
「良し。なら、充分に時間は稼いだ。逃げるぞ」
そう言って、ファイが俺を肩に担ぐ。
「やめろ! 俺は動ける!」
「無理すんな。あの一撃を受けて生きているだけ、まだ儲けものなんだからな」
「くっ。だが、逃げるって、あれをどうにかするんじゃないのか?」
「『人類最強』の狙いは俺たちじゃない。おそらく皇帝だ。だから、今はセカンたちが逃げられるだけの時間を稼げただけで充分。悔しいが、今の俺たちでは勝てない。どうしようもない」
戦いになるといつも陽気だったファイだが、今のファイからは本当に悔しそうな雰囲気が感じられる。
「だが、次会う時は勝つ。勝つように動く。そのために、今は退く」
「……わかった」
ファイに担がれたまま、謁見の間から帝城のホールに向けて出ていく。
何も通用しなかったという、どうしようもない敗北感と共に。




